第1章 霧が晴れたら見えるもの 8 天
読んでいただきありがとうございます。
竜を食べる話をした途端に、コロの表情が変わった。
嬉しそう。
シッポなんて全力でブンブン振られている。コロの後ろに立っている私に当たって痛いくらい。
ホント、コロは剣士なんかじゃなくて料理人だよね。
ただ、赤竜を倒し終わったら竜殺しの称号を得ることになるんだけど、そんな料理人なんて聞いたことないよね。
人昇精霊のパートナーだから騎士団だとかそういった国に関わる様なことはできなくなるわけだけど、それはコロにとって良かったことなのかもしれない。
そうじゃなかったら、各国の騎士でコロの取り合いになってるだろうし、自由なんてなくなってしまうだろう。
普通、剣士、魔法師関係なく、強力な力を持つ者は国に管理されることがほとんどだ。
たまに国に属していない、強力な力を持っている人もいるけど、そういう人は国と渡り合えるほどの規格外の実力を持っているか、政治的な力を持っているかのどちらかだろう。
もしくは、そういった規格外の人々の保護下にあるとかね。
例外として神殿に所属するということもあるけど、そういう人たちは神職になってしまうので、それはそれで国に管理される以上に自由は無くなる。
規格外の力も無く、誰の保護下にもない人は、あらゆる手段を使われてどのように逃げても結局は国に取り込まれることになる。
そして、一度取り込まれてしまうと抜け出せなくなる。
サイラスだって自由にしてるように見えるけど、一度は騎士団に所属しないといけない状況まで追い込まれてしまったし、その後なんとか逃げ出したみたいだけど、今でも実質はお母様の……公爵夫人の下に組み込まれている状態になっている。
実質は、国から逃げきれていない。
自由とは言い難い。
コロを鍛え終わった後がどうなるか分からないけど、普通に考えたらまた公爵家の騎士団に戻ってきて、教育係になるとかじゃないかな?
あれだけの実力を持った聖騎士を国がそのまま放置しておくとは思えない。
王家や貴族たちは、サイラスがコロを鍛えていた4年間は、サイラスに長い休みを与えたくらいにしか思ってないだろう。
ひょっとしたらサイラスなら上手くタイミングを計って放浪の旅にでも出て逃げ出すかもしれないけど……そうか、私たちの旅にくっ付いてくることもありえるよね?
サイラスならやりかねない。
旅慣れてない私たちにはちょっとありがたい部分もあるけど、でもあの暑苦しい人がくっ付いてくると鬱陶しいよね。そうならないことを願っておこう。
コロは真っ直ぐ赤竜を見ている。
シッポは相変わらず全力で振られているから、戦うこと以外のことを考えてそう。
でもまあ、超位の拘束の魔法で捕まえた時点で戦いは終わったようなもんだよね。高位の竜なら抜けたす可能性もあるけど、赤竜ではその可能性は全くないもんね。
移植した記憶……知識は問題ないみたい。
コロが自分の判断で発動した拘束の魔法もスムーズで、その制御もまったく問題ない。コロ自身も混乱した様子もない。
いきなり知識が増えるなんてことにすぐに適応できるなんて、意外とコロも大物だよね。
……それとも、私のことを信頼していてくれるんだろうか?私がやったことだから、間違いはないと思ていてくれるなら嬉しい。
いや、私のやることだから気にしてもしようがないと、諦められてるだけかもしれない。
ああ、コロの性格を考えたらそっちの可能性の方が高そう。
私、お母様の同類だと思われてそうだもんね。
この4年でサイラスあたりが例の『魔女』という印象を全力で吹き込んで、そういう思いが強化されてそうだし。
「さて、妖精を召喚しましょうか」
この大きさで防御力があるものを凍らして退治するなら、妖精の助けは必要だろう。純粋に私の魔力だけでもできないことはないけど、そちらの方が安定するはずだ。
急速発動する必要もないし、安定した発動ができる手段を選んだ方がいいよね。
コロは食べる気満々だから、下手に凍らせて斑がある状態にしてお肉が傷んだら恨まれそうだよね。コロの喜ぶ顔を見たくて食べる話を持ち出したのは私だけど。
「この闘技場に調理台とか持ちこめるかな……」
コロはもうすでに料理することに気持ちが飛んでるらしい。
調理台って、この場で料理する気なんだろうか?肉をその場で切りだして、その場で調理とか、確かにちょっと楽しそう。
お父様と相談して、コロの祝勝会はこの円形闘技場で竜肉を食べる会にするのもいいかもしれない。
「風と水の高位妖精を呼び出して」
「わかった」
私の指示でコロが召喚術を使う。
私でも呼び出せないことはないけど、詠唱の必要があるのでコロに呼び出してもらった方が早い。今の私は制限がかかっているので、使うことが可能でも高位となると長い詠唱がいるんだよね。
うーん。
この赤竜を倒したら、一気にコロのレベルも上がるだろうから、色々制限解除されると思うんだけどね。面倒くさい。
コロは握っていたナイフを腰に戻し、両手を上向きに広げる。
その両の掌の上に、小さな光の粒が舞う。
それはオレンジ色のウサギと、緑色の魚になった。
召喚の魔法を無詠唱で、しかも2つ同時発動とはねー。
いや、私の知識を使ってやってるんだからできるのは当たり前で、私が全力で保障することなんだけど、あれだけ私が苦労してできるようになったことを目の前でさらっと一発でやられちゃうと、ちょっと嫌な感情が湧きだしてきてしまう。
「痛てっ……」
私はコロの頭を軽く叩いた。
コロは私の方を見上げ、不思議そうな顔をする。
全力で振られていたシッポが止まる。
コロは今、地上で知られている全属性の魔法の全てを無詠唱で使うことができるはずだ。
それは全部私が4年間必死に学んで、全ての神々から教えを受けた知識によるもの。
ものすごい努力をしたんだから、軽い嫉妬くらい許して欲しい。
「……なんでもない」
「そうか」
コロは前を向くと、妖精たちを宙に舞わせる。オレンジ色のウサギは宙を跳ね、緑色の魚は空を泳いだ。
ぴょんぴょん跳ねるウサギと、すいすい泳ぐ魚が可愛い。
召喚される妖精の姿はランダムだったっけ?
比較的可愛い姿のものが多いけど、やっぱり見た目基準で選ばれてる姿なのかな?
それらは拘束の魔法を振り解こうと必死になっている赤竜の周りを回る。
ゆったりと光の帯を引きながら、赤竜を中心に真円を描き、ゆっくり、ゆっくり上へと上がって行き、そして、その光の帯はいつしか赤竜を中心とした半球の形を作っていく。
「凍結」
しっかりと、コロが呟いた。
妖精たちが作り出した半球が弾ける。
泡のように、静かに、一瞬に。
弾けた光は空気に解けるように消えて行った。
弾けた半球の中から出てきたのは、半球の氷に閉じ込められた赤竜だった。
それによって冷やされた空気が白い煙になって上がっている。
「……肉はトカゲと同じかな?……」
「は?」
「臭みがありそうだよな。そのまま焼くだけじゃだめだよな。香辛料聞かせれば大丈夫だろうけど、塩コショウだけだとやっぱり駄目だよな。生姜焼き?いや、珍しい素材だから薄切りじゃなくてしっかりと固まりで食いたいよな」
「コロ?」
「調味料に漬け込んで、唐揚げとか?揚げ物良いよな。カツにするか?」
ああ……完全に暴走してる。
もう完全に赤竜が食材にしか見えてないんだろう。
「あ、カツ」
コロが私を見上げた。
「カツサンド食べよう。セシリー」
それは初めて見たんじゃないかと思えるくらい、優しい笑みだった。
「うん!」
私はコロを後ろから抱きしめる。
「でも、その前に。ごめんねコロ」
私はコロの目の前に手を伸ばして、その先に乗っている青いカラスを見せる。
青いカラス。
それは時の妖精。
私が、『禁呪』の『起点』を管理させていたもの。
「分かってる」
コロの呟きは優しかった。
後ろから抱きしめているから、コロの表情は分からない。でも、優しい笑みのままなんだろう。
「時の妖精よ。お願い。起点に戻して」
その言葉と同時に、コロに移植された私の記憶は消える。
これからコロは辻褄の合わない記憶を抱えることになるだろう。
自分が魔法を使った記憶はあるのに、使った魔法が何なのか、どういったものなのか、まったく分からない歪な記憶を抱えることになる。
でも、それはコロの精神を守るためにも必要な措置だから仕方ない。短時間なら大丈夫でも、自分が学んだわけじゃない大量の知識はいずれはコロの精神を大きく歪めていくだろう。
そんなことを許すわけにいかない。
「大丈夫?コロ?」
歪な記憶はあっても精神には影響ないはず。でも、心配から尋ねてしまった。
「もちろん」
私の心配に、コロは振り向いて明るく返してくる。
そして、私を強く抱きしめた。
ヤバい、コロらしくない。このコロは偽物か?精神に妙な影響が出てる?
コロは優しい笑みのまま、私にキスをした。




