第1章 霧が晴れたら見えるもの 7 地
「わかった」
「それじゃ、お願い」
セシリーの言葉を切っ掛けに、オレたちの周囲の結界が解かれた。
それと同時に、真っ赤な霧が俺たちの周囲にも押し寄せてくる。
オレはその色の毒々しさに一瞬怯んだが、しかし失態を見せたくないので耐える。セシリーはそれを見た目通り毒霧と言っていたが、吸い込んでも息苦しさすらない。
これが人昇精霊の加護の力なのか。
ドラゴンの吐き出す毒すら跳ね除ける加護なんて、そうそうあるものじゃない。
真っ赤な濃い霧で視界は悪いが、それでも目的の物を見ることができる。
アイツは視覚強化だと言っていたけど、どちらかというと気配を感じる力が強化されているような気がする。視覚に頼らなくても相手が見ることができるような感じだ。
オレは目的のものを見る。
巨大な身体。あれでも小型のドラゴンらしいんだよな。
この世界で魔獣の頂点と言われている種。ドラゴン。
上位種ともなると人間よりも知能が高くなり、人間の言葉も話すようになると言われている。神々、亜神に次ぐ実力を持つものたち。
目の前にいる赤竜は下位の竜と言われているが、それだって人間が束になってもそう簡単には討伐できない存在だ。
オレはナイフを握り盾の魔法の刃を発動させる。
大きさは普通の長剣。
今までは一瞬発動するだけで魔力切れを起こしていたが、セシリーの言うとおり魔力切れを起こす気配すらなかった。
魔力の共有化?オレの中にアイツの魔力が流れ込んでいるのか。
オレは盾の魔法の刃を軽く振る。
この魔法をこんな風に使える日が来るとは思わなかった。
重さのない透明な刃を見つめ、オレは覚悟を決めた。
赤竜を倒そう。
オレは赤竜の元に向かう。
身体が軽い。
肉体強化の魔法で強化された身体と言うのはこんなに軽く感じるものなのか。素早さも確実に上がっている。
赤竜は頭の大きさがちょうどオレの身長くらいだろうか。
足の太さなんてオレが両腕で抱え込むことができないくらい太いし、胴体なんて壁にしか見えない。
しかし、不思議と恐怖はない。
セシリーとオレが魔力的に繋がっているということが自信になっているのかもしれない。
ゴウ。
赤竜が吠える。
赤竜は目につく範囲に獲物がいなかっただろうか、あまり暴れていた様子はなかった。しかし、オレを目にした途端、オレに向かって突進してくる。
今までのオレなら避ける事すらできない速さだ。
オレは巨大な牙の生えた口を身を縮めて避け、頭の下に潜り込むと盾の魔法の刃をその首に突き立てる。弱そうな、硬いウロコの少なそうな首の下側を狙ったが、わずかに切っ先が刺さっただけで、盾の魔法の刃が砕ける。
オレは慌てずに再び盾の魔法の刃を発動する。
盾の魔法の刃は魔法で作り出しているため、魔力があれば再び作り出すことは可能だ。
オレの力ではそれほどの硬さの物は作り出せないが、厚みは通常の剣とは比べ物にならないほど薄く作り出せるため、剃刀よりもさらに鋭い。
鋭さと再生力。
それを生かして戦うしかない。
踏み潰そうとする赤竜の足を避け、内腿の柔らかそうなところをまた狙って斬りつける。
今はとりあえず、足止めだ。
嫌がらせみたいに細かく、いやらしく攻めるしかない。
赤竜が羽根を広げる。
やばい。飛ばせるわけにはいかない。下手に飛ばせてしまって、接触してしまったら結界が崩壊するかもしれない。
いけるか?
オレは身体強化を信じて跳ぶ。
オレの身体は宙を舞った。
跳躍というにはあまりに高く、一瞬、自分自身でも驚いたほどだ。
今の俺はこんなに高く跳べるのか。
赤竜を軽く飛び越えた身体をなんとか制御して、赤竜の羽根に向かって盾の魔法の刃を突き立てる。
以前に師匠と妖精竜を狩った時に、ドラゴンの羽根は動物のそれと違って風を受けて飛ぶための物ではなく、風の魔法を使うための魔道具のようなものだと教えてもらったことがある。
その通りなら飛ばせないために羽根を傷つけることに意味はないのかもしれない。
でも、可能性があるならやっておいて損はない。
オレの攻撃は赤竜の飛膜に少し切り目が付いた程度だが、それが気に食わなかったのか、赤竜は羽根の脇に転がり落ちたオレに向かって尻尾を鞭のようにしならせる。
転がるようにしてなんとか避けられたが、シッポの先が何かを壊したらしく、瓦礫のようなものがオレを襲った。
「ちっ」
致命傷はないし、骨は折れてない。しかし、皮膚や肉はかなり裂けている。
やばいな。動きが鈍る。
そう思った瞬間に、それらの傷から小さな光が浮かび上がり傷口が全てふさがる。
治癒?
ケガをすると自動的に発動する治癒の魔法か。便利すぎるだろ、人昇精霊の加護。
オレは仕切り直すために赤竜から距離を取った。
「コロ聞こえる?」
いきなり、セシリーの声が聞こえた。耳元で囁かれたように感じた。
オレは周囲を見渡したが、アイツは少し離れた位置に立っていた。
「な……なんだ?」
ひょっとして遠話か?
「これから少し違和感があると思うけど、コロは気にせずドラゴンとの戦いに集中してて」
やっぱり耳元で囁かれているように聞こえる。遠話だな。
初体験だが、そういうものだというのは知っている。
ちょっと動揺したが、理解できれば便利でありがたい。
「わかった」
アイツの言っていた『裏ワザ』というのをやるんだろう。
今の状態が打開できるなら違和感ぐらい問題ない。
大きく息を吸い込もうとしていた赤竜の鼻先を蹴っ飛ばす。
吐息を吐こうとしてるよな?
オレたちの周囲に広がっている毒霧は赤竜の吐息らしい。
それなら今のオレには効かないが、しかし別の吐息を吐き出さないとは限らない。
油断してたらドラゴンのイメージ通りの炎の吐息が吐き出されて丸焼けになったなんてことになったら笑えない。
グアアアアアアアア。
どこまで効くか分からないので全力で蹴り飛ばしたが、オレの予想以上に効果があったらしく赤竜が叫びをあげた。
鼻先が弱点なんだろうか?人間の蹴りが効くなんて予想外過ぎる。それともこれも肉体強化の効果なのか?
師匠の蹴りなら……効くかもしれないけどな。あの人、魔法師に魔法付与されたとはいえ、妖精竜を素手で捕獲してたからな。
前足で鼻先をおさえて痛みに耐える竜という珍しいものを見ながら、次はどこを攻めるべきか考える。
羽根を完全に封じられたらいいのだが、今のオレではどうしようもない。
飛ばさない、吐息を吐かせない、オレに引きつける、それらに対して効果的な場所を狙うしかない。
決定的な痛みじゃなくて地味な痛みのところを狙うべきだろう。
オレはまだ鼻先の痛みを耐えている赤竜の、後ろ足の指を狙ってみる。
足の小指は小さな痛みでも地味に痛いからな。
グアアアアアアアア。
竜はのた打ち回り、大きな叫びをあげた。
竜も足の小指は効くのか……。意外な発見だった。やってみるもんだな。
小指をおさえて痛みに耐える竜も珍しいな。
竜がのた打ち回るのに巻き込まれないようにオレは距離を取る。
その時、妙な違和感を感じた。
頭の中に水が流れ込むような、冷たい感覚。
それは後頭部から流れ込み、頭上を通り、目の奥まで入り込んでくる。
これがアイツが言ってた、『違和感』か。
少し、気持ち悪いな。
「うわっ!」
少し気持ち悪いくらいで済むと思った途端に、急激な痛みがやってきた。
オレは思わず叫びを上げる。
頭を締め付けられるような……いや、違うな、頭の中身が膨張して頭の骨が内側から押さえつけられるような痛み。
耐えるために、目を瞑り、奥歯を噛みしめる。
距離を取っているときで良かった。
竜と対峙しているときだったら、この隙に殺されていただろう。
一瞬でそれは収まる。
頭を抱える間もないくらいの、本当に一瞬だった。
「コロ、浄化の魔法を超位で」
「わかった」
セシリーからの遠話を受け、オレは超位の浄化の魔法を無詠唱で使った。
周囲の赤い霧が一瞬で晴れる。
セシリーの指示に従ったけど、この程度の毒霧で超位を使うのは過剰じゃないか?
澄んだ空気になり、赤竜の姿がやっとハッキリと見ることができた。
赤竜は少し痛みから持ち直したのか、のた打ち回っていた身体を起こしているところだった。
ゆっくりと、恨みがましい目でオレを睨みつける。
「拘束」
オレが唱えると、赤竜の足元から黄色く輝く光のイバラのツルが這い出し、赤竜を拘束していく。オレは羽根も、口元もしっかり拘束して飛ぶことも吐息も使えないように誘導する。
これで赤竜はなにもできない。
「記憶は問題ないみたいね」
オレの肩に何かが触れたと思ったら、セシリーだった。オレの背後から、オレの両肩に手を置いて身を乗り出すようにして赤竜を見ている。……頭に胸が当たってるんだよな……。
「むちゃくちゃな『裏ワザ』だな」
オレは先ほどの頭の痛みとともに、セシリーの使った『裏ワザ』が何なのか理解していた。
記憶の移植。
今、オレの頭にはセシリーの記憶の一部が移植されていた。
オレの魔法の適性は盾の魔法だけ。
セシリーはオレのレベルに合わせて魔法の能力を制限されている。
その状態では、街に被害を出さずに赤竜を倒すことはできない。
なら、どうするか?
セシリーの選んだ答えがこれだった。
セシリー自身が自分の中にある魔法の能力を使えないなら、他の者に使ってもらえばいい。
そう考え、『禁呪』を使ってオレの記憶にセシリーの記憶の一部を付加した。
無茶苦茶だな。
『禁呪』というのが地上には知られていない神の1柱の魔法だということまでは、今の俺には理解できる。
しかし、その神がどんな神なのかまでは分からない。その部分の記憶は移植されていない。
だが、そんなことは今問題ではない。
街を守る力があれば、オレはそれでいい。
もちろん、こんな無茶苦茶ができるのはオレが人昇精霊のパートナーだからだ。
セシリーはタグの能力を使って、この無茶が可能になるオレとセシリーを繋げる堅固な回路を作り出していた。
「どうする?」
「焼いたり切り刻んだり潰したり粉砕したら毒が飛び散りそうじゃない?あれだけの毒霧を吐けるんだから、きっと大きな毒袋をもってるわよ?
平原なんかだといいけど、ここは街中だからダメよね」
拘束で全く動けなくなっている赤竜は必死にもがいている。高位の竜でも簡単に切れないものがどうにかなるわけがない。
「それに、コロは料理をしてみたくない?毒さえちゃんと処理すれば美味しいらしいわよ?国王でも食べたことない珍味よ?」
竜の肉か。それは、興味あるな。
どうやって食べるのが美味いんだろう?一度焼いてみて、固さと味を確かめて、焼くか煮るか考えないといけないな。毒抜きは浄化の魔法で何とかなるだろうか?食肉に浄化って効くんだっけ?
「凍らすか」
「そうねー」
もう、オレの頭はどう倒すかよりもどう料理するかで一杯になっていた。
読んでいただきありがとうございます。




