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第1章 柔らかさの意味 7 地

 準決勝の試合の後、オレは拉致されていた。


 「あら、こちらの方がいいんじゃない?」


 「やだ、その色はダサいわよ。コロちゃんにはこっちよ?」


 「貴方たち、コロ様とお呼びしなさい」


 「丈は短めの方がいいんじゃない?」


 コロ様じゃなくてウルフギャングと呼んでほしい。

 とにかくうるさい。


 4人の神殿の女性職員に囲まれていた。


 明日の決勝前にもう一度お披露目のようなものがあるらしい。

 明日は午前中がそのお披露目で、午後から決勝の試合が行われるそうだ。


 ただ、当たり前だが上位16人の時と違い決勝を戦うのは2人だけのため、少しでも見た目を派手にするために衣装を準備するから選んでくれと言われて連れてこられたのだ。


 衣装と言っても全てを今から作るには時間が無く、さらには戦士としての姿が重要ということで、マントだけ作りいつもの試合の防具の上から着けるだけになるそうだ。


 マント一枚ならすぐに終わるだろうと軽く引き受けたのが間違いだった。


 終わらない。


 かれこれ2時間は経過している。

 しかも、オレが選んでない。

 オレの人格なんて最初の時点から無視されている。

 いいかげん、昼飯を食いたい。


 「やっぱり赤土蜥蜴(レッドリザード)の革の方がよくないかしら?」


 「だめよ、地味すぎるわ。実用じゃなくて祭典用なんだからやっぱりこっちの光沢織(ベルベット)の布にしましょうよ」


 「あー。時間があれば刺繍するのに。可愛い柄を刺繍するのに!」


 「ん、やっぱり丈は短めの方がいいわね。長い丈でダブッとしたのも可愛いけど戦いの前だから印象が悪いわよね」


 絶対、まだまだ終わらない。


 オレは経験上知っていた。

 この状況になったらオレが何を言おうと終わらないし、何か口をはさんだら倍になって返ってくるんだ。

 公爵夫人とセシリーと公爵家のメイドたちで経験は積んでる。

 着せ替え人形に徹するのが一番早く終わるんだ。


 「おー。なんか懐かしい風景だな」


 扉が開き、部屋にのっそりとした大きな影が入ってくる。師匠だ。

 相も変わらず無精ヒゲのだらしない格好だ。


 その姿を見た途端、オレの周りの連中の空気が変わる。


 「聖騎士サイラス様。なにかご用でしょうか?」


 「ん。オレの弟子の顔を見に来ただけだ。気にするな」


 先ほどまでオレの周りで騒いでいた神殿の女性職員が一斉に頭を下げる。

 師匠の知り合いと言うことは水の神の神殿の職員だったんだろうか?どの神の神殿の人間かなんて見分けがつかないんだよな。


 聖騎士は神託職だから今がどんな職業でもどんな人格でもどんな見た目でも関係ない。

 神殿の人間からすればそれだけで尊敬の対象になるらしい。

 ただ、神殿の女性職員たちは尊敬しているというよりは怯えているように見える。

 師匠は悪名も多いからな。


 師匠は部屋の片隅に有った折り畳みの椅子を勝手に持ち出すと、それに腰掛ける。折りたたみ椅子がギシリと音を立てた。

 師匠が来て、一気に静かになった。ありがたい。


 「決勝まで来たな」


 師匠が歯をむき出してニヤリと笑う。


 「あと一歩です」


 「お前のおかげで賭けでだいぶ稼がせてもらったぞ。あとはお前が優勝してくれたら豪邸が買えるくらい儲かるからな。頑張れよ。今まで投資した分、がっつり稼がせてくれよ。優勝したら豪華な飯をおごってやるぞ。それともお前が一度料理したがってた、高級食材の方がいいか?」


 「海の魚が食いたいです」


 「海か。取り寄せできる商人を公爵様に教えてもらっとかないとダメだな」


 師匠なりの激励なんだろう。

 食べ物の話題になるのがオレたちらしいな。


 キュウ。


 ブランカが部屋の隅の机の下から顔を出す。

 オレのマントを選んでいる神殿の女性職員たちを警戒して、ずっとオレから遠い位置の机の下に潜り込んでたんだよな。

 少し周囲を見渡してから、師匠の足元に近づいた。


 「ん?」


 師匠がブランカを睨む。


 「あ、オレの従魔です。ブランカと言います」


 オレは慌てて言った。一応ブランカも魔獣だからな。師匠に討伐対象にされたらたまらない。


 「環境調整用魔獣(エアコン)か。珍しいのになつかれたな。コイツは旅する時に便利だって、知り合いの魔法師が言ってたな」


 ブランカは師匠の足によじ登り、そのまま頭の上まで駆け上がる。師匠の頭の上に乗ると、オレを見て一鳴きする。やけに自慢げだ。

 師匠は頭の上のブランカを撫でる。こちらもなぜかやけに満足げだ。


 「師匠。オレ、勝てますかね?」


 「さあな。ただ、16人になった時点でのオレの見立てでは、お前が今日戦ったトカゲの姉ちゃんが一番お前と相性が悪かったんだぞ。アレに勝てたんだから、何とかなるんじゃねーか?

 トカゲの姉ちゃんは自滅だったな。あそこで焦って毒なんか使わずに、槍の腕だけでお前を攻めてたらお前の負けだったのにな。まあ、今日のお前の勝ち自体、怪しいところがかなりあったけどな。

 おまえ自分で盾の魔法(シールド)を発動させといて驚いてたろ?」


 発動させといて、と言われても、発動しようとすらする気が無かったんだよな。


 「盾の魔法(シールド)が勝手に出たんです」


 オレは正直に言う。ごまかしても意味がない。


 「勝手に?……ああ、そりゃ……えーと、()()()()()()だな」


 「あいつ?」


 オレが疑問を口にすると、師匠はオレの周りでまだマントを選んでいる神殿の職員たちに目をやる。

 なるほど、今は言えない相手と言うことか。

 ……セシリーだな。いったい、いつ?


 「まあ、この大会の規約に外れたことじゃないから安心しろ。ちょっと通常と違う魔法式で制御されてるだけだ。オレも教えてもらったが、使いこなして魔法式を組むにはまだまだ勉強が必要だな。魔法の常識がちょっと変わっちまう可能性すらあるからな、魔法式の偽装の方法まで教えてもらったぞ。あ、これは秘密な。

 おまえらも良いな?」


 「はい。聖騎士様の仰せの通りに」


 神殿の職員たちが師匠の言葉に答えて頭を下げる。

 水の神の神殿にとって水の神の聖騎士というのはどういう立場なんだろう?そう言えば、聖騎士としての態度を示している師匠なんて初めて見るな。

 神殿の人間に丁寧に扱われているのを見ると、ただの筋肉ゴーレムが威厳のある人間に見えてくるから不思議だ。


 「たぶん、あんな高速で発動できるのは盾の魔法(シールド)だけだろ。盾の魔法(シールド)は防衛本能に直結してる魔法だからな。おまえも知ってるだろ、元々全魔法の中で一番発動が早い。

 勝手に発動したのもお前が意識してなくても防衛本能で身を守る手段を考え動いた結果だろ。頭で考えてなくても、頭を攻撃されたら手で頭をかばうようなもんだろ。毒で狙われたのが頭だったから発動しただけで、あれが腕とかだったら発動してないかもしれないぞ」


 師匠は口元の無精ヒゲを撫でながら言う。師匠も考えながら話しているらしい。あくまで予測でしかないのだろう。

 セシリーがやったことならオレたちの予測なんて軽く超えることかもしれないもんな。


 ブランカはとうとう師匠の頭の上で丸まって寝てしまった。あいつ、毛のあるところが好きだよな。


 夜寝る時もオレのベッドに潜り込んで、オレのシッポを抱きしめて絡まるように寝てるもんな。いつか潰すんじゃないかと心配してる。

 ブランカは師匠が頭を動かしても落ちる気配はない。髪の毛を足で掴んでるんだろうか?

 オレの頭は安定が悪いのか乗らないけど、師匠ほどの面積があったら乗りやすいんだろう。


 「コロ様、終わりました」


 神殿の女性職員たちが軽く頭を下げ、オレの元から離れた。

 師匠が来るまでそんな態度じゃなかったよな?今更、なんでオレに対してまでそんなに畏まってるんだよ?とりあえず、コロ様じゃなくウルフギャングと呼んでくれ。


 そういや結局、オレにはまったく選ばせてもらえなかったな。


 「では、失礼します。出来上がったマントは明日の開始前にはお届けして、着付けをさせていただきます」


 もう一度頭を下げ、女性職員たちは部屋から出て行った。

 

 そのやたら畏まった態度に不審な目を向けていると、師匠が苦笑する。


 「オレが来て態度が変わったのが気になるか?」


 ククっと小さく笑う。


 「あいつらがオレが部屋に入るまで大騒ぎしてたのが外の廊下まで響いてたんだよ。まあ、他の聖騎士相手ならあいつらももっと気安いんだけどな。オレは、ちょっと神殿でやらかしてな」


 師匠は照れたようにガシガシと頭を掻いた。

 そのせいでブランカが飛び起きたが、掻く手が止まるとまた寝る体制に戻る。


 「……早く終わったので助かりました」


 いったい何をやらかしたんだろう?師匠が『やらかした』なんてわざわざ言うくらいだから、到底普通のやらかした程度の話じゃないだろう。

 まあ、気にしたら負けな気がする。師匠の非常識は今更だからな。


 「師匠、メシに行きませんか?オレ、昼飯まだなんです」


 オレは師匠のことを考えるよりも、昼飯の美味い店を考えることを優先させた。

読んでいただきありがとうございます。

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