第1章 再会 2 地
「ふう……」
試合後に控室に戻り、オレはベッドの上に放り出しておいた布袋から革水筒を取り出し中身を煽る。
控室には水瓶が置いてあり自由に飲めるようになっているが、そんないつ汲んだか分からないような水を飲む気にはなれない。
革水筒の中身はほうじ茶。
母さんが選んで仕入れた茶葉をオレが焙烙でしっかり炒ったもので、母さんの食堂で出されてる物と同じだ。温くなってはいるが、香ばしくて美味い。
一息ついて控室の中を見渡す。
窓すらない石造りの小部屋で、小ぶりなベッドが中心に置かれてそのスペースのほとんどを占めていた。
唯一ある出入り口の扉も金属製で、どう贔屓目に見ても監獄にしか見えない。
奥の石壁には謎の金具があり、えぐられたような傷も多数ついていた。
なんだこの傷?魔獣の爪痕?
石壁の傷が気になって指先で触れて確かめてから、そのまま扉に背を向けるような位置でベッドに座った。
円形闘技場は武闘会や神殿騎士の選定大会などの大会が開かれるとき以外は、犯罪奴隷や魔獣を戦わせる娯楽施設だ。
今回の大会は大規模なため部屋数が足りなくなり、普段は魔獣や犯罪奴隷を閉じ込めておくための部屋も利用されたんだろう。
その割には小奇麗なのは大会の控室に利用するために必死に誰かが掃除したのだろう。
ベッドも小部屋に似合わず小奇麗なもので、控室として使用するために運び込まれたのかもしれない。
天井の魔道具の明かりも劣化しているのか焦げたような色になっているが、それくらいの方がむしろ落ち着くのでありがたい。
外はお祭り騒ぎになっていてかなりうるさかったが、ここは石壁にさえぎられて静かなものだった。
とりあえず、今日予定されている試合が全て終わるまではここで待たなくてはならない。
試合結果が出た後で次の試合の組み合わせが決められ、その組み合わせと予定を魔法師が『タグ』に記録するまではここから出られないそうだ。
タグにそんな便利な使い方があるのは初めて知った。
騎士団の連中や冒険者はタグに戦績などを記録されていると聞いたことが有るけど、ひょっとしたらそういった使い方が本来の使い方なのかもしれない。
どう見ても名前と生年月日と国が書かれているだけの金属プレートなんだが。
この大会……人昇精霊争奪戦の参加者は百人を軽く超えていた。
参加条件は成人……15歳以上であること。
人昇精霊が現れた時点でその国に籍を置いている人間であること。
王族、貴族でないこと。
国の騎士団などに所属しておらず、その力を政治に利用されない立場こと。
参加できる十分な実力を持っていること。
それさえ守られれば剣士だろうが冒険者だろうが魔法師だろうが、それこそ普通の平民だろうが関係ない。種族ももちろん関係ない。
条件はタグを通して神々に管理されているそうで、不正は絶対にできないと説明された。
年齢や立場はともかく、実力なんてどうやって管理しているんだろう?流石は神々としか言いようがない。
この大会の主催はここの領主と言うこともあって公爵家だが、参加者の管理は各神殿に任されていて、大会実施の告知も神殿を通してほぼ同時に国内すべての人々にされていた。
オレも神殿に行き参加の意思を示した時にタグを調べられたが、神殿の職員?……なんというのかは知らないが白いローブを着た魔法師がタグに手をかざすとタグが青白く光り『参加条件は満たしています』とボソボソと言われて参加を認められた。
その時に周りで『おめー成人してるのか!!???』とか『このチビが俺より強いだと!???』とか声が上がったが……なんかイラついてきたので思い出すのはもうやめよう。
オレが嫌な気分を振り切るためにもう一口ほうじ茶を飲んだ瞬間、ほうじ茶ではない柔らかな香りがした。
あ、この香りは、オレは、知ってる。
「お弁当持ってきてる?」
第一声がそれかよ?
「ああ……」
「カツサンド?」
「そうだ」
声の方に視線は向けない。
なんだか恥ずかしい。
「……いつも通りだね。おばさんのカツサンド懐かしいなぁ」
声が段々と近くなる。
ベッドに……オレの隣に何かが座るのを感じたが、オレはそちらを見れない。
「……やらないぞ?」
そういいながら、オレは昔を思い出す。
騎士団見習いの訓練に混ざって公爵夫人に剣の稽古を付けてもらうとき、必ず母さんは弁当を多めに準備してくれていた。
母さんの料理のファンがオレの弁当を横取りしていくのを知っていたからだ。
母さんは色々な料理を弁当にしてくれたが、その中でもカツサンドは頻繁に持って行ってた。
カツサンドは『敵に勝つ』料理らしい。
なんでも神々の戦いの後にあった、とある戦いで土の神が言い出したことらしく、その戦いの決戦の日には必ずカツサンドが振る舞われたと言い伝えられている。
そんなこともあって、訓練で模擬試合がある日は必ずカツサンドだった。
「もうここで今日の試合の終了を待って帰るだけでしょ?私にくれても大丈夫じゃない?」
相変わらず鬼だコイツ。分けるだけの量……一人分以上ないなら全部くれと言っているのだコイツは。
大会とはいえ死ぬ可能性がある戦いを終わらせた人間に、あとは待つだけだから飯を食わなくても大丈夫だろうといえるヤツは間違いなく鬼だろう。
「弁当を持ってない人には昼食の販売があるって言ってたよ?」
オレが無言でいると、さらに追い打ちをかけてくる。お前の弁当はワタシのものだからお前の昼食は自分で買えという意味だ。
相変わらずだコイツ。
4年会わなかったら、人昇精霊になったら変わってしまっていると思ったが、まったく変わってない。相変わらずの自己中だ。母親譲りの性格が染み付いてる。
「……精霊は飯を食わないと聞いたぞ?」
「ん。そうね、精霊は食事はしないけど、私は人昇精霊だから。
食事の必要はないけど食事を楽しむことはできるの」
別に食べる必要はないけど、楽しみのためにオレの弁当を差し出せと言っておられるわけか。
さすが精霊様だ。
「それにしても、よく私が居るのに気が付いたね?気配は完璧に消してたはずなのに」
「臭いがした」
あえて、香りとは言わない。
「臭い?それこそ精霊に臭いは……ああ」
何か納得できる理由があったのだろう。小さく呟いてそこで言葉を切ってしまった。
少しの間、無言の時間が続く。
怒らせたんだろうか?オレは人付き合いが苦手だ。自覚はある。
そのせいか、他人の心をうまく理解できない。
沈黙の後に。
「コレを持ってきたんだ」
そう言われて、オレはやっと覚悟を決めて目を向けた。
オレを真っ直ぐに見ていた。
淡い、エメラルドグリーンの瞳。
透き通るような白い肌と鮮やかな唇。
母親譲りの豪華な金髪。
少しだけ、大人びたかな?
オレの記憶よりだいぶん痩せている気がする。
病気が進行してからオレは会わせてもらえなくなった。その時に痩せたんだろうか……。
背も伸びている。
精霊になったら成長しなくなるんじゃねーのかよー。なんでだよー?
手に、茶色いブラシを持っていた。
愛用のブラシ。
コイツ愛用というか、オレ愛用と言うか。コイツがオレに使うために愛用しているブラシ。
まだちゃんと持っててくれたんだな。
「後ろ向いて」
オレにそう言うと、オレの肩をつかんで後ろを向かせようとした。
オレもそれに従い、身体をずらして背を向けて座りなおす。
シュッシュと懐かしい音が聞こえ始め、オレのシッポから心地良い感覚が伝わってくる。
「なにこれ?毛が絡んでるじゃない?塊になってるよ?ちゃんとブラッシングしてなかったでしょ?」
「誰もしてくれなかったからな」
4年間ほったらかしだった。でも風呂はちゃんと入っていたし、他の連中より清潔だと思う。
貴族の家以外で風呂がある家なんて滅多にないが、食堂をやっていて清潔にするのが大切な生活をしているオレの家にはしっかり風呂があり、昨日も入ってきていた。
「誰も!?」
驚いたように言い、少しして。
「……ああ、誰にも……」
オレの背中に弱い呟きが響いた。
ブラッシングの心地良い感覚と音が続いている。
オレは口元を緩める。
「おかえり。セシリー」
やっと言えた。




