第1章 柔らかさの意味 4 天
コロはケガの有無を調べられた後、控室に運ばれていた。
魔力回復の魔法が使える魔法師がいなければ、静かに寝かしておくしかないもんね。ケガと違って時間さえかければ問題ない状態なんだし。
私は周りに人がいないのを確認してから、ノックどころか扉も開けず、壁抜けで中に入った。
以前私がコロに会いに行った控室とは違い、広くて調度品もしっかりした控室だった。
さすが上位8人に残ると扱いが違うよね。
金持ち商人相手の宿屋くらいの豪華さはある。
テーブルの上に籠に盛られた果物も置いてあって、試合前にコロが食べたんだろう、ちょっと色の変わったリンゴがウサギの形に切られていくつか残っていた。
なぜ自分で食べるのにウサギの形にわざわざ切るかね、この男は。
大きなベッドの上で、コロは前と同じようにうつ伏せで亀みたいに丸まって苦痛に耐えていた。
キュウ。
イタチの魔獣が私の顔を見て鳴く。
あの……うつ伏せで亀みたいに丸まっているコロの上に乗ってるけど、それはいいのかな?高台の岩扱いじゃない。
イタチの魔獣は前足でしっかりとリンゴの欠片を持っていて、私を見つめながらもそれを齧っていた。
魔獣って、果物食べるんだね。魔力を含んだ肉しか食べないんだと思ってた。
「あなた、商人に捕まってた子よね?」
私はイタチの魔獣を優しく撫でる。イタチの魔獣はその手を受け入れ、撫でられてくれた。
コロのシッポが弱々しくもパタパタ動き出して、それが気になるのかイタチの魔獣が目で追っている。
「……ブランカ」
コロが絞り出すような声で呟いた。
「はい?」
「……そいつの名前……」
なるほど、ブランカね。でも白と言うよりは銀色じゃない、この子の毛皮。
コロにしては趣味が良い名前だとは思うけど。以前のコロだと絶対に『イタチだからタッチー』とか付けてたよね?成人して趣味が良くなったかな?
キュウ。
イタチの魔獣がまた鳴く。
「ブランカ、よろしくね。……あれ?この子……」
ああ、この子だったんだ。
キュウ。
また、小さく鳴いた。
『助けて』という意思が伝わる。
「ちょっとごめんね、見るわよ」
イタチの魔獣にそう断ると、私はブランカを見る。
やっぱりね。この子、火の魔法と、氷の魔法、意思伝達の魔法を持ってる。
私がこの大会の間、ずっと感じていた妙な魔力はこの子だわ。
意思伝達の魔法の魔法を使って、ずっと助けを求めていたんだろう。
それが複数の結界で乱反射され、妙な魔力として私が感じ取っていたんだろう。
大会の間中、あの商人たちから助けてもらいたくて、ずっとこの子は魔力の悲鳴を上げ続けていたんだ。
かわいそうに。
意思伝達の魔法は相手の表層の感情だけ感じ取るなら簡単にできる。
でも相手に伝えるには受け手も意思伝達の魔法を使えるのが前提だった。
これの高度なのが遠話と言われる遠距離会話の魔法。
遠話はお互い意思伝達の魔法が使えることが大前提で、しかもお互いに深い繋がりができていることが前提になる。
例えば、身体を重ねたりとか。性的な意味で。
お母様は短距離ながら数人と遠話が使えるけど、私はそのことは気にしないことにしてる。
考え出すと色々怖いから。
ちなみに、私もお母様と肉親なわけだから深い繋がりを持ってるわけだし、遠話しようと思ったらできると思うけど、まだ試してない。
帰ってきてからはお母様の近くにずっといるから意味が無いしね。
キュウ。
泣き声と共に『助けて』とまた伝わってくる。
今、この子、ブランカが助けて欲しいのはコロのことだろう。
ククルの仕業か、経緯はよくわからないけどブランカはコロに使役されちゃってるもんね。大切なご主人様を助けて欲しいんだろう。
まあ、そのご主人様を足蹴にして上に乗ってるのは見ないことにしてあげよう。リンゴ齧ってたことも。
コロのシッポの動きが小さく、偏った動きになってきた。
あ、すねてる。
私がブランカの相手ばかりしているからだろう。治癒の催促でもあるのかな?
「はいはい。すねないの。魔力回復の魔法使うわよ」
丸めてる背中をポンポンと叩くと、またシッポが大きく揺れ始める。
魔力切れはかなり苦しいはずなんだけど、コロって余裕あるよね。
「あんなバカみたいな魔法を使ったらこうなるのは分かってたよね?
苦しいだけで死んだりしないんだから男の子なら我慢しようよ。私はブランカちゃんを見に来ただけなんだけどなー」
無詠唱で魔力回復の魔法と清浄化をかけながら言う。
片手間に魔法を行使しつつ、私は収納魔法からブラシを取り出した。取り出すときにブラシが引っかかる。
やっぱり収納魔法は苦手。異空間とか言われてもピンとこないんだよね。
魔力回復の魔法が効いた瞬間にコロの身体の緊張は緩み、シッポの動きも大きくなる。私はそれを尻目に近くにあった椅子を引き寄せ座ると、ブランカを膝の上に乗せた。
ブランカは大人しく私の膝の上に乗ると、さも当たり前のように丸まって目をつぶる。
やけにリラックスしてるよね。コロがもう大丈夫だと分かっているんだろう。
流石は意思伝達の魔法持ちだね。察しが良い。
私はブランカのブラッシングを始める。
しばらく、静かにブラッシングの音だけが部屋に響いた。
コロは身体が楽になったはずのに俯せのまま、身体を伸ばしてベッドに横たわる。靴くらい脱げばいいのに。
そのまま、枕に顔をうずめた。
シッポはくたりと垂れさがってる。
すねてるねー。
私は無視してブランカのブラッシングを続けた。
ブランカは、ブラッシングが気持ちいいのだろう、目を閉じたまま丸めた身体を伸ばして、さも『お腹もやれ』と言いたげにお腹を私に晒している。
私はその期待に応えて背中よりも柔らかいフワフワの毛をブラッシングしてあげた。
コロが昨日お風呂に入れてあげたのかな?腹毛までつやつやと輝いているなー。
「おい」
コロの不機嫌な声。枕に顔をうずめてる所為でくぐもった声。
怒ってるね?
「それ……オレの……」
オレのブラシと言いたいのかしら?
「この子、商人風の男たちに捕まってた子でしょう?私が逃がしてあげたの」
シッポが硬く立ち上がった。
「この子はまだ子供よね?あの様子だと親はもういないと思うわ」
くたりと、シッポがまた垂れ下がる。いじけた様に、垂れ下がったまま小さく動いていた。
「どうしてコロのところにいるのかは分からないけど、コロのところに居てくれて良かったわ。そのまま街の外に逃げても生きていけるか分からないものね」
コロのところに連れて行ったのはククルだけど、そこまで言う必要ないよね?
「……強くならないとな。そいつも、守りたい」
コロは小さく呟いた。
……そいつもね。
私は無言でブランカのブラッシングを続けた。
読んでいただきありがとうございます。
すいません。ごっそりブランカがビアンカになってました。修正しました。”ウルフ”ギャングの相方だからブランカだったのに……。




