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第1章 不穏な空気 2 天

 この街で一番高い塔の屋根の上から夜景を眺める。

 地上に帰ってきた日からの私の日課。


 21時の鐘の音が鳴った後だというのに街には光があふれている。


 この国にも多くの時計はあるけど庶民が持てる金額ではないし、魔法で時間管理するなんて魔力の無駄なことをしているのは上位以上の魔法師の一部くらいなので、国民のほとんどは神殿の鐘の音を目安にして生活していた。


 朝夕関係なく3時間毎に鐘は鳴る。


 夜中に鳴らしても眠りを妨げない、おだやかで、しかし、町全体にしっかりと響き渡る魔法制御された不思議な鐘の音。

 王都など複数の神殿がある場所では持ち回りで鐘を鳴らすそうで、鐘の音の聞こえる方向でも時間を知ることができるらしい。

 この街には水の神の神殿と火の神の神殿の2つしかないからそんなことはないんけどね。

 私の場合は人昇精霊(エフォーディア)の基本機能で魔力消費無しで視界に他人から見えない時計を浮かべておくこともできるけど、あれすごく邪魔なんだよなー。


 街はまだ騒がしい。

 今日から始まった私の争奪戦、人昇精霊(エフォーディア)のパートナーを決める闘技大会の興奮がまだ冷めきっていないらしく、円形闘技場から伸びる、飲食店が多くある街道の方ではまだ出歩いている人たちの姿が見える。

 普段は暗く寝静まっている地区にも神殿の魔法師が灯した魔力光(ライト)がいたるところに輝いていて、お祭り騒ぎの雰囲気を盛り上げていた。

 まあ、あれは祭りを盛り上げるためじゃなく、年始や収穫祭、今回の大会などのイベントのときに深夜まで出歩く人が増えるため、暗闇では犯罪が増えるということで防犯を考えて灯されてるんだけどね。

 今の街の状態は大会が終わるまで……いや、終わってからもお祭り状態になるから10日以上続くかな。


 周囲を見渡すと大きな円形の城壁の中に一回りに小さな正三角形の城壁が組まれている。

 城壁の魔法防御機能を向上させる構造の街。


 公爵家領・商業都市『水馬(ケルピー)』。それがこの街の名前。


 その中心にある公爵城館の塔の屋根の上で私は街を眺めていた。


 あー。ほとんど話せなかったな。


 不意にコロが言った『おかえり』に胸がいっぱいになって、結局ほとんど話さずにブラッシングだけして帰ってきた。

 ほとんどじゃないね、まったくだわ。

 だってあの後に話したのはブラッシングが終わった後に時間がかなり経ってるのに気が付いて言った『もう、戻るね』だけだったんだから。

 私が話さなければコロの方から話しかけるわけが無く、ずっと2人して無言だった。

 

 ハー……。

 

 ため息をつき、なんとなく領域検索(エリアサーチ)を立ち上げて、地図画面(マップモニター)を見つめる。

 いや、行かないよ?家まで押しかけたらしつこ過ぎるよね?簡単に出歩ける立場じゃないし人目もあるよね?今は変身の魔法(メタモルフォーゼ)も使えないし。今いる位置を確認するだけ。


 自分に言い訳しながら領域を広げていくと、コロの位置を示す青いワンコマークの光点は円形闘技場から伸びる街道の、少し裏通りに入ったところにあった。

 飲食店街のあたりだけど、おばさんの食堂の位置じゃない。食事でもしてるのかな?

 密接するように緑の光点が光っている。私が特別に光点を割り振った人間以外は全て赤い光点で表示されるから私の知り合いのはず。誰だっけ?

 緑の光点をチェックすると、サイラスだった。

 師弟で今日の反省会でもしてるのかな?


 ……変なお店じゃないよね?大まかな地図は表示できても行ったことが無いところの詳細データはないんだよなー。ただの食堂だよね?


 地図画面(マップモニター)を眺めながらウダウダと考えを巡らしてると。

 ピーピーピーと警告音(アラーム)が鳴った。


 私の部屋に誰かが訪ねようとしてるみたい。

 地図画面(マップモニター)を閉じると慌てて浮遊(レビテト)壁抜け(インベージョン)を併用して部屋へと戻った。


 程なくして扉がノックされる。


 「はい」


 「失礼いたします」


 入ってきたのは屋敷に勤めるメイドの1人だった。


 「なにかしら?」


 「奥様がお嬢……えっと、あの、精霊様をお呼びです」


 古くからのメイドなので呼び方を迷ってるらしい。

 お嬢様でいいのに。私がここの娘であることは変わらない。変わらないつもりでいるのに。

 部屋だって、昔の部屋をそのまま使ってるんだし。


 ちなみに現在、4年以上前からいた使用人は『お嬢様』と呼んで、4年の間に新しく雇い入れた使用人は精霊様と呼ぶのが主流みたい。


 「お母様はティールームかしら?」


 「はい」


 「わかりました。すぐに行きますと伝えておいて」


 メイドが深々と頭を下げる。


 「それから、奥様がお嬢様にこれをお渡しするようにと」


 そう言って差し出したのは両掌に乗るくらいの木箱だった。


 「あら、何かしら?」


 白木の箱で、装飾も何もない。

 見たことのない箱だった。


 「そこに置いてくれるかしら?」


 書き物机を指すと、メイドは木箱をその上に置き、一礼して立ち去った。


 扉が閉まるのを見送ってから、私は箱を確認する。

 見た感じでは普通の箱だけど、どうやら状態保存に関係する魔法がかけられているらしい。えらく丁寧に処理されてるなー?

 何か大切なもの?見おぼえないなー?


 私は箱の蓋を取る。特に何の抵抗もなく蓋は開いた。

 中には綿が詰められており、綿を取り除くと中から黄色く染め抜かれた黄色い布……これは虫除けのための布だったかな?……に包まれたものが出てきた。


 本当に厳重に保存されてたみたいだけど何だろう?手に取るとかなり軽い。

 黄色い布を開くと。


 「あ……」


 中から出てきたのは小さな人形だった。


 青みがかったグレー1色の人形。


 これは私が作ったものだ。

 柔らかい手触りの、ちょっと歪んだ人形。

 手芸が上手なメイドに教わりながら、時間をかけて作ったもの。

 形をまとめる専用の針で何度も指を刺しながら作ったもの。


 小さな男の子の、大きなシッポのある男の子の、フェルト人形。

 コロのシッポの抜け毛を集めて作ったもの。

 私が人昇精霊(エフォーディア)になるときにお母様に預けたものだった……。




 「どうぞ、お入りなさい」


 ティールームの扉を開けると、お母様と一緒にお父様も待ち構えていた。

 この世界では珍しい、窓どころか天井にまでガラスをふんだんに使った、外の光を大きく取り込む構造の部屋。

 ガラスを支える骨組みは壁を這う蔦のように複雑な形をしていて、豪奢な飾りのようになってる。

 実はこれ、魔法を発生させやすい文様(パターン)で、魔道具によって常時結界を発生させるためのものなんだけどね。

 ガラスだけじゃ、すぐに割れちゃうしね。


 「すぐに来ると言ったそうなのに、やけに時間がかかったわね?」


 楽しそうにお母様が言う。

 お父様は一人用のソファーに腰掛け、お母様はカウチソファーに半ば寝そべる様な姿勢で座っている。湯浴みの後なのかやけにゆったりとした格好で、肌が赤みがかって艶めかしい。


 堂々とくつろぐ姿は女主人そのもの。いや、公爵はお父様なんだけど。


 「申し訳ありません」


 「泣いた?」


 本当に楽しそうにお母様が言う。露骨に私の表情を観察している。


 「何のことでしょう?」


 「あなたがコロちゃんに会いに行ったときに思い出したの。ブラッシングして来たんでしょ?また抜け毛が溜まったら私にも作って頂戴ね」


 「あら?私は『御手洗』に席を外しましたけど、それ以外は観覧席でお母様と一緒でしたよ?ご存知ですよね?

 何かと勘違いされてませんでしょうか?」


 「そうね、『御手洗』に行ったのだったわね」


 「そうです。私は立場上、出場者と個人的に会うなんてこと絶対にできませんから」


 お母様はサイドテーブルからワインのグラスを取ると、紅玉のような色のワインを飲む。ゴクリと動く喉が扇情的だ。笑みに細めた目で私を真っ直ぐに見ていた。


 「……まったく、誰に似たのかしら。相変わらず強情ね」


 「ご存じだと思いますが」


 私は『あなたに似たんですよ』という意味を込めて言った。

 お父様は私たちと目が合わないようにあらぬ方向に視線を向けて、影を薄くして紅茶を飲んでいる。

 王にも臆さず意見を言う豪胆な公爵という評価を貰ってるらしいんけどなー。


 お母様はわずかな沈黙の後、さらに笑みを強め。


 「で、泣いたでしょ?」


 と言った。


 「だから、何のことでしょう?

 それよりも、何か御用が有って呼ばれたと思ったのですが?」


 「ほんと、相変わらずね。4年経っても変わって無くて母親としては嬉しいわ。

 そうね、もちろん用があって呼んだのよ。あなた、お願い」


 「分かった」


 お許しが出た家来のようにやっとお父様が私の方を向き、話し始めた。

読んでいただきありがとうございます。



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