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第1章 再会 1 天

 コロが私を見つめてる。


 私がコロの姿を見つけ、4年前の出来事を思い出している間に試合は終わっていた。

 ニコリともしない相変わらずの仏頂面で、目つきが悪くて『への字』に固く結んだ口元がいかにも頑固者っぽい。

 親ですら笑顔をめったに見たことが無いという根っからの不機嫌顔男。

 母親が食堂をやっていてそこの手伝いもしていたのに、常連客すら不機嫌な顔は見飽きていても笑顔を見たことがない。

 それがコロ。


 今だって命のやり取りをして勝ち抜いたのにニコリともしない。

 だけど誰もコロを嫌ったりはしてないんだよね。

 みんなコロが感情豊かなのを知ってるから。


 私はコロを見つめる。

 見ていると自然と口元が緩んでくる。

 あぶないあぶない。

 今の私の立場は、安易に特定の参加者に向けて笑みを漏らすわけにいかないんだから。

 コロは4年ぶりだというのにぜんぜん表情を変えないで私を見つめる……というか睨んでる。

 あの顔だけ見たら不機嫌だと思うよね。

 でも誰がどう見てもコロは全力で喜んでる。


 パタパタパタパタパタパタパタパタ……


 ()()()が全力で揺れてる。

 ちょっと青みがかったグレーの大きなシッポ。

 犬?狼?良くわからないけどモフモフふわふわがコロの後ろで全力で感情を振りまいてた。

 あれを見てコロを無愛想だとか感情が無いとか言える人間がいるわけない。


 コロはこの世界で一番メジャーな種族、ヒト種で間違いない。

 ただシッポがあるだけ。


 シッポがあるなら亜人じゃないかと思うかもしれないけど、そこらへんはちょっとややこしい。

 この世界に数多いる亜人は神々の戦いの時にヒト種から改良されたものだ。


 強力な戦闘力として開発された獣人はもちろんのこと、武器の開発保全機能特化のドワーフ、砲台と呼ばれた魔法特化のエルフなども全部ヒト種からの改良だ。

 そのためにどの亜人もヒト種と血が混じり易くて、ご先祖様に血が混ざった人がいると血が薄れた後でも子孫にその特徴が突然現れるなんてことはよくある。


 今いるヒト種の高位の魔術師なんてほとんどがエルフの血が混ざった人たちの子孫だしね。

 そんなこともあって、ちょっと他種族の特徴が出たからと言って亜人と見なす人はほとんどいない。

 少なくともこの国には。

 

 「ウルフギャングは強くなっただろ?」


 私のすぐ横の席に座るお父様が声をかけてくる。

 公爵という重責からか4年会わない間に髪に白い物が混ざりだしたお父様。渋さが増してる。


 「()()()、なりましたね」


 私がそう言うとお父様はその意味を理解して苦笑を浮かべた。


 ウルフギャングと言うのがコロの名前だ。

 ウルフギャング・コロ。


 この国では姓を持つのは貴族くらいで、平民のコロには姓はない。

 ではこの『コロ』というのが何なのかというと、『神託名』と言われるもの。


 親が名前を決めて神殿で名付けの儀式をすると、神々から『タグ』と言われるものが授けられる。タグは2センチ角くらいの金属プレートで、小さな穴が空いていて紐やチェーンを通してネックレスにしている人が多い。


 タグには名前と生まれた日付と名付けの儀式をした神殿がある国名……つまり所属する国名が記載されているのが普通だけど、極たまにそれ以外に神託が記載されていることが有る。


 その神託が名前に現れたのが神託名。


 人間には理解できない神々の法則で名付けられているらしくて、身分や種族や能力に関係はないらしい。あの神々なら何か隠してそう。

 たまに妙に偏った法則性がある神託名もあるんだけど。私のお母様の神託名とか。

 ちなみに神託には神託職など色々なパターンが存在している。


 「あらあら。変わらず可愛くていいじゃない」


 お母様が楽しそうに言う。

 お父様とは逆に4年の間に逆に若返ったんじゃないかと思えるほど若い姿のお母様。

 見た目だけならお父様と親子ほど年が離れて見えるけど、実際には同い年。

 昔からバケモノじみた人だとは思ってたけど、我が母ながら本当にバケモノだわ。


 私と同年代…は流石に無理だけど、姉ぐらいなら十分通じる。

 お母様には長命種であるエルフの血が入っているんじゃないかと疑って家系図をさかのぼって調べてみたこともあるけど、その証拠はどこにもなかった。いや、貴族の家系図なんて箔付のために嘘が書かれていることが良くあるという話だから、あんなもの信じちゃいけない。


 でももしエルフの血が入っているとしても、その特徴は若さにしか現れてないよね。

 エルフの種族的特徴である平坦な身体つきに比べて、お母様の身体は豊満そのもの。

 あのエロダメ神こと火の神と比べても劣らないようなものがコルセットで絞られた細い腰の上に乗っかっている。

 いつも笑顔を絶やさない柔らかな表情が似合う華やかな顔も冷徹が特徴のエルフとはかけ離れている。


 私が子供の頃から絶対付け毛だろうと疑っていた、まばゆいばかりのゴージャスな金髪の髪ももちろん地毛で、エルフらしさなんてカケラもない。


 「あなたがいなくなってからうちにも遊びに来なくなったのよ。またギュッと抱いてあげたいのに」


 発言が不穏過ぎますわよ。お母様……。


 「来なくなったって……今もお母様が稽古を付けておられるんじゃないんですか?」


 「カワイイ決心を伝えてくるんだもの、私じゃダメだったわ。潰しちゃう」


 嗜虐趣味が暴走しそうだったんですね、お母様。笑顔が怖いです。本気で。相変わらずと言うかなんというか……。


 「あなたがいなくなってからコロちゃんがサイラスに鍛えて欲しいとお願いしたらしくてね、サイラスに任せたの。コロちゃんの今の師匠はサイラスよ」


 「ああなるほど……」


 サイラスは公爵家の騎士にして水の神の聖騎士だった。4年前に神殿まで身体が動かない私を運んでくれたのもサイラスだ。


 私が帰ってきた後で挨拶に来てくれたけど、その時に引退したと聞いて不思議に思っていた。

 壮年は過ぎたとはいえまだまだ騎士として働ける年齢だったはずだ。40歳くらいだっけ?

 鬼人(オーガ)みたいな筋肉もそのままだったし。

 コロを鍛えるために引退してくれたのだろう。

 街で剣術を教えていると言っていたけど、コロを鍛えていたのなら弟子はコロ1人だったんじゃないだろうか。感謝。


 魔法併用ならともかく、剣術だけの戦いならサイラス以上に強い者は、この国にはあと一人しかいない。

 人格その他いろいろ考慮して師匠として選べる人物の中では最高だろう。コロの選択は正しすぎる。

 ちなみにサイラス以上のバケモノは、目の前でニコニコ笑っているバケモノだったりするのが頭が痛い。


 「お母様より適任ですね」


 「あら、言うようになったわね。娘が成長して戻ってくれて嬉しいわ」


 笑顔が怖い。

 そういや昔は『お母様に似ておられますね』と言われるのが一番嫌だったなー。


 「サイラスが鍛えたせいでコロちゃん筋肉質になっちゃったみたいなの。抱き心地が変わってないか心配だわー。

 やっぱり無理を言ってでも私が鍛えるべきだったかしら。私なら火の神の聖騎士の鍛錬術で抱き心地が変わらない鍛え方ができたんだけどなー。

 ね、あなた」


 「ぶっ…ああ、そうだな…」


 いきなり話を振られてお父様が紅茶を吹き出しかける。

 なごやかな母娘(おやこ)の語らいで自分に矛先が向かないと思って油断してたらしい。

 そう、我が母親は結婚前は火の神の聖騎士だった。


 「お!次の試合が始まるようだぞ!!」


 お父様ごまかした。

 こぼしかけた紅茶のカップを世話係のメイドが受け取り、そっとハンカチを差し出している。

 円形闘技場の中心に目を戻すと、もうすでに次の試合が始まろうとしていた。

 コロの姿はもうない。いつの間にか控室に戻ったのだろう。

 コロにやられた男の姿も消えていた。


 「…私ちょっと席を外しますね」


 私は立ち上がり箱状になっている貴賓席の奥へと向かおうとする。

 奥に各部屋へ繋がる通路があるからだ。


 「ん?どこへ?」


 「コロ……ウルフギャングに骨を割られたケガ人の治療に」


 お父様に尋ねられたけど、なぜかお母様が笑みを強めて私を見てくる。


 「あら!今日は水の神の神殿から治癒魔法師を呼んでるからアレくらいなら大丈夫よ?貴方が行くほどじゃないわ!」


 「いえ、あの、一応、念のために」


 あ、これ気付かれてるわ。

 お母様はやたらと人の言動の裏を読み取るのに長けている。気付かれないわけないよね。


 「大丈夫よー。足が真っ二つになっても内臓が破れても治せる優秀な子が来てるから。治癒魔法の本場、水の神の神殿の治癒魔法師よ?」


 「この大会の参加者の治療は私の役目でもありますので」


 これは事実。

 そのために能力限定が第一段階の状態でありながら、治癒魔法と結界魔法は神々から一時的に限定解除されていて超位まで使える。


 治癒魔法はもちろんケガ人の治療のため。即死でない限り治療が可能。

 結界魔法は観客を守るため。今も張っている、ドラゴンが踏んでも壊れない堅硬かつ広範囲なもの。

 大会が終われば通常の能力限定第一段階の状態に戻されるんだけどね。


 「そう?でも……あ、やっぱりね!もう治ったって!」


 「え?」


 治癒魔法師に遠話して聞いたのか…。ということはお母様の顔見知りの治癒魔法師なんだろう。水水の神の神殿でもトップレベルの人が来ていてもおかしくない。

 公爵夫人と言う立場もさることながら、個人としての人脈も以上に広いんだ、この人。


 「そもそもね、なんで今頃行くの?治療なら試合が終わってすぐに行かなくちゃいけないでしょ?貴方がいかなきゃいけない状況なら、こんなに時間が経ってたら死んでるわよ?」


 「いえ、あのぉ……」


 言い訳のネタがない。


 「……じゃあ、御手洗いに……」


 苦し紛れに言ったけど、御手洗って何よ自分??

 自分で言ってて見苦しすぎるわ。

 精霊と女優と貴婦人は御手洗に行かないっ!

 あきらかに挙動不審になってしまった私を見て、お母様は実に楽しそうだ。


 「あら!そう、『御手洗』なのね。クラッチバッグも持ってるものね!」


 「あーー。ハイソウデス」


 クラッチバッグまで気が付かれてたか。椅子の背に置いておいて後ろ手に持って立ったのに。魔法で収納しておけばよかった。能力限定第一段階の収納魔法は使い勝手が悪すぎるんだよねー。


 「じゃあ『御手洗』によろしくね!」


 もう好きに言ってください。

 ニコニコと楽しそうに笑うお母様に敗北を認めながら、開き直った私は貴賓席を後にした。


読んでいただきありがとうございます。

サブタイトルの『天』『地』は『天 → 女性主人公の一人称』『地 → 男性主人公の一人称』となります。他に『人 → 三人称』も考えていますが、使用するかは未定です。

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