第1章 再会 3 天
「『御手洗』~♪『御手洗』~♪」
何をしに行くかお母様に完全に感づかれニヤニヤされながら観覧席をなんとか抜け出した後に、私は通路を進んだ。
護衛がついてこようとしたけど、それをかなり無理やりな手段で断ったので今は1人。
……護衛たちを結界の壁で閉じ込めたのはちょっとやり過ぎだったかなー?
まあ、隠匿の魔法も併用してるから私が解除するまで結界に閉じ込められている護衛たちは誰にも見つからないだろう。お母様あたりならやたら勘が鋭いので気が付いてそうだけど、そっちはあの調子なら黙認してくれるだろうしね。
領域検索で目的の場所を探す。
領域検索は能力限定第一段階の現段階で使える数少ない魔法の一つ。
視界の隅に浮かんでいる地図画面には幾つかの赤い光点と1つの青い光点が浮かんでいる。
青い光点が目的の場所。
青い光点なんて言ってるけど、ぶっちゃけ青いワンコマークが光ってる。
赤い光点は護衛やメイド、他の大会参加者なんかを示している。
誰にも会うわけにいかないからね。1人で出歩いているのを見咎められるのも不味いけど、本来なら争奪大会の優勝商品の私が現時点で大会参加者に個人的に接触するわけにいかない。
能力限定第一段階の私には元々の力と比べたら何もできないのと同じなんだけど、不正行為を疑われちゃうみたいだから。
「『御手洗』~♪ あ、こっちのルートはダメだな~♪まあいいかー隠匿使っちゃおう!」
昔に屋敷を抜け出したりしてたことを思い出して、変にテンションが上がってきてしまってるなー。
あの時はカーテンの陰に隠れたりしながら抜け出したっけ。
もっとも使用人たちは気が付いていて見て見ぬふりをしてこっそり護衛が後を付けてたらしいけど。数日後にお母様から指摘されてものすごく恥ずかしかったな。
地図画面上で範囲指定して一気に範囲内の人たちの認識を狂わせて私は進んでいく。
何人かとすれ違ったが、まったく気付く様子はなくすんなり進めた。
しばらくして、私は無粋な金属扉を見つめながら深呼吸していた。
ここが目的地。参加者控室の一室。
普段は闘技場で戦わせる犯罪奴隷の監禁場所らしい。
扉の表面にはどうやって付いたか分からない傷がたくさんついている。
中には何かの爪痕みたいなものもある。魔獣はこんなところに閉じ込めないから、獣人の爪痕かな?それにしては大きな傷だけど。
扉に軽く触れて確かめてみるけど、魔法防御はかかってないみたい。
そりゃそうか。犯罪奴隷の首輪自体が魔法を使えないようにする機能があるから魔法防御をかける意味がないし、かけない方が管理しやすいからね。
ちょっと悪戯心がわいてきて、私は壁抜けで室内に入った。
コロがいた。
扉に背を向けてベッドに座っている。
手に革水筒を握っていてやっと一息ついたところなんだろうか?
革水筒……昔一緒に訓練をしていた時に使っていたのと同じものだ。お弁当と一緒に持っていたのを良く見ていた。
お茶かな?ジュースかな?
コロは水をそのまま飲むのはあまり好きじゃないらしく、革水筒の中身はいつもそのどちらかだった。お茶ならほうじ茶、ジュースなら酢橘のジュースを水で薄めて飲みやすくしたのを良く飲んでたな。
お弁当を食べる時にお弁当と一緒に私もよく飲ませてもらっていた。おばさんのお弁当も懐かしい。
私が見つめていると、コロのシッポが揺れ始める。
パタパタパタパタ……
段々と揺れるスピードが速くなっていく。
気が付かれたみたい。
「お弁当持ってきてる?」
覚悟を決めて声をかけた。
お弁当のことを思い出していた所為もあるけど、『ひさしぶり』とか『ただいま』とか言いたくなかった。
「ああ……」
当たり前のように返事を返してくる。やっぱり気付かれてたね。
気配もなかったはずだし、私の方を見てもいなかったのに。修業して感が鋭くなったのかな?
でも、こっちを向いてはくれない。
「カツサンド?」
「そうだ」
昔も誰かに勝たなくていはいけない時のお弁当は必ずそうだった。
カツサンドは『敵に勝つ』料理。
この世界では常識だけどその意味を本当に知ってる人間は少ない。
まさかただの『ダジャレ』だなんて誰も思わないよねー。神々が言い出した事だしね。
神々の言葉とこの世界の言葉は自動翻訳機能で翻訳されている。お互いの言葉の意味はしっかりと通じるんだけど、言葉の『音』で神々が言葉遊びをしてるなんて思わないじゃない?
神々の言葉の知識を与えられた時、何か深い意味があると思ってたものがただのダジャレだったと知るダメージって分かる?
しかも、それがかなりの量あるんだよ?
私はつっぷしちゃったよ……。
そもそも神々はザンネン率が高すぎるんだよなー。
『創造主が残念な方だったから仕方ないね』なんて笑って言う神もいたぐらいだから。
「……いつも通りだね。おばさんのカツサンド懐かしいなぁ……」
パタパタと振られているコロのシッポに当たらない程度の間をあけて、ベッドに座る。
座ったのは分かってるだろうに、まだこっちを見てくれない。
並んで座ると変わってないように見えてコロも成長しているのが分かる。
少し、身長が伸びたみたい。
……本当に少しだけど。成長期の4年が経過したとは思えないほど少しだけど。
私は戻ってくるときに精霊の身体を年齢相応……15歳の身体に調整してきたんだけど、やらない方が良かったかな?身長差がさらに開いちゃったよね。
お母様が言ってたようにかなり筋肉質になった気がする。
そのせいか全体的に丸っこい感じになって……なんというかヌイグルミ感が増してるような気がする。
「……やらないぞ?」
ああ、いつもお弁当を分けてもらってたもんね。
屋敷では手づかみで食べられる料理なんて珍しくて、いつも分けてもらっていた。
おばさんの料理は味付けも濃い目で良い意味で庶民的な味で好きだったな。
表情や声の調子ではわからないけど、冗談で言ってくれてるんだろう。私もそれにのっかる。
「もうここで今日の試合の終了を待って帰るだけでしょ?私にくれても大丈夫じゃない?」
「……」
「弁当を持ってない人には昼食の販売があるって言ってたよ?」
「……精霊は飯を食わないと聞いたぞ?」
「ん。そうね、精霊は食事はしないけど、私は人昇精霊だから。
食事の必要はないけど食事を楽しむことはできるの」
精霊の身体は人間とかなり違う。精霊は受肉しているとはいえその性質は魔力の塊のようなもので、食事代わりに魔力を吸収して生活している。
私は人昇精霊だから本来の精霊とはちょっと違うんだけどね。
精霊は人間と同じ肉の身体を持っているが、その性質は妖精に近い。生き物であって生き物でないもの。
「それにしても、よく私が居るのに気が付いたね?気配は完璧に消してたはずなのに」
「臭いがした」
ぽつり、呟くようにコロが言う。その瞬間、シッポが動きを止めピンと伸びた。
「臭い?それこそ精霊に臭いは……ああ」
思い当たるもの、それは私の手にあった。クラッチバッグ。
これは私が昔に使っていたものだ。
いつも私の服に焚き染めていた、お気に入りのお香の残り香が移ってしまっているはずだ。
……覚えていてくれたんだ。
4年も過ぎてるのに、私の香りを覚えていてくれた。
ありがとう……と言いたいけど言えない。
私の香りがすれば、私が居る。それを『当たり前』と考えてくれているコロに、ありがとうなんて言って『当たり前』を否定したくない。
なんて言うべきだろう?思い浮かばない。
言葉を探し、何かを言おうとしてやめる。そんなことを私は繰り返す。
それでも言葉は見つからず、私はあきらめた。
「コレを持ってきたんだ」
話題を変えるしかないな。そう思った私はクラッチバッグからブラシを取り出した。
茶色いブラシ。
私の持っていたもので、唯一コロのためのもの。
その言葉が切っ掛けになったのか、やっとコロが私の方を見てくれた。
少しグレーがかった黒い瞳がまっすぐに私を見た。
昔と変わらない強い眼差し。
あいかわらず、目つき悪いな。
「後ろ向いて」
なんだか見られるのが恥ずかしくなって、私はコロの肩をつかんで後ろを向かせる。
コロも慣れたもので私がブラッシングをしやすいように座りなおしてくれる。
青みがかったグレーの大きなシッポ。
昔より大きくなってるんじゃないだろうか?いや、確実に育ってる。
コロの本体は実はこっちで、栄養を全部取られてるんじゃないかな?そうだとすると今後もコロの身体は今のままでシッポだけ大きく育っていくんだろうか?
それはそれで私としては良いんだけど、そんなこと言ったらコロは激怒するだろうな。
コロのシッポがまたゆったりと動き始めたので私が手で抑えると、ビクリと震えてからダラリと垂れた。
私は昔のようにブラッシングを始める。
「なにこれ?毛が絡んでるじゃない?塊になってるよ?ちゃんとブラッシングしてなかったでしょ?」
どれだけ放っておいたんだコレ?ちゃんと洗ってはあるけど抜け毛が絡んで毛玉になってるところがかなりある。面倒くさがって手入れしてなかったな?
これは、やりがいあるなー。
自然と口元に笑みが浮かんでくる。
「誰もしてくれなかったからな」
「誰も!?」
そんなわけはないよね?昔はコロのシッポを触りたがる人はたくさんいた。
おばさんの食堂を手伝っているコロのシッポを、まるで女の子のお尻を触るみたいにイカツイおじさんたちが隙を見つけて触りまくっていたらしい。コロはそれに鉄拳制裁で応えていたらしい。
結局、ブラッシングなら嫌々でもおとなしくコロがシッポを触らせてくれるということで、常連たちがお金を出し合って買ったシッポ用ブラシが食堂に常備されたと聞いている。
「……ああ、誰にも……」
……触らせないようにしててくれたんだ。
私は震えそうになる手を抑えこんで、ブラッシングを続ける。
「おかえり。セシリー」
コロの声がやけに大きくハッキリと聞こえた。
読んでいただきありがとうございます。




