第1章 強者たちの狂宴 6 天
コロがナタを薙ぎ払ったと思ったら、決着がついていた。
開始数秒で決着だった。
あの偽ドジっ子エルフはまた何かしようとしたんだろうな。でもそれがコロには効かずに棒立ちで終わってしまったんだろう。
ドジっ子のフリをしていたら、本当のドジを踏んで大ケガしたというオチだろうな。
何をしようとしたか気になるけど、効果が無かった以上は気にするだけ無駄かな。
どうせだまし討ちみたいなことなんだろう。
円形闘技場には歓声と悲鳴と怒号にあふれていた。
私たちはいつものように貴賓席でその声を聴いていた。
お父様経由で神殿の情報を聞いたところによると、今日のコロの試合は意外なことに今日行われた個別の賭けの中で一番人気だったらしい。
なんでも男性人気は偽ドジっ子エルフのルシンダに、女性人気はコロにと目に見えて別れていたそうだ。
ルシンダの昨日のドレス姿で男たちの人気を集めたのだろう。
まったく、男ってやつは……。
コロはあの緊張っぷりが女たちの保護欲を掻きたてたに違いない。
気持ちは分かるけど、こちらもなんだかねー。
ルシンダは腕を切り落とされているけど、ここ数日の経験から治療魔法師たちに任せても大丈夫だと分かっているので私が治療に出向くことはない。
お母様は傍らに控えていたメイドに何か手紙のようなものを渡して指示をだしていた。
もう、満面の笑みを浮かべている。
このタイミングで渡す手紙と言うことはルシンダがらみだろう。
お母様はルシンダを気に入ってたから、公爵家の魔法師として召し抱えるための工作かな?
ルシンダはこの大会でほとんど魔法の腕前を見せていないけど、どうせお母様は新しいオモチャとして召し抱えるだけなのだろうから問題はない。
公爵家の家臣と言うエサに釣られたら地獄が待ってるわけだ。
そういった地獄を見た使用人を何人か見たことがある。
ルシンダ、がんばれ。
そういえば、お父様の調査では要注意人物扱いされてたルシンダだけど、そちらの話はどうなったんだろう?秘術研究だっけ?
召し抱える話まで進んでいるのなら、ひょっとしたら公爵家に有益な研究だった可能性もあるなー。
それもかなり後ろ暗い関係の。
だって、私に話さないということはそちら方面しか考えられないしね。
国の重鎮でいるということは潔癖だけじゃ成り立たないことは私も知っている。
要注意人物の中の1人のエイブも今日の試合で負けていた。
負けた相手はマイラというトカゲの獣人で、かなり癖のある剣士だった。
しかも肉体的特性で毒を使う。
エイブは強盗団のリーダーらしいけど、質実剛健に剣を振るっていて、とても強盗団とは思えない堅苦しさがあった。貴族や騎士の剣筋みたいだった。
そのせいか太刀筋が読みやすくて、癖のある剣士のマイラとはかなり相性が悪かったようだ。
最後は毒で体力を削られて倒された。
この大会では武器に毒を塗ったりすることは禁止されていたが、その者が肉体的特性で毒を持っている場合はその限りではない。肉体の一部として認められていた。
実は私はこのエイブがニンジャに何か関わりがあるんじゃないかと疑ってたんだけど、本当にニンジャならこの結果は拍子抜けだよね。
強盗団が私を狙ってるニンジャとか単純すぎる考えだったかな?
当たりだと思ってたんだけどなー。
さらに気になることと言えば、先日から観客席の方で感じる妙な魔力だよね。
領域検索を常駐させているけど、毎日数時間、間欠的に感じていた。
どうも通信系の魔法らしいことは分かったんだけど、それ以上はわからない。
ひょっとして誰かが遠方と連絡を取り合っていて、特殊な通信魔法を使っているだけとか?
でも私が違和感を感じる魔力なんてそんなに無いと思うんだけどな。
今日も先ほどからその妙な魔力を感じていた。
領域検索も当然常駐させてるけど、やっぱり位置の特定はできない。
この原因はなんとなくだけど判明している。
たぶん、結界の所為だろう。
私が円形闘技場全体に張っている、試合の流れ魔法や不正行為を防ぐための広域の結界に加えて、この円形闘技場には貴賓席や豪商たちが使う桝席などにある身を守るための魔道具による結界、さらに要人などが使っている個人結界などがひしめき合っている。
それらが魔力を弾き合い拡散し位置特定が不可能になってしまっているんだろう。
最初は念入りに偽装されているんだと思ってたんだけど、それだけではありえない状況に私は色々考えてこの結果に至っていた。
さらに言えばここには魔法師も多すぎて制御されてない魔力が混沌としてることも原因の一部かも。
今日も特定は無理だろうなと思いつつ、私は地図画面を眺める。
あれ?観客席にコロがいる。
青いワンコマークの光点が観客席に光っていた。
昨日までは試合結果が全て出てから次の組み合わせを決めていたため、大会の参加者たちはその日の全試合が全て終わるまで控室にいることが義務付けられていた。
しかし、今日からは明確なトーナメント方式で試合が組まれていくため、試合さえ終われば出入りが自由になった。
だから、試合が終わったコロが観客席にいるのはおかしくない。
大会の参加者には優先して観客席の入場券が配布されていた。
いる場所は……桝席……豪商など高額な入場料を払える者たちのために準備された、集団使用のための区切り売りの場所の近くだよね。
コロにしては妙な場所にいるな。
私は視力強化をし、そちらを見た。
あれ?もめてる?
ハッキリと見えないものの、どうも桝席にいる商人ぽい人たちと何かもめてるようだった。
商人はでっぷりと太っていていかにも私腹を肥やしていますって言ってるような体形で、周りには下品な感じに派手な女性や使用人、護衛をはべらせていた。
その護衛とコロはもめているらしい。
コロが自分から突っかかって行っているように見える。
やけにコロらしくないことをやってるなー。
そう思いながら見ていると、あるものが目に入った。
商人の後ろ、鳥かごに入れられて飾られている小さな生き物だった。
陽光を反射してキラキラと輝いている。掌に余る程度の大きさの、銀色のイタチのような生き物?……魔獣のようにも見えないこともない。
弱っているらしく、鳥かごの中で舌を突きだした状態でぐったりとしている。
原因は間違いなくアレね。
コロはああいったものに弱いんだよね。襲ってきたら容赦なく斬り倒すけどね。
どうせ、弱ってるのに連れまわしているのが可哀想だとかそういうことを言ってるんだろう。
どうするかなー。
この国で動物の所有権は曖昧だけど、魔獣なら明確な基準がある。
使役されているかどうか。
使役されてない魔獣の持ち込みはどこの街でも禁止され所有権も認められない。
あれも魔獣のようにも見えるけど、動物のようにも見える。近くに寄れば魔力で簡単に確認できるけど、今の状況じゃ難しいな。
せめて見た目の知識があったらよかったんだけど、私の魔獣についての知識のほとんどは脅威がある個体だけだ。魔物だとしてもあんな鳥かごで飼えるレベルの魔物までは覚えきれてない。
鳥かごに入れてるぐらいだから使役されてないだろうし、魔物だと明確に分かれば商人から没収できるんだけどね。
あ、コロが折れた。商人たちの下を離れていく。
それはそうだろう。
商人が飼ってるものをどうしようが、他人に文句を言われる理由なんてないもんね。
コロもそれは理解していて、忠告した程度に抑えたんだろう。
さて、どうするかなー。
私は少し思案して、席の後ろへと目を向ける。
そこには背後に控えている騎士団長がいた。
鎧は着ているけど、兜は外している。なんでも歪んでしまって上手く被れなくなったらしい。
兜が歪むなんて何があったんだろう?
ちょっとやそっとの力じゃ歪むもんじゃないよね?
そういえば蛇のような妖精が額を舐めて必死で癒やすみたいな行動をしてたから、誰かに頭を攻撃されたんだろう。
「ねえ、アラン。そのピアスを貸してくれるかしら?」
「はい?」
アランが間の抜けた返事を返すと同時に、その耳に絡みついていた小さな青い蛇のような妖精が動いた。
『お呼びですか?』とでも言いたげに私の方を見る。本当に感情表現が豊かな子だな。
「そのピアスの魔道具よ」
私は自分の耳を押さえながら、アランに耳のピアスのことを思い出させた。
「構いませんが……」
少し渋りながらも騎士団長は耳からピアスの魔道具を外すと、私に渡した。
妖精は泳ぐように身体をくねらせながら飛び、ピアスに付いてくるように私の手元に来た。
「ちょっと見せてもらうね」
この呟きは騎士団長に対してじゃなく、妖精に対してのもの。
私は妖精の頭に少し触れ、承認を求める。そうすると妖精は頷くように鎌首を少し下げてくれた後で、ちょっと首を傾げてみせた。
何をするのか気にしているんだろう。
私はピアスの魔道具を通して妖精の能力値を表示させる。
「あなた、すごいわね……」
「はい?何でありましょうか?」
なぜか騎士団長が言葉を返す。
ああ、そうか。ピアスを渡したから自分のことを言われているのと勘違いしたのか。
「いえ、貴方のことじゃなくて、この子のことです。ね、姿を見せてあげて」
お願いしたのは妖精に対して。
妖精は人間に姿を見せることは滅多にない。私みたいな存在や優秀な魔法師でない限り見ることもできない。
ただ、妖精自身が望んだ相手に対しては姿を見せることはできる。
「……それは!なんでありますか!?」
一瞬間をおいて、騎士団長は叫びをあげすごい勢いで私の手元を覗きこんできた。
顔、近い。
お父様とお母様もその声に驚いてこちらを向いてしまう。
「なにって、貴方の魔道具が使役している妖精よ。この子すごいわね」
私は妖精の頭を指先で撫でてあげた。妖精はどことなく自慢げに目を細めた。
「妖精?」
「妖精がそこに居るのか?」
お母様とお父様が声を上げて私の手元を見たけど、見えるはずが無くキョロキョロと周囲を見渡している。
「いますけど、見えませんよ?
妖精は心を許した相手にしか姿を現しません。騎士団長は持ち主ですし、かなり懐かれてるみたいですから姿を見せてくれたんですね」
私が言うと、二人ともかなりがっかりしたようにため息をついた。
「これが、妖精ですか。これの持ち主がそれがしなのでありますか?」
「そうね。ずっと貴方の耳のところにいたのよ」
「はあ……?」
騎士団長は理解しきれないのか、眉を寄せながら確かめるように自分の耳を触った。
「それで、そやつが凄いのでありますか?」
「そやつって……お互いを認識できたんだし、気が向いたら名前を付けてあげて。そうすれば頻繁に姿を見せてくれるようになるし、簡単な意思疎通ができるようになるから能力も上がるわよ。
このピアスって、悪意探索の魔道具よね?それ以外の機能はあるの?」
私の質問に騎士団長は少し首を傾げ考える。
「それがしの父からそう伝え聞いておりますし、実際ほとんどの場合は敵が近くにいると耳が痛んで知らせてくれますが、他の機能があるとは聞いておりません」
「ほとんど?」
「ヘンリエッタ様と団長には効果がありません」
ああ、お母様とサイラスには効果ないのか。それはちゃんと機能してるんだと思う。
「結果がどうであれ可愛がってるつもりの人に効果なくても仕方ないわよ。悪意じゃないんだから。
それと団長は貴方よね?」
「申し訳ありません!」
騎士団長は昔の癖が出るのか、時々サイラスのことを団長と呼ぶよね。
「それでね、貴方はものすごくもったいないことをしてるわよ。
この子、悪意探索の他に初級の治癒と強化系を数種と、麻痺も使えるわよ。むしろ悪意探索がオマケみたいなものね。
この魔道具を作った人がかなり大ざっぱな人だったんだと思うわ。
悪意探索の魔道具が欲しくなって、何らかの理由で上級の素材で適当に魔道具を作って、適当に悪意探索を持ってる妖精を使役したんだと思うけど、本当に才能の無駄遣いだと思う。
すごいねー」
褒めながら指先で頭を撫でてあげると、妖精はくねくねと身を捩らせて自分から私の指に頭を押し付けてきた。もっと撫でろということらしい。
感情豊かだと思ったけど、妖精としてはかなり上位だわ、この子。
「そ……そんなにでありますか?」
「魔道具の容量もかなり余ってるし、私なら魔法式も組めるから魔道具を通して全部の能力を使えるようにしてあげられるけど、どうします?
ただ、条件と言うか、複数の能力を使わせるために必要な事なんだけど、名前を付けて可愛がってあげて、十分な意思疎通ができるようになってね。
意思疎通ができないと複数の能力のどれを使って良いか分からなくて妖精が混乱して使えないからね。
意思疎通ができないと基本機能の悪意探索しか使えなくなると思ってね。
誰かに譲るときも同じで、最初は悪意探索しか使えないから、妖精と仲良くなって意思疎通して使ってもらえる能力を増やしていくしかないわね」
この子は賢いから、魔道具の方の機能さえしっかりしておけば勝手に適切に能力を使ってくれるような気もするけど、一応釘を刺しておかないとね。
「ぜひ!お願いします!」
騎士団長は床に頭がつきそうなほど深く頭を下げた。
「では、少しの間、このまま預からせていただきます。
よかったねー。可愛がってくれるって」
妖精は嬉しそうに目を細めて、こくこくと数回頭を上下に振った。
さて、この魔道具を借りた本来の目的を果たさないと。
ちょっとだけ手伝ってもらうつもりだったけど、この子が多才過ぎて全て任せてしまえるのがありがたい。
「それでね、ちょっとお願いがあるの」
私は妖精に話しかけた。
本来なら魔道具で使役されている妖精は魔法式で指示されて能力を使う。
でも私なら魔道具を媒体にすることで直接『お願い』という形で色々してもらうことができる。
私は妖精にお願いをする。
後ろでは騎士団長が予想外の出来事に興奮して荒い呼吸の音を響かせていた。
読んでいただきありがとうございました。
気が付いたら10万字をこえていました。1章はいつ終わらせられるんだろう……。




