第2章 序 2 人
私はアビー。
王都と商業都市を繋ぐ街道沿いにある宿場町カトレアの小さな宿屋の娘です。
宿屋と言っても部屋数はそれほど多くありません。
大きな都市とは違って、宿場町では宿屋が食堂を兼ねていることが多くて、部屋数の少ないうちはどちらかというと食堂の方に力を入れて営業していました。
父が魔獣に襲われてケガをするまでは……。
幸い治癒魔法が使える旅の魔法師さんがおられて父は一命を取り留めましたが、すぐに仕事ができる状態ではありませんでした。
骨折や傷ついた内臓をすぐに治せるほどの治癒魔法の使い手は珍しいそうです。
お金持ちなら王都や商業都市の神殿から治癒魔法使いを呼んだり、高価な魔法薬を使ったりして完治させることもできるそうですが、うちにそこまでのお金はありません。
幸い、少しばかりの蓄えはあるので、父には治るまでの間ゆっくり休んでもらうことにしました。
私に母はいません。
物心ついた時にはいませんでした。町を襲った盗賊に殺されたそうです。
ですから宿屋は父と私の2人で営業していました。
父が休むということは、宿屋も休みになって、私も休みになってしまいます。
人を雇って営業することも考えましたが、父が治る程度の短期間だけ雇われてくれるような人で、宿屋を任せられるほど信用できる人を見つけられるはずもなくてあきらめました。
ただ、宿屋を休みにしている間は私も暇なので、薬草採取の仕事をすることにしました。
薬草採取は冒険者見習いの子供たちが主にやる仕事です。
私もお小遣い稼ぎに何度かやったことがありました。
宿場町近くの安全な平原に生えている種類の薬草を選べば、危険はまったくありません。
……まったくない、はずでした。
その日は、違っていました。
後で聞いた話だけど、遠くの森に飛竜がやってきて、それで森の魔獣たちが混乱して森を飛び出してしまって、その一部が遠くの、安全なはずの平原まで迷い込んできたらしいんです。
薬草を採取していて、気が付いた時には直立豚魔獣の群れに囲まれていました。
直立豚魔獣は社会性のある魔獣です。群れで行動します。
直立豚魔獣の狩りには2種類あります。
男の人間を狩る場合だと、直立豚魔獣はエサとして狩ります。すぐに殺されるそうです。
女の人間を狩る場合だと、直立豚魔獣は繁殖のための借り腹として狩ります。生け捕りにされて、直立豚魔獣の子供を産まされて、使い物にならなくなったら殺されてエサにされるそうです。
その時の直立豚魔獣の群れも、私を生け捕りにするために遠くから囲んで逃げられないようにゆっくり間を詰めてきました。
怖くて、本当に怖くて、私は腰が抜けてその場に座り込むしかできませんでした。
そして、恐怖でいつの間にか気を失っていました。
気が付いた時、私は何かに運ばれていました。
「うわああっ!イヤ!イヤ!イヤ!」
運ばれていると分かって、私は自分でもビックリするほど大きな声で叫んでいました。
「うお!ちょ!待て!暴れるな!落とす!落ちる!待て待てっ!!!」
太い声が聞こえて、太い腕で押さえ付けられて、私はさらに怖くなって、叫んで暴れました。
直立豚魔獣に強姦されて、醜い子供を産まされて、殺される。
そう思って、逃げようと必死に暴れました。
「犯される!助けて!!誰か助けて!イヤッ!イヤッ!うわぁあああ!」
「違う違う違う!落ち着け!助かってるからな!オレたちが助けてやったんだからな!暴れるなって!落とす!うお!こんなとこでそんなこと叫ぶな!犯されるとか言うな!勘違いされる!!」
「あー。サイラス……さん。
押さえ付けたら、逆効果だから。睡眠」
女性の声が聞こえて、身体が温かくなる感じがして、私は叫ぶのと暴れるのをやめました。
「睡眠の魔法?」
「睡眠の魔法を眠らせない程度に弱くかけると鎮静効果があるのよ。
サイラス……さん、その人を降ろしてあげて。
そのまま抱いているとまたパニック起こされるわよ。
コロ、毛布を敷いてあげて」
「ああ」
私は柔らかいものの上に寝かされました。
私は太い腕から解放されて、やっと落ち着きました。
身体を起こして周囲を見渡すと、宿場町の防御壁がすぐ近くに見えました。
街道沿いの草地に寝かされたらしく、街道を歩く人たちが興味深そうに私の方を見ていました。
中には立ち止まって様子をうかがっている人までいます。
私のすぐ近くには女の人がいました。
「落ち着いた?」
腰を下ろして私と視線の高さを合わせて、優しく微笑んでくれます。
私と同い年くらいに見えますが、落ち着いた雰囲気があります。
普通の旅装束に見えますが、縫製も布地も高そうな服なので、それなりの身分の人か、お金持ちのお嬢様なんでしょう。
先ほど魔法を使っておられましたしね。
貴族やお金持ちは魔法の才能がある子が産まれたら、子供に家庭教師をつけて魔法を使えるようにするそうです。
そんなことを考えながら、こんな時でも相手の値踏みをしてしまう自分を恥ずかしく思いました。宿屋の娘の習性みたいなものですから、仕方ないんですけどね。
「あの……」
「あなたがオークの群れに襲われてる時に偶然通りかかってね。私たちが助けたの。
安心して、何もされてないから」
『私たち』と言われて、私は周囲を見渡しました。
1人の男性と、1人の少年がいました。
男性は大きい人でした。
腰に護身用の短剣を吊るしているだけで防具も付けていませんが、冒険者か傭兵という雰囲気がありました。
無精ヒゲだらけで煤けた感じがするものの、精悍な顔立ちは歴戦の戦士でしょう。大きな身体は威圧感がありますが、嫌な感じはしません。顔も若いころはモテただろうなと思える、渋い感じのオジ様です。
40代半ばくらいかな?
引退間際の体力が落ちた冒険者が、お金持ちの護衛の定職につくことはよくありますから、先ほどの女性の護衛でしょうか?
髪の毛の一部が銀色に見えますが、あれは白髪なのかな?そこだけ不自然に盛り上がっていていて不思議です。
少年は……なんといいますか、かわいらしい雰囲気の人でした。
美少年ではないですが、愛嬌があると言いますか、頭を撫でたくなると言いますか、小動物の子供を見ているような気分になる人です。
私がご迷惑をかけたことで不機嫌な顔をされてますが、それが逆に保護欲をそそります。
大きなシッポがお尻のところから出てますが、あれは本物なのかな?
シッポ以外はヒト種に見えるので、祖先の獣人の血が出たんでしょうね。フワフワして思わず触りたくなります。
腰にナタとナイフを吊るしていて、まだちゃんとした武器が買えない冒険者見習いでしょうか?
きっと歴戦の戦士にくっ付いて修業中でしょうね。
「あの……ありがとうございます」
私は1人1人に丁寧に頭を下げ感謝しました。
「私はアビーと言います。そこの宿場町の宿屋の娘です。
あの、命を救っていただいたお礼にはまったく足りないと思いますが、あの、うちの宿屋は父がケガをして休業中なんですけど、でも私、頑張ってもてなさせていただきますので、うちに泊まっていただけませんか?」
私はお礼がしたくて、3人をうちの宿屋に誘いました。
これが私とセシリーさんとサイラスさんとウルフギャングさんとの出会いでした。
読んでいただきありがとうございます。




