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第1章 柔らかさの意味 5 地

 そりゃ、ブランカはカワイイと思う。


 オレはキャベツをひたすら刻む。


 オレ愛用のブラシじゃなかったのかよ。


 オレはネギをひたすら刻む。


 いや、オレ愛用じゃなくてアイツ愛用だけどオレ用のブラシだよな?オレ専用とまでは言うつもりないけどな。優先権はオレだろ?


 オレは刻んだ野菜に塩をして水を出すと布巾でそれを絞る。


 だいたいブランカだけブラッシングしてあまり長時間は貴賓席を空けられないからとか行って帰るってのはなんだよ?

 ブランカも仰向けで腹を晒して気持ちよさそうに眠ってやがったしさ。


 ブラックリザードの挽肉に塩と胡椒をして粘りが出るまで練る。

 卵の黄身、大蒜少々、生姜のしぼり汁を入れて、水を絞ったキャベツとネギ、刻んでおいた蓮根を入れてさらに練る。

 ブラックリザードの肉は味が薄いからな。味噌も少し入れるか。


 いや、ブランカを可愛がるのはオレも文句はない。積極的に可愛がってやろうと思う。


 作った具を味を馴染ませるために寝かしておく間に、先に作っておいた生地を取り出す。テーブルに打ち粉をしてそこで生地を棒状に伸ばし、手頃なサイズに切り分けていく。


 アイツも言ってたがブランカにはもう親はいないだろう。親代わりのつもりでしっかり可愛がってやろうとは思ってる。オレが使役してるわけだから、オレが面倒を見るのも当然だしな。


 切り分けた生地を打ち粉をしながら麺棒を使って薄く、丸く伸ばしていく。ひたすら伸ばしていく。


 でもアイツの態度とそれは別問題だろ?オレ用のブラシならオレのシッポをブラッシングするのが正しい使い方だろ?


 丸く伸ばした生地で、寝かしておいた具を包む。ひたすら包む。


 うん、ブランカが可愛いのとオレをブラッシングしないで帰ったのは別の問題だ。ブランカが悪いわけじゃない、悪いのはアイツだ。


 ひたすら生地で具を包む。


 だいたいアイツはオレを虐めて楽しんでる節があるよな。公爵夫人が師匠を虐めているような感じでな。


 ひたすら具を包む。


 師匠は多少虐められてもこたえないから問題ないけどオレを同じように扱うなよな。師匠みたいに闇を抱えたくないぞ。


 ひたすら具を包む。


 「これは、えらくたくさん作ったねー」


 呆れたような母さんの声が聞こえ、オレは我に返った。

 皿に山盛りになったギョウザがテーブルいっぱいに並んでいた。


 あ…………作り過ぎたか?


 「で、これは?」


 「ブラックリザードのレンコン入りギョウザ。生姜を効かせてある。肉がアッサリしてるからちょっと味噌を入れた。水ギョウザでも焼いても美味いと思う」


 自分で食べるために作ってたつもりだったんだが、量がありすぎるから母さんは店で出すものを作ってると思ったらしい。


 「サイラスさんは来ないんだよね?」


 「予定はないな」


 師匠が来たら半分以上は食べてしまうだろう。オレが食べる分と賄い分は別にしても、30食分はありそうだな。店で出すにしても多いな。皮がダレるから作り置きしておくわけにもいかないし。


 「余ったら茹でておいて明日のスープにも入れるかね。

 で、何か嫌なことがあたのかい?」


 「え?」


 母さんの不意打ちの問いかけに、オレは息を飲む。


 「いや、そんなことないよ」


 言えないよな。……ブランカだけブラッシングしてオレはしてもらえなかったとか。


 「顔が赤いよ?まあ、嫌な事でもそれほど悪い事じゃないみたいだね。

 あんた今日は店に手伝いに入りな。あんたが店に入ると注文が増えるからね。

 これだけの量を捌こうと思ったら……ブランカにも手伝ってもらうかね」


 「ブランカに?」


 料理を作ったり運んだりできないだろ?


 「いてくれるだけでいいさ。ブランカは愛想がいいからね」


 「ああ」


 暗にオレが無愛想だと言ってるな。

 でもオレの代わりに撫でられてくれるならありがたい。


 「わかった」


 久々の店だな。


 数日前に店に出た時はオレに注目して仕事にならなかったけど、昨日の感じだとそれも落ち着いたらしい。オレが店にまったく出なくなったからオレのことを見に来ただけの人間は減ったそうだ。

 常連には母さんが話して普段通りにする協定みたいなものができたとも言っていた。

 もう大丈夫だろう。


 「ブランカ」


 テーブル横の椅子に丸まって寝ていたブランカを呼ぶ。


 オレが一言いうだけでブランカは起き出してオレの肩に登った。

 銀色の毛皮がフワフワしていて、首がくすぐったい。

 ブラッシングされただけあるよな。


 「お前もオレと一緒に店に出るんだぞ。いいな」


 キュウ。


 ブランカは小さく頷いた。

 意思伝達の魔法を持っているからか、ブランカはしっかりと人間の言葉を理解している。頭良いよな。


 「兄弟みたいだねぇ。ブランカは雄なのかい?雌なのかい?」


 母さんに聞かれて考える。そういや、魔獣に性別なんてあるんだろうか?


 魔獣は魔力溜まりから自然に生まれる。ただ、年を経ると他の動物ように交尾をして子供を産む。魔力溜まりから生まれた魔獣は成獣で生まれるが、交尾をして生まれた魔獣は他の動物と同じように成長する。

 だから、性別はあるはずだ。どうやって見分けるんだろう?

 

 「さて、それを店まで運んでくれるかい」


 もう店は開けている時間だ。

 母さんの声に促され、オレは店に出来上がっているギョウザを運んだ。

 オレの飯は空いた時間で食べるしかない。それは店に出ているときはいつものことだった。


 店に行くと、もう客が入っていた。


 「お!ブランカちゃん!」


 昨日もいた常連客が声をかけてきた。


 「女将さん!チーズだ!」


 「あいよ!」


 ブランカを餌付けする気満々かよ。


 ブランカはチーズが好きらしい。他には果物も好きみたいだな。

 本来はエサを必要としないはずなのに、ブランカは食い意地が張ってるような気がする。今日の朝食もしっかり果物を食べていたし、試合の控室でも置いてあった果物の皮を剥けと催促された。乾果はどうなんだろう?


 「お、ウルフギャングが店に入るのは久しぶりだな」


 「いらっしゃいませ」


 別の客から声がかかる。冒険者風の男だ。誰だっけ?


 「ギョウザか。今日の限定メニューかい?」


 オレの持っている皿を見て言う。


 「ブラックリザードのレンコン入りギョウザ。あっさりした味で、生姜を効かせてあります。シャキシャキとした食感があります。水ギョウザも焼きギョウザもできます。5個で銅貨3枚です」


 値段は今適当に決めた。ギョウザは普段店では出してないから、ちょっと高めの設定だ。

 まあ相場だろう。神々の料理は調味料を多く使うから店で出すと少し高めの設定になる。

 母さんの店はオレが狩りをしてくるから肉屋で仕入れてるような他の店よりかなり安いけどな。


 「お、じゃあ10個……。焼くのと茹でるの両方できるか?」


 「できます。5個ずつでいいですか?」


 「それで頼む」


 「こっちも同じで頼む!」


 他の客からも声がかかる。これならあの大量に作り過ぎたギョウザもなんとか無くなりそうだ。オレの分を確保しておかないとな。


 「揚げられるか?」


 注文を取っていると、店の奥から声がかかった。


 「はい?」


 オレがそちらを見ると、髭を生やした商人風の服を着た男がいた。

 商人風の服を着てはいるが、冒険者たちより体格がよく見える。少なくとも先ほど声をかけた冒険者風の男よりも強そうだ。


 右目の横に派手な魔獣の爪痕のような大きな傷があって印象的だ。


 どこかで見た顔だ。誰だっけ?


 「揚げることはできるかと、聞いている」


 睨むようにオレを見てくる。鋭い眼光は只者ではないだろう。旅の商人かな?旅の商人は魔獣や盗賊の相手をするために鍛えている者も多い。


 揚げギョウザか。珍しいものを頼む人だな。

 商人は珍しいものが好きだからな。


 「揚げるのはできますが、油を使うので5個で銅貨4枚にさせていただきます」


 「それで構わない。10個だ」


 「かしこまりました」


 商人風の服を着た男は、睨みつけるように見ていた目を外し、麦酒(ビール)を飲んだ。


 変な男だ。

 オレはとりあえず注文を捌くため、厨房に行く。

 途中でチーズが盛られた皿を持った母さんとすれ違うと、ブランカは母さんの肩に飛び移って行ってしまった。

 ブランカはチーズを分けてもらう気満々なのかよ。

 食い意地が張ってるな。誰に似たんだ?


 水ギョウザと焼きギョウザを作り手伝いに来ている孤児院の子に運んでもらってから、揚げギョウザを作る。

 揚げるだけの作業に銅貨1枚取るのはもらいすぎだな。ちょっとサービスするか。

 オレは家の厨房に残りのギョウザを取りに行くついでに、保存室の棚から自家製の調味料を小皿に盛って店に戻った。


 「揚げギョウザです」


 オレが揚げギョウザを持っていくと、商人風の服を着た男は黙々と麦酒(ビール)を飲んでいた。オレが皿を出すと、また鋭い眼光を向けてくる。


 「こちらの小皿は醤油です。塩が良ければ言ってください。お持ちします。この小皿の赤いソースはサルサソースと言います。トマトを使った辛いソースです。揚げ物に合いますのでぜひ使ってみてください」


 「ほう、珍しいものがあるのだな」


 そう言いながらもオレから目を離さない。なんなんだ?


 「良い店だな」


 「ありがとうございます」


 ふと、睨みつけていた目を男が反らした。


 「……お前と戦いたいと思っていたが、負けてしまった。残念だ」


 「はい?」


 「良い毛並だ……」


 オレのシッポを撫でた。


 油断していた所為で、オレは動けなかった。

 なんだこいつ?


 戦いたい?負けた?ああ、どこかで見たことがあると思ったら、公爵邸での祝宴や上位16人の紹介で一緒だった剣士の1人だ。名前までは思い出せないけどな。

 つか、シッポさわんな。


 「そんな怖い顔をするな。ここで仕掛けるつもりはない。お前とはいずれ戦う機会がある気がする」


 渋く語っているが、手はオレのシッポを弄っている。


 「今日は挨拶に来ただけだ。あれだけの戦いをする剣士なのに料理人と言うのも気になったのでな。

 この店は珍しくて美味い飯が食えると旅商人たちにも評判になっていたぞ。

 さて、美味そうな飯をいただくとしよう」


 そう言いながらも、オレのシッポを撫でる手は止まらなかった。

読んでいただきありがとうございます。


ギョウザ回。

ブラックリザードはあっさりした鶏肉のような味です。

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