第1章 霧が晴れたら見えるもの 4 天
私がそれに気が付いたのは、自称・赤竜騎士がコロから逃げ始めた時だった。
魔力に違和感があった。
最初はだたの魔道具の不調だと思ってたけど、そうでないことに気が付くのにそれほど時間は必要なかった。
抑えている物が湧き上がってくるような、人間の魔力由来とは思えないような妙な魔力。
魔力が流れるのではなく、溢れ出てきている。
「お父様。あの魔道具はおかしいです」
私のその言葉に、戦いを観戦するのに集中していたお父様は私の方を向く。
異常事態だとすぐに理解してくれたんだろう。
その表情は真剣そのものだった。
「おかしい?
どのようにおかしいのだ?」
「まだ明確には言えませんが、あれは使用者の魔力を使う魔道具とは違う感じがします。魔石由来か妖精の魔力を使う魔道具の可能性が高いです」
それはこの大会では規約違反だ。
もしそうなら、自称・赤竜騎士は失格になってしまう。
「なぜ今まで気が付かなかった?神殿も確認していたはずだろう?」
「たぶん、偽装されていますね。偽装された魔道具と言うのは……普通ではないです。嫌な感じがします」
そんな偽装をする必要性がある魔道具と言うのは、ほとんどの場合まともなものじゃない。
それに神代の魔道具と言うことが、さらに私の不安を掻きたてる。
神代の魔道具と言うことは、神々が戦っていた時代のものだ。
その時代に作られた物は私たちが知る神々の規格で作られた物だけじゃない。
神々と敵対していた、今はいない神々が作り出したものもある。
それらの知識は一応、私にもあるけど、全て知っているわけじゃない。
私の知らないもの、知らない技術で作られたものも多数あるはずだ。
私は領域検索を起動する。
妙な魔力の件がビアンカ……イタチの魔獣の子の意思伝達の魔法を使った悲鳴だと分かってから、もう必要が無いと思って切ったままだった。
領域検索を見る限り、やっぱりあの赤い柄の短剣から……いえ、アマデウスが腰に下げている短剣の鞘の方から異質な魔力が出ていた。
あれは、召喚の魔法?
まだ完成はしていない。予備術式が起動している程度。
あの術式は通常と違う気がする。やっぱり、神々と敵対していた神々のもの?
コロがナタを振るい、アマデウスの短剣を弾き飛ばした。
丁度、アマデウスが短剣を半ばまで鞘に納めようとしていたところだったため、その反動でアマデウスの腰から鞘まで千切れ跳んだ。
古いものだから固定のベルトが劣化していた?
あれは、いけない。
「お父様!試合の中止を!早く!」
「は?なんだ?……いや、分かった」
私の表情を見て、お父様はただ事ではないことを悟る。
千切れ跳んだ鞘は宙を舞い、コロのところに飛んでいく。
コロは……。
「ダメ……」
コロがしようとしたことに、私は小さく言葉を漏らすことしかできなかった。
コロがナタを振るう。
そして、アマデウスの短剣の鞘はコロのナタに切り裂かれ、二つに切り裂かれた。
それはコロの後ろへと転がった。
「ちゅうし」
「いえ、お父様」
私は中止の声をかけようとしていたお父様を止める。もう、遅い。
「中止ではなく、コロの勝利を告げてください」
「う……いや、しかし……」
もう、中止では遅すぎる。
「セシリーちゃん、どうしたの!?」
お母様もただならぬ状況を感じたらしい。
鞘は切り裂かれても発動を止めていない。そして、もう止める手段は無さそうだった。
召喚の魔法は完成している。
鞘からは赤い煙のようなものが漏れていた。
「あれは明らかに不正行為です。コロの勝利です。
そして、事態を収拾するには今、コロの勝利の宣言が必要です」
もう、今のままでは誰にも止めることはできない。
円形闘技場内ではアマデウスが叫んでいる。
あの様子だと、アマデウスはすべてを知っていながらあの短剣の魔道具を使っていたんだろう。
私には召喚の魔法で呼び出されるものが嫌なくらい予測が付く。
赤竜騎士なんて名乗っていたバカがいるんだもの。
赤い煙は徐々に大きく広がっていく。
一通り叫ぶとアマデウスは逃げ出した。
それは見事な逃走だった。
あの赤い煙が生み出すものに恐怖したのか、大きな悲鳴を上げていた。
バカ過ぎるわ。予測できた結果でしょう?
アマデウスの逃走を見てお父様も覚悟できたのだろう。
というか、逃走した以上、コロの勝利は確定したから当然だよね。
「勝者!ウルフギャング・コロ!」
お父様は大声で叫んだ。
「お父様、観客の避難をお願いします。
お母様。戦いたくなるかもしれませんが、今は避難を」
お母様は止めておかないと良からぬことをしそうだ。
コロは呆然とアマデウスが逃走した方向を見つめていた。
自分の背後で起こっていることに気が付いていない。
「皆の者、逃げろ!退避だ!」
お父様の声が響くとほぼ同時に、それは姿を現した。
広がった赤い煙が集まって行く。
それは集まり、一度赤い玉になると、卵が割れるように弾け飛ぶ。
まず、禍々しい赤い翼が現れた。
それはコウモリのような、薄い皮膜が張った翼。
そして巨大な四肢が大地に爪を立てる。
長い、トゲの生えた尾がのたうち。
そして、ゆっくりともたげる、長い首を持った頭。
赤竜。
そう呼ばれている物だ。
その姿が現れた途端に、観客席が悲鳴で満ちる。
私は円形闘技場の結界を強化する。
コロはまだ気が付いていないらしい。
逃げ惑う観客席をキョロキョロと見つめながら、まだ呆然としていた。
背後に赤竜が現れたため、ただ独りその出現が目に入っていない。まったく状況が理解できていないらしい。
その道に迷った小動物の様な姿を見て、私は一気に冷静になるのを感じた。
まったく、一番危険な位置にいて気付いてないとかありえないよね。
今更逃げろと言っても逃げ切れるものでもないので、コロの周囲にも小さな結界を張る。
今の私が張る結界は、ドラゴンくらいじゃびくともしない堅固なもの。
これで、一応は安心だ。
「あれって……ドラゴン!?」
「ドラゴンだと?」
お母様とお父様が同時に声を上げる。
「そうです。赤竜ですね。落ち着いてください。闘技場とコロの周囲には最強の結界を張り直しました。ゆっくり避難していただいても大丈夫ですよ」
「どうしてドラゴンが?」
その疑問は最もだよね。
「あの短剣です。
あれは神代の魔道具で間違いないのですが、神々が作ったものではなくて、敵対していた神々のものですね。
神々の戦いの時代には『自爆兵器』とか『ビックリ箱』とか呼ばれていたそうですよ。
敵に武器を奪われた時の対策として、敵の手の中で爆発したり、敵陣で自動的に強力な魔獣を呼び出して敵を丸ごと殲滅するなどの機能が付与された、陰湿な武器です」
正確には短剣ではなくて、鞘もセットで、ドラゴンを呼び出す機能は鞘の方に仕込まれてたんだろう。
使用時の個人承認や位置情報などで管理していたらしいけど、アマデウスの試合の時の様子からしてその設定は経年劣化でかなり壊れてたんじゃないかと思う。
そうじゃないと戦いの最中に赤竜が登場する設定になってたってことだもんね。
そしてコロが鞘を壊したことで、リセット不可能な状態になったんだろうね。
魔道具の魔力や機能が偽装されてていたこともそれで十分説明できる。
偽装していなければ調べられて敵陣に持ち返られることすらないもんね。神々すら騙す偽装をされていたはずだ。神殿で調べられても気付けるはずがない。
「それで、あれはいつ……」
消えるのか?かな?
私はお父様の質問を予測する。
「消えませんよ。普通の召喚の魔法とは違います。召喚主や魔道具の魔力が切れても帰還しません。帰還のトリガーは『目的を果たすこと』でしょね。
つまり、周囲の敵の殲滅です。
今の場合は……この街ですかね?」
「そんな、まさか……」
お父様の顔は、すでに真っ青だ。逆に興奮して紅潮したような顔の人が横にいる。
「じゃあ、討伐隊を編成して、わた」
「お母様はおとなくしていてください!」
お母様が言いかけたことを途中で奪い、私は言う。
絶対そう言うと思ってた。
討伐隊って、犠牲がどれくらい出ると思ってるんだろ?
むしろお母様が1人で倒しに行った方が被害が少なそうじゃない?
10代で竜殺しの称号を得たらしいしね。
「おい!あれはなんだ!どうしてあらわれた!お前の結界が邪魔で助けに入れない!」
またややこしい人が。
貴賓席に飛び込んでくる大きな人影があった。サイラスだ。
コロを助けに行こうとして、私が張った結界に阻まれたのだろう。かなり焦っていた。
「観客もコロも大丈夫ですから。説明は後で」
私はできるだけ冷静に、サイラスに言葉をかけた。
下手に刺激したらサイラスも討伐隊を編成するとか言い出しかねない。実際、1人でコロを助けに行こうとしたみたいだしね。
今、円形闘技場に張っている結界の中にいる人間はコロ1人。
審判なども無事に逃げていた。
コロだけがドラゴン……赤竜の登場に気付けずに逃げ遅れた形になっていた。
コロの状態は私がずっと監視してるけど、問題はなさそう。というか、赤竜の威圧で気を失ってるみたい。下手に混乱して自傷などされないだけ安心だよね。
「事態は私が……私たちが収めます。しばしお待ちを」
私はゆっくりと、微笑んだ。
その微笑に、お父様とサイラスは息を飲み、お母様は満足げな微笑んで返してきた。
さて、コロには人昇精霊のパートナーと同時に竜殺しになってもらおう。
そのとき、結界内が真っ赤に染まった。
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