第1章 始まりの終わり 2 神 (第1章 終)
第1章は「第46部分 第1章 霧が晴れたら見えるもの 8 天」で一旦終わっていましたが、第2章を書きはじめる前に少し全体を修正しつつ読み直していたところ、かなり尻切れトンボ感があったため、「第1章 始まりの終わり 1 神」と「第1章 始まりの終わり 2 神 (第1章 終)」を追加で書きました。
それに伴い、構成も変えるために現在投稿されている「間章 神々の転移 神」は「前章 神」として第一部分に移動しました。
よろしくお願いします。
時は少し遡る。
赤竜を倒し、抱き合い初々しいキスをした人昇精霊セシリーとウルフギャング・コロは、時間と共に冷静さを取り戻していた。
冷静になるにつれ押し寄せる恥ずかしさに、心の中で悶えていた。
「その……カツサンド食いに行こうか」
ウルフギャング・コロは、赤面しながらセシリーを抱きしめていた腕を、そっと緩める。
「……そ、そうね」
セシリーもまた同じく恥ずかしさが噴出してきており、ウルフギャング・コロと目を合わすことさえできなくなっていた。
2人はゆっくりと抱き合っていた状態から離れるが、それでもお互いの気持ちを確認し、何の障害もなくなった今、少しでもお互いに触れていたいのかどちらかともなく手を握るために手を伸ばした。
2人の指が絡み合い、固く握られた瞬間、セシリーの顔が驚きに歪んだ。
「え?」
「ええ?」
「ええええ!!??」
1人で『え』の三段活用の叫び声をあげ、握ったウルフギャング・コロの手を目の前に掲げて見つめる。
ウルフギャング・コロも最初はセシリーが何を驚いているのか分からなかったが、掲げられた自分の手を見つめ、その指にはまってる物に気が付いた。
そして、セシリーの左手にも同じものがはまっているのを確認する。
2人の左手……その薬指にしっかりとシンプルな金色の金属の輪がはまっていた。
「指輪?」
「指輪ね……」
「これ、人昇精霊のパートナーになった証とかか?」
「そんなわけないわ……。
ああああ!あのダメ神たち!やられた……」
人昇精霊セシリーはその場に座り込んでしまう。
自分のちょっとしたイタズラ心が引き起こした事態だと思い当たってしまったのだ。
ウルフギャング・コロは意味が分からずその姿を眺めていた。
「……このまま姿を消すのは……ダメよね。みんな避難してるんだからちゃんと事態が収拾したって伝えてあげないと避難先から戻れない。そんなことしたって、結局最後はお父様たちと会わなきゃいけないし、コロも家に帰りたがるだろうし。
指輪を外せば……やっぱりダメよね。元々外せないようになってるから……解呪……が効くわけないし。いっそ物品破壊系で……ダメか……。
あ、指輪だけに隠匿をかけて……あああ……しっかり保護してある。どうしてあの連中はこんなところだけ頭が回るのよ。何か手袋か布で覆って……あれ?装備不可能?え?こんな魔法初めて見る。まさか嫌がらせのために開発したとか?マジで?ひょっとして私たちがこの場から逃げようとしてもその対策をされてる可能性も……」
セシリーは座り込んだまま自分の左手薬指の指輪を見つめ、ブツブツと呟きながら指輪をはずそうとしたり何やら魔法を使ったり手持ちの布を手に巻こうとしたりしていた。
その焦り方は尋常ではなく、ウルフギャング・コロもやっと何かマズイことが起こっていると理解した。
「セシリー……マズイのか?」
「コロ。これ、結婚指輪よ?」
「……?」
ウルフギャング・コロは手をかざして自分の指にはまっている指輪を眺める。
もちろん、ウルフギャング・コロも結婚指輪を見たことがあった。
結婚指輪は神殿で神々から与えられるものだ。
結婚を決めた2人が神殿に行き、結婚を宣誓をすることで神々から授けられる。
宣誓をした2人の指に光が集まり、虚空から指輪が現れる光景は、結婚式で最も盛り上がる場面だった。
結婚指輪は2人が再び神殿を訪れ、離婚の宣誓しない限り外れない。
タグと同じく神々の金属でできているので、破壊も不可能と言われていた。
「なんで、結婚指輪が?」
「その……」
セシリーは口ごもる。
指輪に気が付いて青くなっていた顔色が、みるみるまた赤く染まって行った。
言い難そうに思案しては口を開こうとして止め、また思案することを数度繰り返した。
「……」
「……あの、ね。
人昇精霊のパートナーの誓いに決まった台詞はないの。
お互いにパートナーだと認識して、キスすればいいだけなの。
それでね、ちょっとイタズラ心が湧いてきたというか、憧れてたというか……。
その、結婚の誓いの言葉っぽくしてみたの」
「ああ……」
確かに結婚の誓いぽい言葉だったと、ウルフギャング・コロは思う。
しかし、それがなぜ結婚指輪が現れていることにつながるのか理解できず、眉を寄せた。
結婚指輪は2人の結婚の意思を確認し、神殿で授けられるものだ。
結婚の真似事をしたからといって、現れるようなものではない。
もしそうなら飲み屋で結婚指輪が大量発生しているだろう。
しかし、ウルフギャング・コロはそんな話も聞いたことが無かった。
「……神々に見られてたんだと思うわ。
あの人たちが見逃すはずがないものね。
きっと映像記録も取られて……次に会った時に目の前で再生されて、それを見た私の悶える姿をまた記録されるという無限地獄に……いえ、なんでもない。忘れて。
とにかく!
あのダメ神たちは、私のかわいいイタズラに、質の悪いイタズラを被せてきたのよ!
『結婚の誓いをしたんだから、お前たち本当に結婚しちゃえよ!ヒューヒュー!』っていう感じで、結婚指輪を授けたのよ!そうに違いないわ!
今、天上で慌ててる私の姿を見てみんなで爆笑してるはずよ!」
セシリーが怒りの拳を突き上げた先には、青空に浮かぶ光の神の月と風の神の月の薄らとした姿があった。
「その……嫌なのか?」
「え?」
セシリーはポツリと呟いたウルフギャング頃の顔を見る。
「オレと、結婚したのが嫌なのか?」
ウルフギャング・コロは肩を落として俯いていた。
シッポは元気なく下に垂れ下がり、フワフワだった毛もくたりと寝てしまっていた。
「そんなわけないじゃない!」
「嫌なら……」
「だから違うって!
この後のことを考えて慌ててるだけで、結婚が嫌なわけじゃないの!」
「この後のこと?」
ゆっくりと、首を捻る。
「お母様に結婚指輪を見られたらどうなると思う?
それに、サイラスも大騒ぎするわね、絶対。
コロのお母さんは普通に祝福してくれそうだけど、王族とか、貴族とか、街の人たちとか、色々な人たちが私たちがパートナーになった途端に結婚したと知ったら、どんな騒ぎになると思う?」
そう言われ、ウルフギャング・コロは考えを巡らす。
そして、怖い想像になってしまったのか、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
「マズイな」
「マズイよね」
「……」
「…………」
しばらく、2人は座り込んだまま無言で過ごした。
目の前には凍結した赤竜。
ドラゴン討伐という偉業を成した直後にもかかわらず、並んで座り込んでいる2人の表情は暗く、黄昏れていた。
「どう考えても、神々に逃げ道は塞がれてるわ。
素直にみんなの前に出るしかないと思う……」
『最大の敵は神々』
そう言うと格好良さ気な雰囲気だが、内容が内容だけに間の抜けた状態になっていて酷い。
「……飯食いたい」
心底疲れたような呟きを、ウルフギャング・コロは漏らす。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
その弱々しい雰囲気を見て、赤竜を討伐した竜殺しだと思う者は誰もいないだろう。
シッポも垂れ下がり、地面に触れてしまっている。
「そうね、カツサンドも食べたいし、気分を変えればいい策が浮かぶかもしれないわね」
セシリーもゆっくりと立ち上がろうとする。
そっと。
その目の前に手が差し出される。
ウルフギャング・コロが照れて目を逸らしながら、立ち上がるセシリーに手を差し伸べていた。
「似合わないよ?」
「……」
セシリーはその手を取って立ち上がると、腕を組もう……として身長差で上手く組めないことに気が付いて、肩に身体を乗せるようにして腕を絡める。
そして2人は歩き出す。
2人の背後では、青みがかったグレーの大きなシッポが揺れていた。
その後、食事をしたところで良いアイデアが浮かぶわけでもなく、あきらめて円形闘技場を出たところで公爵夫人とサイラスに捕獲されイジリ倒される結果となるのだった……。
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一週間後。
祝勝会と人昇精霊のパートナーのお披露目を兼ねた宴が開かれていた。
『宴』と言っているが、実質は『赤竜の肉を食べる会』だ。
招待客は貴族や人昇精霊争奪大会の上位16人に入った者など合わせて100人近くになっていた。
招待客は円形闘技場に運び込まれたテーブルを囲み、立食形式で出される料理を楽しんでいる。
出される料理はいく分家庭料理よりの神々の料理が中心で、こういった宴で出される料理としてはかなり気楽なものとなっていたが、それに文句をつけるものなどいない。
なにせ、貴族どころか王族すら一生の内に一度口にできるか分からない赤竜の肉を使った料理なのだ。
使われた素材の金額だけなら王宮の晩餐会すら見劣りするくらい贅沢な宴となっていた。
場所は円形闘技場の、凍った赤竜の周囲。
魔法の氷でまったく解けることのない氷の置物と化した赤竜は、今回の食材にするために一部の肉を切り出された以外はそのままだ。
凍りついた赤竜の前には魔道具を使ったコンロ付きの調理台が10台並んでおり、人昇精霊の加護の身体強化を全力で使ったウルフギャング・コロが、そのすべてを駆使して料理を作っていた。
見るものが見たら高度な身体強化の魔法の無駄遣いと嘆いているところだろう。
実際、招待された貴族などはウルフギャング・コロが高速で調理する姿を見て、この力が自分のものになってくれればと嘆いていた。
調理台が10台並んでいるのは、コンロでの煮炊きや水を溜めたりする速度をウルフギャング・コロの身体速度に合わせることは不可能だからだ。
もし、瞬時に水を溜める、瞬時に焼く、瞬時に煮るなどの特殊機能があるコンロ付き調理台が発明されたら、100人分の食事でも1台だけで十分だっただろう。
使う野菜を洗ったり、鍋の灰汁取りや使った調理道具を洗うための補助に、彼の母親と、母親の店の従業員に正式になったばかりの少女が手伝いに入っていた。
2人ともウルフギャング・コロの調理手順を完全に理解しているのか、絶妙のタイミングで作業の補助を行っていた。
本来なら主役の1人であるウルフギャング・コロが調理して料理を振る舞っているのは不思議な話だったが、彼の性格を知っている人間でそれを疑問に思う者はいなかった。
そしてまた、それ以外の者たちも公爵と公爵夫人、人昇精霊セシリーからにこやかに内容を説明されて異を唱えられるものはいなかった。
もちろん、この会の内容を提案したのもウルフギャング・コロ自身である。
いつもの不機嫌そうな表情ながらも、調理する大きなシッポはブンブンと全力で振られていた。
「コロー。今作ってるやつもくれ」
忙しく動くウルフギャング・コロの後ろから声がかかる。
宴の招待客でもなく、調理、接客、警護の要員でもないのにこの会場に潜り込み、立食形式の宴にもかかわらず調理スペースにテーブルと椅子をもちこんで堂々、黙々と料理を食べている男がいた。
もちろん、サイラスである。
招待客たちにもしっかり目に入っているはずだが、彼のことを気にする人間はいない。
許されている、と言うよりは、すでに呆れてあきらめられているらしい。
注意して彼の怒りを買うのを恐れているのかもしれない。
キュウ。
同じテーブルにはヒオジョコの子のブランカが相席していた。
どこから持ってきたのか、真っ赤なイチゴを両手で抱えて齧っている。
あの赤竜出現の時はどこかに逃げていたらしいが、次の日にはウルフギャング・コロの家に戻ってきていた。
サイラスとブランカは妙に仲がいい。
周囲は『魔獣同士だからだな』と妙な納得の仕方をしていた。
「師匠。忙しいんですから、作った端から食べようとするのはやめてください。
招待客優先です」
「いいじゃねぇか。おまえを優勝できるように鍛えてやった、一番の功労者だぞ?お師匠様だぞ?
だいたい、招待客は貴族連中と上位16人の連中だけどか、公爵様もしみったれてるよな。会場の広さがどうとか準備がどうとか言ってたけどよ、オレ1人くらい大丈夫じゃねーかよ」
『まったくこの筋肉ゴーレムは。貴族や戦士や警護の騎士団の連中ともめるのが目に見えてるからやんわり排除されたの気が付いてないのかよ……』
ウルフギャング・コロは心の中で悪態をつくが、もちろん声には出さない。
そんなことを言ってしまえば、じゃれ合うだけの時間の余裕があると思われて、良いオモチャ認定されてしまうからだ。
しかも、今のウルフギャング・コロは全力を出しても壊れないオモチャだ。
力加減すらしてもらえない。
ここ数日、サイラスとウルフギャング・コロは何度かじゃれ合いや試合をしていた。
その結果、人昇精霊の加護である身体強化が発動した状態で、身体能力はほぼ互角、技量ではサイラスに一日どころではない長があるため、総合でサイラスの方がまだまだ強いということが判明していた。
人昇精霊の直接的な加護がある人間より強い人間などいないように思えるが、しかし、サイラスは聖騎士だ。
聖騎士と言うのは実のところ生まれた時から神々の加護を受けている者のことであり、寵愛を強く受けるほどその能力は高くなる。
いったいサイラスのどこを気に入っているのかは分からないが、彼はこの世界では比類ないほどに水の神の寵愛を受けている存在だった。
「……」
ウルフギャング・コロは無言で作っていた赤竜のトマト煮を小皿に取り、サイラスのテーブルに置く。
サイラスを黙らせて大人しくさせるにはこうするのが一番有効であることを、経験上知っていた。
「ちょっと落ち着いたみたいだね。あんたも休憩がてらあちらに混ざって来るかい?」
そっと、ウルフギャング・コロの額の汗をその母親が拭った。
『あちら』というのは招待客たちがいる宴席のことである。
ウルフギャング・コロはちらりとそちらを見ると、眉を寄せた。
「やだ」
彼自身も、もちろん自分がこの宴の主役の1人であることは理解している。
しかし、あちらに混ざって貴族などの挨拶を受けるのは絶対に嫌だと思っていた。
自らの祝勝会でありお披露目会でもあるこの宴を、ウルフギャング・コロが調理してそれを招待客が食べる『赤竜の肉を食べる会』の形式にしたのも半分くらいはそれが理由である。
調理していれば声をかけてくる面倒な連中を無視できるし、赤竜も心行くまで調理できると考えて決めたのだった。
「せっかく可愛いお嫁さんがキレイな格好をしてるってのに、つれないやつだね」
母親は宴席の一角を目で追っていた。
そこには、桜色のドレスを着た人昇精霊セシリーが招待客に囲まれている姿があった。
本来のお披露目会であるなら、彼女は白を基調とした人昇精霊の正装を着ているのが普通なのだが、公爵夫人のごり押しで着せられたのだ。
公爵夫人はこの宴を2人の結婚披露宴にしようとしたが、2人が全力で拒絶した。
泣き落としではなく、本当に泣いて拒絶する2人に公爵夫人が折れて今の形になったが、折れる際に公爵夫人が絶対に譲れない条件として出したのがセシリーの華やかなドレス着用だった。
ウルフギャング・コロもタキシードを着せられているのだが、上着を脱いでネクタイを外し、上から調理用の上着を着ているためそうと気が付いた人間はいない。
ウルフギャング・コロも無愛想な表情のまま母親の視線の先へ目を向ける。
それと同時に青みがかったグレーの大きなシッポが揺れ始める。
大きく動くシッポに気付いた母親は、その動きを見て目を細めた。
「あとでちゃんと褒めてあげなよ。
ちゃんと言葉で『キレイ』とか『可愛い』とか言ってあげるんだよ」
放っておくと無言でシッポを振るだけの息子に釘を刺す。
ウルフギャング・コロはセシリーを見つめながら、無言で頷くだけだった。
その視線に気が付いたのか、セシリーが囲んでいる人々に軽く頭を下げ、調理スーペースに近づいてくる。
そして、調理スペースに入り込み、調理台の前に立つウルフギャング・コロを背後から抱きしめると、腕を絡めるようにしながら手を握った。
「コロ。時間があるならこっちに来て!」
「……」
ウルフギャング・コロは露骨に嫌そうな顔をするが、その手を振り解こうとはしなかった。
「嫌そうな顔しない!
おば様、コロをお借りしますね」
「はい、いってらっしゃい」
ウルフギャング・コロは人昇精霊セシリーに腕を引っ張られながら絶望的な目をして無言で母親に助けを求めている。
ウルフギャング・コロの母親は、そんな2人に笑顔で手を振った。
2人は招待客の群れの中に飲み込まれていく。
そんな2人を優しく見守った。
2人の平穏で、すこしだけ冒険に満ちた日常を祈りつつ。
読んでいただきありがとうございます。
第1章はこれで終わりです。
第2章から旅の話を書いています。
少し書き溜めてから投稿しようと思います。




