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第1章 強者たちの狂宴 8 地

 オレは不機嫌だった。


 試合を見ておこうと観客席に行ったのが間違いだった。


 試合の参加者には観客席へは自由に出入りできる。席の予約も数席なら無料でできるので、オレはもし母さんが試合を見たくなった時のために常に席を準備してあった。


 まあ、母さんはオレが戦う姿は怖くて見ていられないのと、稼ぎ時ということもあって店を開ける気満々で来る気はなかったみたいだが、それでもいつ気が変わるか分からないからな。

 母さんはまだ父さんが戦いで命を落としたことを忘れられないのだろう。

 それがどんな戦いだったのかすら今でも話してくれないしな。


 師匠がその席で観戦させろと何度か言ってきたが、師匠が見ている場所が分かってるとか絶対嫌だよな。

 そっちに気を取られてヘマをしそうだったので絶対に使わせなかった。


 師匠は公爵家にも神殿にも伝手があるので席が無くても適当に見るところを確保するだろうと放置していたら、気が付いたら関係者席や貴賓席、挙句は関係者以外立ち入り禁止のところまでウロウロしていたのでそっちの方が迷惑だったけど。


 素直に席を与えてそちらに縛り付けとけばよかった。

 師匠はいつもオレの思惑の斜め上の行動をする。


 とにかく、オレはその準備してあった席に向かって歩いているときに嫌なものを見かけた。

 貴族以外の金持ち向けの桝席にそれはあった。


 鳥かごに入れられたヒオジョコの子供だった。


 ヒオジョコは高山に住んでいて、魔獣といってもまったく危険のない魔獣だ。

 銀色の毛皮のイタチのような魔獣で、かなり珍しい。

 昔に母さんの店に来ていた常連さんがよく首に巻くようにして連れて歩いていて、『こいつを連れているとどんな季節でも快適なんだよ』とよく言っていた。

 かわいらしい見た目で、オレのシッポが気になるのかまとわり付いて遊んでいた。


 なんでも火の魔法と氷の魔法と意思伝達の魔法を使って、使役(テイム)している主や周囲の温度を快適に調整してくれるらしい。

 夏は氷の魔法で、冬は火の魔法を使って、意思伝達の魔法で常に主の意識を感じ取って快適な気温になるように調整してくれるそうだ。


 神々の時代ではヒオジョコと言う名前ではなくエアコンと言う名前で呼ばれ、神々に多数使役されていたらしい。


 鳥かごに入れられたヒオジョコの子供はぐったりしていた。

 舌を突き出し、かなり辛そうにしていた。


 オレは気になって通路の邪魔にならない場所に立ち、少し眺めていた。

 するとその飼い主らしい商人風の太った男が護衛の男に何か指示を出した。

 護衛の男は鳥かごに近づくと、細長い棒のようなものを鳥かごに差し込んだ。

 バチリと小さな火花が飛ぶ。


 ヒオジョコの子供は身体をビクリと震わせた。


 ……酷いな。

 使役(テイム)できない代わりに拷問で言うことをきかせているのか。


 使役(テイム)には大まかに二つの条件があると聞いている。

 使役魔法を使いながら魔獣を倒して使役(テイム)するか、魔獣自ら望んで使役(テイム)状態になるか。

 そのどちらの条件も商人風の男たちは満たせなかったのだろう。


 オレはその扱いに抗議した。

 しかし、商人風の男の護衛に軽くあしらわれた。


 もし商人風の男がヒオジョコの子供を解放したとしても街中に使役されていない魔獣がいれば討伐対象だ。それに例外はない。


 また使役(テイム)していない魔獣を連れていることを役人に言ったところで、商人風の男が罰せられた上でヒオジョコの子供は処分されるだろう。

 オレには八方ふさがりの状況。

 それを分かった上で護衛は軽くあしらったのだろう。


 どうにもできない。

 むしろ、命が長らえる可能性があるだけ商人風の男に飼われている方がまだ良い状況だと言えるくらいの八方ふさがり。

 オレは何もできない自分に腹を立てて不機嫌だった。


 イラ立つ気持ちで円形闘技場の中に居たくなかったために、オレは外に出ていた。

 裏の関係者門の周囲の、人の少ない林の中を歩く。

 遠くに喧騒が聞こえていて、なんだか落ち着かない。林と言っても向こうが見えない程度でそれほど大きいわけではない。


 イラ立つ気持ちを気持ちを抑えるために少し開けたところで鍛錬をしてみたが、雑念が押し寄せてすぐにやめた。


 オレがこの大会に参加しているのはアイツを手に入れるためだ。

 それだけの実力が付くように4年間鍛錬を続けた。

 人並み以下の大きさの身体で人並み以上の実力を持つために必死になってやってきた。


 でも、死にかけてるヒオジョコ一匹救えない……。


 オレは本当にアイツを手に入れられるんだろうか?


 頭の中で長く考えないようにしていた嫌な考えがグルグルと回っている。

 どうして今そんな考えが浮かんで消せないんだろう?オレは弱気になってるんだろうか?


 この国で得られる最高の師匠に付きっきりで修業したじゃないか。

 盾の魔法(シールド)が少し使えるだけのオレに複雑で高価な魔道具まで準備してもらって『隠し玉」が使えるようにしてもらってもまだ、オレは弱いんだろうか?

 オレは適当な木の根元に腰掛け、空を眺めた。


 木々の葉の間から切り取られたように覗く青空。

 オレはまた考えたくない考えに没頭する。


 オレが人昇精霊(エフォーディア)の……アイツのパートナーになれなかったら。

 師匠は一緒に王都に来いと言ってくれた。もしそうなったとして、オレはそれで納得できるんだろうか?


 「イテッ」


 急に耳が痛んだ。

 小枝でも当たったのか?

 周りを見渡したが、耳に当たりそうな位置には何もない?


 「イテッ」


 また耳が痛む。

 なんだろう?虫?

 オレは耳を触りまくったが、虫がついてる感じもない。


 オレは気味が悪くて周囲を見渡した。

 すると、そこにいた。


 銀色の毛皮のイタチのような姿。

 草むらからちょうど顔を出したところだった。


 ヒオジョコの子供?なんでこんなところに?あの……鳥かごに捕まっていたヒオジョコか?

 でも、あの状況で逃げられたとは思えない。


 別のヒオジョコか?でも、高山に住むヒオジョコの子供がこんな街中をうろついているとは思えない。

 まだ、さっきの鳥かごのヒオジョコが逃げてきたと考える方が()()だ。


 ヒオジョコと目が合った。


 エサでも探していたのだろうか立ち止まり、鼻先をピクピクと動かしながら周りを見回していたのだ。

 オレと眼が合うと、オレに近寄ってきた。


 少し警戒しながら、座っているオレの膝先に近づく。

 警戒心が野生のものに比べると薄そうだ。

 あんな状態でも飼われていたからだろうか?あんなことをされていたら普通は二度と人間に接触しなくなると思うんだが。


 膝先の臭いを嗅ぎ、そのままオレの後ろに回ろうとする。驚かせると悪いと思って目だけで追っていると、オレのシッポが気になったらしい。

 少しの間、臭いを嗅ぎ、鼻先で毛並を確かめるとそのままオレのシッポの毛の中に身体をうずめ丸まった。


 なんだこの状況?


 触れたら驚いて逃げてしまうだろうか?

 オレは触れることをあきらめ、眺め続ける。

 ヒオジョコはオレのシッポの毛の中で丸まると、目を細めて、最後には完全に目を閉じて眠ってしまった。

 オレは動けない。


 ……まあ、いいか。


 今日はもう試合はない。この林の中でゆっくりしていても誰にも何も言われることはない。

 コイツが起きるまで、ほんの少しの間だけコイツのベッドの代わりになってやろう。


 オレは空を見上げた。

 青々とした木々の葉の間からは大きく広がる青い空が見えていた。

読んでいただきありがとうございます。

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