前章 天
4年前……。
「……月がキレイ……」
私は黄色く輝く光の神の月と赤く輝く火の神の月を見つめていた。
どれくらい時間が経ったんだろう?
神々の力を現わす月明かりを取り込むためにぽっかりと丸く空けられた天井を見つめる。
月の光が差し込む場所、石作りの祭壇に私は仰向けで寝かされていた。
ここは水の神殿だった。
街を臨む山の中腹に作られた、巨大な神殿施設の中央。そこに作られた最も重要な場所。
白い巨石を組んで作られた祭殿のさらに中央に位置しする祭壇に私はいた。
特別な許しが無い限り神殿司祭と、聖騎士と呼ばれる神々から選ばれた騎士しか入れない場所だった。
人間が神々を直接感じることができる数少ない場所だった。
うす布一枚を加工しただけの服とは言えないような、貫頭衣もどきの病人服を着ているだけだから、春とはいえ少し肌寒い。
儀式は成功したのかな?
首を左右に傾けて周囲を見渡すけど、何も変化が無いように見える。
明るい月明かりが照らし出す周囲には何もないし誰もいないはず。
足元の方や頭の上の方も見たいけど、今の私にはそれはできない。
身体を起こすことも寝返りをすることさえ、今の私にはできないからだ。
月明かりだけが、静かに私に降り注いでいる。
「あらあら、可愛いお嬢ちゃんじゃない!」
来たっ!!
いきなり聞こえてきた声に私は思わず身を縮こまらせ、硬く目を閉じてしまった。
この場にくるということは、決して邪悪な存在じゃない。むしろ、聖なる存在なはずだ。
私を害するような存在では絶対ない。
でも、私は恐怖を感じた。
「怖がらなくていいよ、お嬢ちゃん!」
どこにいるのだろう?神殿に声が反響して位置が分からない。
ハスキーだけど女性の声だ。
私は閉じていた目をゆっくりと開き……
「キャッ」
……また慌てて閉じた。
目の前に女性の顔があったからだ。
大きな赤い瞳で覗きこまれていた。
気配なんてなかったのに。小さくだけど悲鳴あげちゃった。失礼に当たらないだろうか?ヤバいなぁ…。
「ゴメンね、お嬢ちゃん。可愛い顔だったからさ。何にも……とりあえず今はしないからさ」
ケラケラと笑いながらふざけたように言ってくる。
とりあえず?今は?何それ?怖い。
耳元で布が擦れる音が近くでしたので私が再びゆっくりと目を開くと、女性は私が寝かせられている祭壇に腰を掛けて上から覗き込むように私のことを笑顔で見つめていた。
寝ている私が言うのも変だけど、祭壇に腰掛けるなんて普通ならありえない。
「……あ、あの」
声が上手く出ない。
緊張と言うよりは恐怖。女性はものすごい存在感があるけど、魔力などの威圧感は全く感じない。そのことが私を逆に恐怖させた。
魔力を感じない存在なんてありえない。生まれたての赤ん坊だって魔力を持っている。
それを感じさせないということは、魔力を完全に隠す手段を持っているということだろう。
少し吊り上った目に力強い大きな赤い瞳。そして赤く艶やかな唇が闇に浮かんでるように見えるのは、その浅黒い肌のせいだろう。
赤い舌がチラリと覗いて艶やかな唇をさらに潤ませた。
「私は火の神。名前もあるんだけどね、こちらには伝わってないだろうから今は火の神とだけね。
ここは水の神殿だけどアノ娘は今ちょっと忙しくてさ、私が代理ね」
「……はい」
必死で抑え込んでも声が振るえてしまう。
「やだ。そんなに硬くならなくてもいいわよって、そりゃ無理か!見事にカチコチだね。
男は硬い方が良いけどお嬢ちゃんみたいなカワイイ娘がカチコチだと可哀想だねぇ」
視界のギリギリ端、足元の方で何かが動いているのがちらちら見える。
たぶん、火の神様が私の足を触っているんだろう。私には何も感じないけど。
火の神様が身体を少し動かすだけで、ボヨンボヨンと巨大なものが揺れている。スライムみたいな弾力のある丸い二つのもの。
それを覆っているのは身体にぴったりとした革のような質感のある赤いドレスで、かなり伸び縮みする布地なのか身体にぴったりと貼りついて冗談みたいに身体のラインを浮かび上がらせている。
ドレスを着ているけどこれじゃ裸と変わらないじゃん。
女の私が見ても艶めかしいと思えるような、男の理想を体現したような女性の身体だった。
これはエロ神だわ。
火の神はもちろん火を司る神だけど、それだけじゃなくて性を司る神としても知られている。
男性を射止めたい初心な女性から、娼館まで。性についてありとあらゆることに加護を与える存在として知られていた。
世界が認めた至高のエロ神様だった。
何か面白い物でもみつけたのか口元に淫靡な笑いを浮かべているのを私は見ているしかできなかった。
それにしてもこのエロ神は緊張感のかけらもないのね。私の命がかかってるのに。
「まあよくもここまで放っておいたねー。お嬢ちゃんの地位なら儀式をするのも簡単だったろ?なんでまたこんなになるまで。
お腹の中までカチコチになってるよ。これじゃ男のカチコチなものも受け入れられないよ?
かなり苦しかったろ?あと数日遅れてたら心臓まで石になって死んでたね」
そう、私の身体のほとんどは石になっていた。
成人前の若い女性だけがかかる不治の病。
魔法どころか神々の奇跡ですら治すことができず、神々の戦いで敵対した神々が生み出したと言われている病。
『祝福の病』
身体の末端から石化し、神々ですら治せない死に至る不治の病にも関わらず、この病はそんな名前で呼ばれていた。
過去の神々の言葉を信じるなら、この病はこの世界で数年に一人程度の頻度で発病する者がでるらしい。本当に稀な病。
「今日じゃないと、ダメだったんです」
私は覚悟を決めてできるだけハッキリ言う。
その言葉を言うと、スッと自分の中から緊張が消えるのを感じた。
「いい顔するね、お嬢ちゃん」
火の神の笑みがさらに強まった。
あ、この表情は知ってる。面白いオモチャを見つけた時の顔だ。お母様も良くするのよね。
「さて、儀式をしたってことは知ってると思うけど、この病は私たちにも治せないんだ。
ただ、神々の楽しみ……じゃなかった、神々の贖罪としてこの病にかかった者限定で救済措置を準備している」
今なんて言ったこのエロダメ神…。ポロッと『楽しみ』と言っちゃうのはダメだろ。
「お嬢ちゃんはこれから月へと招かれてそこで肉体は永遠の眠りにつくんだ。
死ぬんじゃないよ?病が進行しないように眠らせるだけ。寿命もまあ、何事も無ければ倍くらいにはなるかな?
そして精神を別の器に移して様々な神の知識を学ぶんだ」
エロダメ神が私の頬にそっと触れる。
暖かい手。
ちょっとシットリとしてるのは、さっきの言い間違いで焦って手汗をかいてるとかじゃないよね?
「学ぶ期間は最長で4年。その間に学んだ知識を示して最低でも4柱の神々の加護を受けないといけない。
4柱の加護を受けられず4年が過ぎたら失格となって肉体と精神は廃棄される。つまり完全な死だよ?
まあでも安心して欲しい。そんなバカは長い歴史で10人もいなかったからね」
神々の戦いから一千年以上……その間に10人以下なら少ないのかな?
「逆に4年以下でも4柱以上の加護を受ければその時点でこの世界に戻る権利を得るんだ。
神々の知識を学んだ強大な力を持つ存在としてね。
別の器……つまり人とは違う精霊の器でだけどね。
強大な力を持つ者には制約が必要になる。それは自由とは程遠い制約と言ってもいい。人によっては死んだ方がマシだったと思うくらいの制約だよ。
……さてお嬢ちゃん、それでもアナタは月への招きを受けるかい?」
試練と制約については知っている。
たぶん、この世界では小さな子供でも知っているだろう。
この世界で最も有名な物語。
そして現実でもある英雄譚の数々。
初めて聞いたのはいつだっただろうか?物心つく前に乳母から寝物語で聞いていたんだと思う。
それくらい有名で常識と言ってもいいこと。
私は真っ直ぐに火の神の瞳を見つめる。
「はい。もちろんです」
私は4年後に必ず帰ってくる。
人の心と精霊の肉体、神の知識を持った人でも精霊でもない存在、人昇精霊として……。




