第1章 霧が晴れたら見えるもの 6 天
私はコロの唇を奪った。
照れ臭くて、コロの身体を抱きしめて勢いをつけてからじゃないとできなかった。
でも、これは人昇精霊の契約に必要な儀式。
経口でナノゴーレムを送り込み、コロの身体をパートナーに相応しい状態に作り変えていく。
人昇精霊とパートナーは魔力をお互いに循環することで共有することも可能だから、それに耐えられる身体に。
そして、様々な強化系の魔法へに耐えられる身体への変更。
それらは本来、緩やかに時間をかけてやっていくものだけど、ナノゴーレムたちは瞬時にそれを終わらせる。
それが終わると、状態異常耐性の変更を加える。
毒や石化、麻痺や混乱などの耐性。
コロが苦しんでいた魔力切れの耐性もこれに含まれていて、今後コロは魔力が切れても魔法が使えなくなるだけで普通に行動できて、亀みたいに丸まる必要が無くなる。
私が近くに居れば魔力共有で魔力切れはほぼありえない状態になるけど、単独行動してる時には必要な能力だよね。
状態異常耐性はコロ自身が持っている力によるから、すぐに万能とはいかないけど鍛えて行けばいずれは完全体制に近い状態にはなる。
後は取り込んだナノゴーレム自身の能力で、自然治癒力向上の効果も付加されて、普段の傷の治りも早くなって、治癒の魔法も効きやすくなる。
ナノゴーレムの仕事ぶりを確認してから、私は唇を離す。
コロは……もう頭から湯気が上がりそうなくらい真っ赤になっていた。
私が唇を離した途端、力が抜けたのか腰砕けになってペタリと座り込む。口元がだらしなく緩んでる幸せの絶頂みたいな顔をしてるのが、なんか可愛い。
急に私がずっと見ているのに気が付いたのか、慌てて私から目を逸らして足元の土に指で何か妙な絵を書きはじめた。
なんか、乙女を襲って無理やり唇を奪った気分だよね。
完全に性別が逆だけどね。
私も恥ずかしさは残ってるけど、目の前で壮大に照れて赤くなりまくっているコロを見ていると、妙に冷静になってしまっていた。
「コロ。これで私との契約は終わったわ」
私がそう言うと、コロは急に畏まったように正座を始めて。
「末永くよろしくお願いします」
と、頭を下げてきた。
いやいや、頭を下げられても私も困ってしまう。コロはまだ混乱してるみたい。
「じゃあ、急いで赤竜退治をしないとね。パートナーができたことで私の結界の魔法の力も超位からかなり落ちて、高位結界くらいになってるからすぐに破られると思うわ。
その前に闘技場の結界内の毒霧を浄化して赤竜を退治しないといけない」
「……竜退治?できるのか?」
「残念ながら、今のままじゃ無理よ。赤竜は下位の竜だけど、まだパートナーになったばかりの私たちより強いわ。正攻法でいったら抑えるのがやっとね」
私の言葉に、コロは先ほどまでの呆けた顔の人間と同一人物とは思えないくらい、真面目な顔をしてみせた。
いつもの不機嫌な顔だ。
やっぱりコロは不機嫌な顔をしてる方がコロらしい。幸せの絶頂みたいな緩んだ顔も可愛いけどね。
「じゃあ、どうする?」
「手はあるの。かなりの裏ワザだけどね。
ただ、術式を完成させるまでに時間がかかるから、コロはそれまで赤竜の足止めをしておいて欲しいの。一番大事なのは円形闘技場を包んでいる結界に接触させないことね。今の私の力じゃ、あんなに大きく広げた結界は維持するだけで難しいわ。強い攻撃をされたらすぐに崩壊するわ」
パートナーの契約を済ませた今、私の力はコロの力とバランスがとれるように制限されている。
今までのように超位の結界の魔法は維持できない。
「わかった」
「結界の中は毒霧が満ちているけど、今のコロには人昇精霊の加護があるから問題ないわ。魔力も私と共有化してるから、魔力切れも気にせず魔法を使いまくってね。
ケガをしてもすぐに治癒の魔法が発動するようにしておくけど、ただ、契約前みたいに強力な治癒の魔法は発動できないから大ケガには注意してね」
注意を伝えながら、私はコロに身体強化の魔法をかける。これで力と速さがかなり強化されたはずだ。
「身体強化の魔法をかけたらから今までとちょっと身体の感覚が変わってきてると思うけど、注意してね。
あとは……視界が悪いけど視力も強化されてるからある程度は見えると思うわ」
「わかった」
「それじゃ、お願い」
そう言ってすぐに、私は私とコロの周囲に張られていた小さな結界を解除した。
それと同時に、私たちの周りに真っ赤な毒の霧が流れ込んでくる。
さて、正念場ね。
コロは結界が解かれると同時にナイフを握り、盾の魔法の刃を出す。
少し何かを確認するようにそれを振ってから、赤竜の方向に飛び出していった。
私は奥の手の準備をする。
このままでは私たちに勝ちはない。
負けもしないだろうけど、倒す力が無い。
それに、この街や住んでる人たちに被害が出た時点で、それは私たちが負けたのと同じだよね。
目指すのは被害なしの完全勝利。それ以外ない。
「まずは……」
私はコロのタグを通してコロの記録や能力値画面を開く。
基本的に人間の記録や能力値はタグを手渡し許可することでしか他人は閲覧できない。
しかし、パートナーとなった私は違う。
いつでもどこでもコロの記録や能力値を見る権限がある。
コロの記録や能力値をざっと見るけど、コロって本当に頑張ってたんだな。
常人の域は超えてしまっている。成人したばかりでこれはすごい。
しかし、今目的なのはコロの記録や能力値を見ることじゃない。
必要なのは記録や能力値を閲覧するための魔力経路。
これはタグによって魂に繋がっている魔力経路だから、何より堅固な繋がりだ。
それが今、私にも繋がっている。
「コロ。聞こえる?」
私はコロに遠話を飛ばす。
一応、コロが赤竜と間合いを取った瞬間を狙ってやったけど、突然の遠話にコロは少し動揺したみたいだった。
「な……なんだ?」
強張ったような声が聞こえる。遠話であることは理解できたみたい。戦いの手が止まった感じはない。
「これから少し違和感があると思うけど、コロは気にせず竜との戦いに集中してて」
「わかった」
さて。
「時の妖精よ」
私は時の妖精を呼び出す。掌の上に小さな光が舞い、それはすぐに小さな動物の姿を取る。青い羽根のカラスだ。
「これから『禁呪』を使うから、『今』を『起点』として管理して欲しいの」
青いカラスは小さく頷いた。
「時と空間の神よ。我が時を我がパートナー、ウルフギャング・コロの時とせよ」
詠唱省略で術式を組んでいく。
術式は省略詠唱で十分な程度なんだけど、転写する範囲の指定が面倒だよね。ただ、大まかにやり過ぎるとコロの方の負担が大きくなり過ぎるんだよね。
時の妖精が手伝ってくれてるから、コロがいきなり廃人になる危険はないんだけどね。
私は範囲指定と転写を繰り返す。
こんなものかな?
「術式実行」
「うわっ!」
私が魔法を発動すると同時に、コロの叫びが遠話で届く。
初めてやったけど、やっぱり相当な違和感があるのかな。痛みとかもあるのかもしれない。
「コロ、浄化の魔法を超位で」
「わかった」
コロの返答と同時に、私の魔力が使われる感覚がして、周囲の赤い毒霧が一瞬で晴れる。
よし、ちゃんと術式は発動できる。
不安はあったけど、これで大丈夫だろう。
私は目の前で赤竜と戦っているコロの元に向かった。
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