第1章 柔らかさの意味 2 天
準々決勝。
コロの相手はマクシミリアンという元・宮廷魔法師だった。
昨日の試合でオルガ・サヨコという死霊魔法師を破っていた。
あの試合は凄かった。
死霊魔法師というのはこの国では珍しい。死霊魔法はその名の通り死霊を使役する魔法だけど、基本的にはその魔法を使う土地で死んだ人間や魔獣の死霊を使うのが一般的だ。
死霊の能力は生きていた時の半分くらい。つまり、人間の死霊は人間より確実に弱い。
ドラゴンの死霊でも使役できたら別だけど、魔獣の死霊は生きている魔獣を使役するより操るのが難しいらしく、死霊魔法師が使役するのはもっぱら人間の死霊だ。
人間より弱い死霊を戦力として使うとなると質より量で攻めるしかなく、そうなると膨大な魔力量が必要になってくる。
でもそんな膨大な魔力量を扱って戦うなら、火の魔法などの効率のいい魔法攻撃をする方が手っ取り早く、わざわざ死霊魔法を使おうと思う人間なんてまずいなかった。
これがこの国で死霊魔法師が珍しくなった理由だった。
北の国では戦力ではなく少ない人口を補うための労働力として死霊魔法が発展した国があるらしいけど、そういった特殊な事情がないかぎり発展しようがないよね。
気持ち悪いし。
昨日の試合では円形闘技場という場所の特性もあって、闘技場を埋め尽くすくらいの死霊が現れてちょっとした地獄のような光景だった。
魔法師同士の戦いと言うこともあって十分に魔法を発動させる時間があったため、しっかりとした長い詠唱をすることができたおかげだろう。
ただ、相手が悪く、死霊魔法の天敵ともいう光の魔法で一掃されちゃったけど。
あれ、もしもコロが相手だったらどうなったんだろう?
偽ドジっ子エルフみたいに魔法を使う前に終わってたかな?
コロはオバケが嫌いだから、偽ドジっ子エルフの時よりも魔法を使わせないように必死になってただろうな。
私は肝試しにでかけた小さな湖の祠で泣きじゃくった小さなコロを思い出した。
やっぱり今でもオバケが苦手なんだろうか?それともサイラスとの修行で克服したのかな?
コロは4年前とは色々変わっている。
戦い方すら、大きく変わっていた。
昔は騎士団の人間に指導してもらってたから騎士の剣術だったけど、今は小さな身体と素早さを生かす戦い方になってる。
強くなるために……自分の利点を最大限に生かす方法を選んだ結果なんだろう。
「あの、精霊様」
騎士団長が話しかけてきた。
「はい?」
私が振り向くと、何やら困ったような顔をしている。
「その……ククルなのですが……」
なにやら言い難そうにしていて、歯切れが悪い。
「ククル?」
私が彼の耳元を見ると、昨日まではそこを定位置にしていたピアスの魔道具の精霊がいなかった。
と、思ったら、『呼んだ?』とでも言いたげな顔で騎士団長の首の後ろから顔を出した。
鎧の中に潜り込んで、首元から顔だけを出しているらしい。
「かなり大きくなったわね」
一日で妖精は大きくなっていた。
元々は耳に絡みついていられるくらいのサイズだったのに、今は普通の蛇くらいの大きさになっている。
「そうなんです。朝起きたらこの大きさになっておりまして。その……大丈夫でしょうか?」
昨日初めて妖精が見える体験をしたばかりで不安があるのだろう。それにしても朝から見えていたということは、ずっと妖精が見えてるんだろうか?
そこはククルの気持ち次第だけど、使役している妖精でもずっと見え続けてるのは珍しい。
騎士団長は元々好かれていたけど、名付けをしたことでさらに好かれたのかな?
「大丈夫よ。その大きさは貴方とククルのお互いの好意の大きさだから。
慣れてきたらもっと大きくなるかもしれないわよ?貴方の気持ち次第だけど」
「そうでありますか」
ちょっと困ったような顔をしているけど、騎士団長もまんざらではないらしい。大きいことは良いことだと考えそうなタイプだもんね。
騎士団長のピアスの魔道具は昨日の内に魔法式の調整を終わらせている。
今のククルは悪意探索と初級の治癒、麻痺、身体強化、速度強化、武器強化が使える。
自分で魔法を使っているわけじゃないからアランが魔法剣士というわけじゃないけど、下手な魔法剣士よりも使える魔法が多いよね。
魔法剣士というのはほとんど自称だから、別に名乗ってもいいかもしれない。
行使された魔法が本人の物か魔道具のものかなんて見分けられる人間はほとんどいないんだから。
「大きく育ててあげてね」
「ありがとうございます」
精霊に重さはないし、肉体があるわけでもない。どんなに大きく育っても邪魔になるということはない。むしろ力が強くなって助かる一方だろう。
アランは軽く礼をして、背後の控えていた位置に戻った。ククルもまた鎧の中に隠れてしまう。
コロの試合が始まろうとしている。
元・宮廷魔法師のマクシミリアンは魔法師のローブではなく革鎧を着ていた。
隙間から楔帷子が見えているから防御重視ということなんだろう。
防御なら金属の鎧を着ればいいと思えるけど、一般的な魔法師の体力では金属の鎧は重すぎるからまず動けなくなる。
騎士団長のようにいつ見ても騎士団の全身金属鎧を着ているなんてことの方が特殊なんだよね。
騎士団の人間でも普段は動きやすい簡易鎧だし。
余程の体力バカでもないと真似はできない。
コロもいつも通りの革と金属を組み合わせた鎧だ。
防御とスピードのバランスを考えて選んだものなのだろう。この前、大ケガした時に壊れた部分も同じものを予備で買ってあったのか、見た目には変わってなかった。
開始の合図が告げられる。
コロはいつも通り開始と同時に動いた。
目で追うのすら苦労する速さ。
一瞬のうちにコロはマクシミリアンの腕を斬りつけたけど、踏み込みが甘かったのか深くまで斬りつけられなかったみたい。
コロが二撃目を振るったけど、それは盾の魔法に防がれてしまう。
マズイなー。
一度魔法が発動してしまうと、そこからは魔法師の方が有利になってしまう。
マクシミリアンもさすがはここまで残っただけあって、斬りつけられた痛みで詠唱を中断するようなこともなく冷静のようね。
氷の礫がコロに向けて飛んだ。氷礫の魔法かー。
普通に受けても命に関わる様な魔法じゃない。その代り発動までの時間が短く、無詠唱なら本当に一瞬。
発動の短い初期魔法を連続して放つことでコロの隙を作るつもりなんだろう。
コロが氷の礫を避けると、その避けた先に火の玉、それを避けると石礫。
まるで初期魔法の見本みたい。
それにしてもマクシミリアンの魔法は属性の種類が多い。
あれだとどんな魔法が来るか全く予測ができない。
マクシミリアン自身もそれを狙って多彩な魔法を見せているんだろう。
魔法には個々に適性がある。
大きい区分けでは属性の適性など。でも絶対的に他の魔法が使えないというわけでもない。
元々それほどの魔法の才能が無い場合は適性のあった魔法しか使えないことが多いけど、才能が有って適正な指導と訓練があればその適性の壁は取り払えて、どんな魔法でも使えると言っても良い。
ただやっぱり根本的な得意、不得意の差はあるから、普通は適性のある魔法を極めるのが普通だった。
マクシミリアンって、研究職の魔法師にありがちな魔法愛好家かな?しかも広く浅くのタイプ。そういう人は強力な上位の魔法は使えないことも多いんだよね。
ただ、戦いにおいては発動時間が短い初期魔法の方が有効なことも多いんだけどね。
特に少数の人間相手で魔法発動まで護衛してくれる人間がいない場合は。
コロは初期魔法に追い立てられながら、走り回っている。
距離がまったく詰められず最初の一撃以外は逃げ回っているだけ。
マクシミリアンの魔力切れを狙ってるのかな?
でもマクシミリアンが連発しているところを見るとそれは期待できないよね?そこまで考えなしには見えない。
そしてコロもそんな考えなしではないと思う。
コロは何かの機会を狙っているんだろう。そしてマクシミリアンもコロの隙を狙っている。
根競べかぁ……。
コロは短気なんだよね。すぐに不機嫌になるし。
強烈な光が瞬いた。
目を刺すような強烈な光。観客席から大勢の悲鳴が聞こえる。
試合に注目していた皆が視力を奪われているんだろう。
光球の魔法の魔法に魔力をめいっぱい込めて目潰しにしたのかな?
「終りね」
お母様のその呟きだけが聞こえた。
冷静な、むしろ嘲笑するような声。
お母様って、こんな光の中でも平気なんだろうか?
もちろん、私も平気で試合の成り行きを見ていた。
お母様の言葉通り、勝負は終わっていた。
強烈な光が瞬いた瞬間に、コロが動いていた。
コロもマクシミリアンが何かすることに気が付いていたのだろう。
光による目潰しまで予測してたかは分からないけど、少なくともそれに近い事態を予測していたらしい。
コロはマクシミリアンに向かって飛ぶと同時にナタを魔道具のナイフに持ち替えて盾の魔法を展開する。
目が見えているとは思えないのに正確にマクシミリアンに向かって行く。
マクシミリアンが火の魔法を放つ。
烈火球かな?当たっていればコロは丸焼けになっていたかもしれないけど、マクシミリアン自身も見えていないのだろう、それは光が瞬く前までコロがいた位置に飛んで完全に空振りになっていた。
コロが展開した盾にかすりもしない。
目潰しして攻撃するなら、自分に影響が無いようにするか魔力探知で敵の位置確認をしないとね。
コロはそのままマクシミリアンに体当たりをする。
盾強打。
盾ごとの体当たりで、強烈な衝撃を与える技だった。
それで吹っ飛んだマクシミリアンを間髪入れずに盾の魔法の刃で斬りつけていた。
光の刃が一閃する。
どこを狙ったかはわからないけど、それはマクシミリアンの両足に当たり、見事に切断していた。
あー。またコロは魔力切れだね。
あの盾の魔法を刃に変えた魔法は本当に効率悪いよね。
でも、目が見えていない状況で中途半端な攻撃は使えなかったんだろう。
盾強打で自分が向かった先に本当に敵がいるのを確認してから、自分の最大の技で攻撃するしかなかったのかな?
強烈な光から人々の目が復活した時、そこには両足を斬り落とされたマクシミリアンと、魔力切れに耐えながら必死に立っているコロがいた。
コロの勝利が告げられる。
そしてコロはまた魔力切れの無様な姿で倒れた。
読んでいただきありがとうございます。




