第1章 柔らかさの意味 1 地
「なんだそれ!」
オレが母さんの店に入ると客の中から声が上がった。
こうなることは予測できていたが、母さんに話を通さずに家に入れる訳にいかないから仕方ない。
キュウ。
オレの肩で小さく鳴く声がする。
すまない。嫌な思いをさせるかもしれない。
触られまくるだけならいいが、追い出される可能性もある。オレは心の中で謝った。
オレの肩にはヒオジョコの子供がいた。
ヒオジョコの子供はオレの考えを感じてか、身体を縮ませてオレの首の後ろに隠れようとする。
オレのシッポで眠った後、ヒオジョコの子供はオレに着いてきた。
一度町の外まで出てそこで逃がしてやろうとしたが、悲しそうな眼をしてオレから離れずに挙句にはオレの肩に乗ってきた。
オレはあきらめて夕刻に街に戻り、今に至っている。
街に戻るときに城門で衛兵がオレのタグを調べたところ、このヒオジョコはオレが使役していることになっているらしい。
それでどうしても街の外に逃がさないといけない理由もなくなってしまった。
どうも、懐かれたようだ。
どうしてこうなったんだろう?
懐かれる理由をオレは思いつけない。
「触らないでください」
オレはヒオジョコに手を伸ばそうとしていた客の手を遮る。
「お、いや、すまねえ」
客は手を引っ込める。やけに素直だな。
オレがナイフを握ろうとしたからかもしれないが。
「それであんた、それは?」
店の奥から出てきた母さんが聞いてくる。オレは気まずさを感じながらも、母さんの目を真っ直ぐに見た。
「なんか、懐かれた」
「懐かれたって……」
「使役状態だから問題はないよ……」
ああ、なんか、昔よくこういうやり取りをしたな。セシリーに押し付けられた小動物とか虫とか……。
「使役って……あんたエサでもやったのかい?」
魔獣に純粋な意味での食事は必要ない。
大気中や大地からの魔力で十分活動できるからだ。
ただ、効率よく魔力を得るために他の魔獣や人間、動物を襲うことがある。そういう時は肉まで食べるため、食事ができないというわけでもない。
嗜好品程度の感覚なんだろう。
オレはまた手を伸ばそうとしている客を牽制しつつ、首を振って答えた。
「うーん」
母さんは腕を組み、難しい顔をして考え込む。
飼えないと言われたらどうするか?
最悪、師匠にでも預けるしかないかな?いや、それは本気で最悪だ。
可愛がってくれるだろうが別の意味で殺されかねない。やめておこう。
「ブランカは?」
母さんがぽつりと言った。
「は?」
「ブランカ。白い毛皮がきれいな子だからね。どうだい?」
「え?」
白じゃなくて銀色の毛皮だと思うんだが。いや、そうじゃなくて。
「え?」
オレは『え?』しか言えなくなる。母さんの意図がわからない。
「だから、その子の名前だよ。飼うんだろ?」
母さんはさも当たり前のように言った。いつもの優しい笑顔。
「いいのか?」
オレは母さんに飛びつきたい気持ちを抑える。ここは母さんの店で、周りには客がいる。
「いいもなにも、成人したおまえが飼うつもりなのに止める理由はないだろ?ひょっとして許可をもらうつもりで店に連れてきたのかい?
バカだね。あんたは成人したんだよ?子供の頃なら子供が飼っていても親の責任になるから許さなかったけどね、あんたがあんたの責任で飼うなら問題はないよ。
まったく、いつまで子供気分でいるつもりだい?」
母さんは呆れたように言った。
「ありがとう!……でも、それなら名前はオレがつけ」
「この子はブランカだよ」
母さんは言い切った。名付けを譲ってくれるつもりはないらしい。
仕方ない。譲ろう。
白じゃなくて銀の毛皮だけど、ブランカは良い名前だと思うしな。
喜んでヒオジョコの子供……改めブランカの方を向くと、肩にいたはずなのにいない。
慌てて周りを見渡すと、オレのすぐ横のテーブルの上でチーズの欠片を食べていた。
何度かブランカに手を伸ばそうとしていた客のテーブルだ。
オレが母さんとの会話に気を取られているうちに、エサで釣ってテーブルに引き寄せたのか。
客はニコニコしながら眺めていて、そっとその背中を撫でていた。ブランカも嫌がるそぶりは無さそうだから、構わないか。
ヒオジョコはチーズが好きなのか?
魔獣は本来、食事を必要としない。
嗜好品みたいなものなので、本当に好きじゃなければ食べようとしないだろう。
両前足でチーズを抱え込んで、ブランカは幸せそうに目を細めていた。
「あんたもご飯を食べるんだろ?」
母さんが聞いてくる。
『あんたも』って、母さん、チーズを食べているブランカを見ながら言ったよな?
オレはコイツと同列なのか?同じ扱いなのか?
「ああ。お願い」
オレは空いていたカウンターの席に座った。
同時にブランカがテーブルから飛び降りてオレのところに駆けてくる。
『あっ……』と小さな悲しそうな客の呟きが聞こえたが、無視しておこう。
ブランカはオレの足を伝ってカウンターのテーブルに上がると、戦利品のチーズをオレに掲げて見せた。自慢しているのか?それとも貰ったことを報告しているつもりなのか?
オレは振り向くとブランカにチーズをくれた客に礼を言った。
それを確認すると、ブランカはまたチーズを齧り始めた。
母さんが食事を出してくれる。
「ありがとう」
受け取り、礼を言う。
自分で食事を作るとき以外は店の空いた場所で食事をとることが多い。
手伝いをするときは仕事の前後でまかないを食べるが、それ以外の時はその日の注文の出具合を見て余りそうな料理を母さんが選んで出してくる。
今日はロールキャベツだった。
ミネストローネに入っていて、スープ兼用のロールキャベツだ。
人気がある料理だけど数日分を一気に仕込むことが多い料理だから、今日は多く余っているのだろう。
それとちょっとしたサラダと、パン。
「いただきます」
「よう!コロちゃんじゃないか!」
オレが食べ始めた時に、声がかかった。
今さっき店に入ってきた常連客の1人だった。冒険者で、腰に長剣を下げて、背の荷物に盾を括り付けている。
「今日も勝ったそうじゃないか!おまえ強かったんだな!」
常連客はオレに話しかけながらカウンター席のオレの横に座る。
「マルセルさん。こんばんは。
『コロちゃん』はやめてやってくれっていつも言ってるじゃないですか。ウルフギャングも不機嫌な顔するんじゃないよ!お客さんに挨拶は?」
「……こんばんは」
母さんに言われ仕方が無しに挨拶をすると、常連客はオレの頭をガシガシと力強く撫でた。
「今日も勝ったんだよな?」
「はい」
「おまえ本当に強かったんだな!オレなんか実力不足で参加すらさせてもらえなかったんだぞ?応援してるからな!がんばれよ!」
やけに嬉しそうに言ってくる。
「……はい。ありがとうございます」
オレが勝ったことを喜んで、応援してくれる人がいる。オレはそれを照れくさく思いながらも嬉しかった。
「それで、コイツは?」
オレの前でチーズを食べているブランカを指す。
いや、勝手に撫でないでやってくれ。
「おまえみたいな毛並だな」
いや、だからオレのシッポ撫でんな。
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