第2章 森の異変 1 天
「キンツバ2つにキナコモチ1つね!」
「あいよ!」
注文を告げると、気持ちいコロの返事が返ってくる。
普段のコロからは想像できないほどハッキリした返事だ。
初めてコロのこの声を聴いた時はビックリしたんだよね。でもサイラスが驚いてなかったから聞いてみたら、おばさんの食堂ではいつもこれくらいの声で返事を返していたらしい。
お客さんの騒ぐ声で聞こえなくなるのと、元気よく返した方が店の印象が良くなるからと、コロのおばさんに叩きこまれたそうだ。
私とコロは宿場町カトレアの宿屋にいた。
宿屋の食堂部分で、昼は旅人のための休憩所をやって、夜は居酒屋みたいなことをしている。
期間限定ながらイキイキと仕事をしているコロを見るのは、私には新鮮で楽しい経験だった。
私たちは『試しの旅』に出ていた。
『試しの旅』というのは人昇精霊と新たにパートナーとなった人間が、7柱の神々の本神殿がそろっている、この世界の中心ともいうべき神々のおひざ元の国『央国』に行って神々の承認を受ける旅だ。
その旅は最低でも1年かけることが決められていて、その期間で本当に信頼関係で結ばれたパートナーなのか試されることになる。
その旅の最中なのに、私たちは宿屋で働いていた。
その理由なんだけど……半ば成り行き、半ば必然と言って良い状況だった。
それは1週間前に遡る……。
1週間前、私たちは王都へ向かう街道を歩いていた。
商業都市ケルピーを出てから4日目。
ゆっくりと歩いて王都へ向かってるため、王都への道のりはまだ半ばほどだった。
私とコロは自由な旅がしたかったので2人で旅をするつもりだったのに、サイラスがくっ付いてきた。
なんでも、サイラスも王都まで行く用があるため、旅に不慣れな私たちの指導監督役として王都までは付いて行くと勝手に決めていた。
神々から旅は少人数で、できるだけ自力でするのが望ましいと言われていたけど、別に制限はない。
過去の人昇精霊には数百人の団体で『試しの旅』をした者もいるらしい。
その人は最終的に盗賊団を作って、世界を荒らしまくったらしいけど……。
最初は私も遠慮と謙遜というフリをした抵抗をしてたんだけど、お母様のごり押しもあり、コロもなんだか受け入れてるし、コロと2人じゃ、まだちょっとギクシャクした部分があってどうしていいのかわからなくて、潤滑油になる人間が欲しかったのもあって受け入れてしまった。
コロとは結婚までしてるんだけど、付き合い始めた恋人のように微妙な空気が流れてるんだよね。
どこまで距離を詰めていいのか、お互いに計りかねて気をつかいあってる感じかな?
考えてみたら、私たち恋愛結婚なのに恋人同士だった期間が存在しないんだよねぇ……。
むしろ、政略結婚だった方が目的がハッキリしていて良かったかもしれない。
子作り最優先だから、愛が無くても結婚したら即性行為ということで分かり易かったんだけどねぇ。
……コロがヘタレて私たちまだキス止まりなんだよねぇ……。
とにかく、私たち3人は歩いて王都に向かっていた。
徒歩で旅をする理由はいくつかあった。
まず、急ぐ旅でないこと。
次に、私とコロが馬車の扱いができず、馬の世話ができないこと。
王都までの道のりでサイラスに馬車の扱いと馬の世話の仕方を学ぼうという話もあったんだけど、それには近すぎて学びきれないんだよね。
それに、王都から遠く離れてしまえば、私には別の方法があるからわざわざ馬車の扱いを学ぶ必要が無い。
乗合馬車を利用する話も、私たちが商業都市で有名になり過ぎて他人と長時間一緒にいないといけない乗合馬車はさけたかった。
質問責めにされたりとか、逆に気をつかわれまくるのは避けたかった。
乗合馬車を使うなら、結局は公爵家の馬車で移動してしまうのと同じだしね。
それから魔法の鞄が完成したことも大きい。
旅に出る前に一度神々から呼び出しを受けたんだけど、その理由が魔法の鞄だった。
魔法の鞄は私が使う収納魔法を魔道具化したものね。
収納魔法は神々がかなり昔から研究していた大規模な空間魔法の副産物で、魔力で亜空間を作り出して固定する魔法。
実はこの世界には空間魔法の使い手は神々を除くと私しかいない。
空間魔法は今まで神々から知識が与えられるルートが無かったんだよね。
原因は『時と空間の神』がとてつもない引きこもりだから。
他の神々もお手上げになるくらい、研究バカのものっすごい引きこもり。
『時と空間の神』は神々が頻繁に地上に降りてきていた時代にすら、一度も地上には現れなかったらしい。
そのおかげで地上では神々は7柱しかいないと思われてるという体たらく。
他の神々も面白がって人間のその認識を訂正しなかったため、8柱いることはまったく知られていない。
今までの人昇精霊たちも、『時と空間の神』の存在は知っていても、その神が司る系統の魔法が使えないために本当にいることを証明できずに終わっていた。
たぶん、神々のことを研究している人間なら「時と空間の神という存在がいるかも?」くらいの認識を持ってるかもしれないけど、確信を持っている人はいないだろう。
神々の謎ルールで、他の神々はそれらの魔法を使えても人間に教えることはできないらしい。
おかげで空間魔法は神々が持つ特殊な技能で魔法ではないと思われていた。
人昇精霊経由なら教えても良いことになってるんだけど、時と空間の魔法は習得が馬鹿みたいに難しくて、今までの人昇精霊は習得できずに終わってるんだよね。
神々が過去に作った魔道具もあったんだけど、それを研究できるだけの基礎的な知識を持った人間すらいなかったので、神々の特殊な技能を再現できる奇跡の魔道具として現在では秘宝扱いされてる。
とにかく、私が人昇精霊となってその知識をもたらせる様になったことで大きく状況が変わったらしい。
神々としてはこの機会に空間魔法を大きく広めてしまいたいそうだ。
なんでも、神々の悲願の大規模な空間魔法を完成させるため、たくさんの実用データと、多くの魔法師が改善したり改変したりしたデータが欲しいらしい。
それでその教材として準備されたのが件の魔法の鞄だった。
神々が全力で分かり易く簡易化した保護のかかっていない術式に、普通の魔道具制作技師なら簡単に作れる本体。
使う魔石の質で容量が変わるけど、最低でも10倍の容量が確保できる不思議な鞄。
これは流行るよね。
これを世界に広めることが神々のお願いだった。
お願いと言っても、私が『禁呪』を使い続けるための交換条件だけどね。
さすが神々、卑怯すぎる。
ちなみに、魔法の鞄の術式には保護はかかっていないけど、魔素の方に使用内容の制限がかかっている。
空間魔法で世界を傷つけるようなことはできないし、人昇精霊が広める魔法の常で、政治的に深くかかわることや軍事行動には使用できないようになっている。
そういうことをしようとすると、途端に発動しなくなるようになっていた。
長くなったけど、とにかく、その魔法の鞄のおかげで私たちは大量の荷物が有っても手ぶら同然で行動できるので、わざわざ馬車を用立てる必要がないのだった。
私たちが使ってる魔法の鞄は私の特別製の術式が入っていて、魔石も公爵家にあった高品質な物を使ったから、小さなウエストポーチ型なのに1個で倉庫並みの容量があるんだよね。
そんなこんなで私たちは街道をあるいて王都に向かっていたわけなんだけど、コロが限界だった。
目つきがね、とにかく悪い。
元々悪いのに、さらに悪くなってる。
シッポだってぐったりして引きずって歩いてる。
常に肩が落ちて俯き気味だからビアンカが乗り難くて、サイラスの頭の上に乗って移動するようになっていた。
かなりストレスが溜まってるみたい。
原因は旅生活でまともな料理ができないこと。
そして、今後1年はそんな旅生活が続くということに気が付いたこと。
それから、本人は言わないけど、私に手が出せない自分のヘタレ具合に気が付いたこと。
私との時間があまり取れないこと。
最後のは私も悪いんだけどね。
日中は移動して、夜の食後のゆっくりできる時間にサイラスに魔法の鞄の作成方法を教育してたからね。
コロにも神々からの依頼で最優先だからと説明してあったんだけど、理解できても納得はできないよね。
新婚なのに、夜に時間が取れないとか。
サイラスと2人で毎晩自分には理解できない話をしていることで、嫉妬してるみたい。
でも、一緒に寝ようとしたら照れて逃げたのはコロだよね?
ヘタレたのはコロだよね?
説教したい気分だけど、さらに落ち込まれても困るのでしてない。
相変わらず面倒な性格してるなぁ……。
あ、もう、倦怠期かも知れない。
私とコロが並んでトボトボと歩いて、頭にビアンカを乗せたサイラスがその後ろを歩きながら何故かニヤニヤしてるのがここ数日のパターンだった。
サイラスは面白がってるよね?青春だなとか思ってるよね?自分は女運が壊滅的に悪くてまともな恋愛なんてしたことない癖に、大人の立場からニヤニヤと見守ってるつもりだよね?
腹立つなー。
お母様から色々聞いてる過去のトラウマ情報を公開してやろうかな。
「あっ」
そう思いながら歩いていると、いきなり、視界に地図画面が立ち上がった。
近くに魔獣がいれば自動的に立ち上がる設定になっていた。
「コロ!」
私はそれを一目見て、コロに声をかけつつコロの視界にも同じ地図画面を表示させる。
「……わかった!」
トボトボと歩いていたコロも、地図画面を見て状況を理解したのか、引きずっていたシッポをピンと立てて駆け出した。
「おい!何があった!?」
サイラスが尋ねてきたので、サイラスの視界にも同じものを表示させる。
旅が始まってから何度か同じことをしているので、サイラスは当然のようにそれを見つめた。
「……これは、豚野郎か?真ん中のは人間の表示だっけか?囲まれるな」
「襲われてますね。
数十匹が取り囲んでることからたぶん、年頃の女性でしょう。それ以外なら一気に殺されて終わりですからね」
「あー。女が豚野郎に襲われたら男以上に大変だからな。それでコロのやつも急いで飛び出していったのかよ。
お!今ごっそり豚野郎が減ったな。コロのやつ、頑張ってるな。でも良いのかよ?もし若い娘だったら助けてくれたコロのやつに惚れちまうかもしれないぞ?コロ様とか言って頬を染めて熱い目で見るかもしれねぇぞ?」
サイラスはニヤニヤ笑って実に楽しそうだ。
サイラスの頭の上で丸まって寝ていたブランカが、何事かと頭を上げた。
「そういうのいいですから。
私たちも行きましょう。倒すのはコロ1人でも十分だけど、襲われた人をどうしていいかオロオロしてると思いますから」
「だな。
嫁さんに手も出せない臆病な童貞小僧には荷が重すぎる」
襲われて泣いてる女の人をどうしていいか分からずオロオロしてるコロの姿が目に浮かぶわ。
あ、直立豚魔獣の光点が全部消えた。終わったみたいね。
直立豚魔獣は1体だけなら駆け出し冒険者でも殺せる程度の魔獣でしかない。コロなら気を抜いてても数秒で片付けられる。
それにしても、どうしてこんな街道近くに魔獣が出たんだろう?しかも集団で。
なんか嫌な予感がするなー。
読んでいただきありがとうございます。




