前章 地
巨大な円形闘技場に響いているはずの歓声が遠くに聞こえる。
程よく集中できてきた証拠だ。
初めての円形闘技場の雰囲気に飲み込まれ、テンパって激しく脈打っていた心臓もやっと落ち着いてきた。
「逃げ回ってばっかりじゃねーかクソチビッ!」
目の前で長剣を構えている男が血走った目でオレを睨みつけて言うが、普段ならイラつくそんなセリフも平然と聞き流せる。
男は荒い呼吸に肩を上下させ、全身が汗で濡れている。逃げ回るオレを追いかけまわした結果だ。
身長差のあるオレを追っていたためか、姿勢が猫背気味になっている。ちょっとしたことで姿勢が崩れるなんて未熟すぎるだろう。
『チビとか小さいとかいう人は、アナタのことを見下そうと必死になってる心の小さい人なんだよ』
初めてアイツに会った時の言葉がふと頭に浮かんできた。
オレが足に力を入れ足元をもう一度確認し直すと、ジャリッと靴底が音を立てた。
オレの動作でオレが動こうとしているのに気が付いたのか、慌てて目の前の男が間合いを詰め長剣を振り下ろしてきた。
身体を少しだけずらして振り下ろされてきた剣を避け、オレは男の脛に向かってナタを横なぎに振るった。
威力を考えて選ぶと剣はオレの身体では長すぎて上手く振れなかったり、身体に合わせたら威力不足で使い物にならなかったりで、結果的にオレと師匠が相談して選んだ獲物はナタだった。
ナタと言っても普段は剣を専門に打ってるドワーフの鍛冶師に、師匠が無理を言ってオレに合わせて打ってもらったもので、普通のナタよりもはるかに使い勝手も切れ味もいい。
形こそ長方形で剣先が無いナタそのものの形をしているが、ツバもつけてあり片刃であることと突けない以外は剣と同じような使い方ができる。
ただナタなんか持ってるせいでオレは初見で剣士に見られたことはほとんどない。
この大会でも猟師か木こりのガキが勘違いして出場しやがって、などと他の出場者から言われまくった。
……まあそれ以上に『お使い頑張れよ』と言われ、出場者の弟子や子供と勘違いされる方が多かったんだけども。
普段同じ街に住んでる連中なら理解してくれているが、この大会は大規模で参加者も観客も遠方から来た人間がほとんどだった。
横なぎに振るったナタは堅い革のブーツと金属の脛当てのせいで脛を一刀両断することはできなかったが、深く骨まで食い込み止まった。
「あがっ」
男が痛みからか妙な声を上げて、たまらず身をかがめる。
オレの身体もナタを食い込ませた反動で横に跳びそうになるが、シッポを大きく振ってバランスを取り、食い込んですぐには抜けないナタの代わりに腰からナイフを抜き抜いた。
それと同時に男との間合いを一気に詰める。
そして引き抜いた勢いのままナイフの柄を男のアゴへ振り上げた。
キレイにアゴに当たり、男のかがめた身体が吹っ飛ぶように一気に伸びる。
アッパーカットだっけ?知り合いの拳闘士がそんな技名を言ってた気がする。
アゴに食らった衝撃か身体が伸びた勢いかは知らないが男の被っていた兜がすっぱ抜け、天高く飛んで行った。
男の身体がドサリと音を立てて地面に転がる。
手応えはあった。
男はもう起きられないだろう。
アッパーカットを決めて天に向かってまっすくに伸ばした腕でそのままガッツポーズを決めたくなったが、そんなことをしたらアイツに鼻で笑われるからやらない。
師匠にも『絶対は絶対ない』と、いかなる時も気を抜かないように泣きたくなるほど言われていたので、即座に体勢を建て直し男に駆け寄り、仰向けにひっくり返っている男の身体をのしかかる様にして押さえつけてから、男の首元にナイフの刃を当てる。
男は気絶していた。
舌を噛んだのか、歯が折れたのか、口元から流れる血が痛々しい。
白目も剥いていてあまり見て楽しい物じゃない。
このまま放置したら死ぬだろうが、大会には優秀な治癒魔法師が準備されているらしいので大丈夫だろう。
……ナタがまだ食い込んでる足まで治癒魔法師が治せるかはよくわからないけど。
アイツは死人も大ケガも望まないだろうから、治癒魔法師が治せないならアイツが治すだろう。
即死以外は治せる力を持つと言われている存在になったアイツが。
「勝者 青ッ!!」
審判が宣言する。
ある程度人数が減るまでは名前を呼んではもらえない。
青か赤だけ。
便宜上、色分けされた色が呼ばれるだけだ。
もちろん、今はオレが青。
腕にも目印になるように青い布を巻いている。
勝者の宣言を聞いた途端に集中が解け、遠くに感じていた音が戻ってくる。
空気が弾けるような人々の激しい叫び声や拍手がオレに降り注いでいた。
チビすげーぞ!!!とか言ってるやつは殴り行っていいだろうか?
残念ながら聞こえてくる歓声か罵声か分からない声は混じりあい、人が多すぎて言った奴の特定は不可能だ。
今日のところはあきらめよう。
チビ言うなやてめーら。
オレはゆっくりと立ち上がり、視線を上に向ける。
円形闘技場の観覧席。
一番高く一番見やすい位置に作られた特別な席。
公爵様が座るその横。
オレを真っ直ぐに見ているアイツ。
この大会の優勝賞品であり……人昇精霊となったアイツを…。




