第1章 強者たちの狂宴 3 地
朝。
目を覚ましたオレの気分は最低だった。
昨夜は祝宴が終わるまでオレは料理を食べまくり、気分が悪くなるまで腹いっぱいにした後で割り当てられた公爵邸の客間で一泊した。
なんだかんだで公爵夫人と話した後は誰とも話していない。……と思う。
誰か話しかけてきた気はするが、気のせいだろう。
珍しいものを腹いっぱい食べて、多少気分が悪くてもオレは満たされまくって幸せな気分で寝たはずだった。
「なんでいるんだよ、コレ」
オレは隅に追いやられて寝ていたベッドから抜け出すと、部屋の隅にあるテーブルの上のハンドベルを鳴らす。
用があるときは鳴らしてくれと言われていたものだ。
少しの間の後、扉がノックされ中年のメイドが顔を出してくれた。
「御用ですか?」
丁寧に一礼してくれる。
記憶にあるメイドだ。オレ、この人にゲンコツくらったことあるな……。
「あの、コレはいったい?」
オレはベッドの上のほとんどを占領して寝ている物体を指した。
「昨夜遅くにご案内しました」
何か問題でも?と言いたげな表情をしている。
「客間は祝宴のお客様で予備を含めて全て埋っておりました。
御師匠様の面倒を見るのは御弟子様の責任と判断してこちらの部屋に通させていただきました」
問答無用で言い切ってくる。
「昨夜は御帰りになられるご予定だったはずですのに、祝宴が終わって忙しく後片付けをしている途中で『残り物を食わせろ酒も出せ』と言い出され始めまして、結局お泊りに……。
その相手をした時点で私どもの許容量は一杯でした。
お部屋もございませんし、後は御弟子様にお任せするのが筋であるというのが私どもメイドの総意でした。
ウルフギャング様はすでにお休みになられてましたが、問題はないだろうと判断させていただきました」
畳み掛ける様に言ってくる。
「何か不都合でもございましたでしょうか?」
ああ、これは怒ってるんだろうな。表情に出てないのは流石だけど、セリフから感情が漏れまくっているよな。
あの規模の祝宴の後で我儘な招かれざる客が増えたら、それは腹が立つことだろう。
そもそも師匠はここで何をやってたんだ?
公爵夫人の言葉を鵜呑みにするなら、セシリーに何かを教えてもらっていたようだけど?
「すみません」
オレは仕方なく謝った。
恥ずかしい。
オレの言葉にメイドは口元だけ歪めて微笑む。勝利を確信した顔だ。
「朝食はお部屋で準備させていただきます。すぐにお持ちしましょうか?」
「お願いします」
とりあえず早めに飯を食って、コレが起きない内に部屋を出てしまおう。
でも朝食の臭いで起きそうな気がするな。
目を覚まさせない手段でもないだろうか?
濡れた布でも顔にのせるか?
そんなことを考えていると、扉がノックされた。
もう朝食の準備をして持ってきてくれたんだろうか?
「はい」
オレが返事をすると扉が開く。
「おはよう」
こんな場所で王国2強が揃うのかよ……。
扉から顔を覗かせたのは、公爵夫人だった。
「メイドからコロちゃんが起きたって聞いて、来ちゃった。朝食を一緒に食べましょう?」
最低だ。
公爵夫人は薄布一枚の寝間着姿だった。
下着が透けている。
これ、絶対わざとだ。
公爵夫人の部屋は客間から離れている。そんな姿で出歩ける距離じゃない。ましてや客間のある区域には他の客が多数いるはずだから、その人たちに目撃される危険もある。
「あら。サイラスはこの部屋で寝てたのね。私の部屋の次の間のソファーで寝ればと言ってあげたのに、逃げちゃったのよね。
コロちゃんと一緒のベッドで寝るなんて悪い熊ね」
そう言いながら、当たり前のように部屋の中に入ってくる。
視覚の暴力。
そうとしか思えない。
扇情的すぎる。
淡い赤の寝間着から透けてみる下着は黒。
公爵様の趣味なのかな?
オレは必死に見ていないフリをする。
師匠が逃げ出したのも当然だよな。
「コロちゃん。ギュってしていいかしら?」
そう言いながら迫ってくる。
その気になれば一瞬でオレを捕獲できるくせに、弄んで楽しむつもりだな。
オレの返事なんて待つ気もなしに、固まっているオレの身体を捕まえようとする。
オレに逃げ場はない。
出口は公爵夫人の背後だ。
逃げ回っても遊ばれるだけなんだよな。
素直に捕まるのも嫌だ。
仕方ない。
オレは背後で寝ているアレに向かって突進した。
そのまま飛び上がると、脇腹めがけて全体重をかけて膝蹴りをする。
「おはようございます!師匠!」
「うぐぅ」
短いうめき声が響いた。
「……っくそ。何しやがる!」
怒号と共に師匠が飛び起きた。
脇腹を思いっきり蹴ったのに流石は師匠、復帰が早い。
「あら。邪魔者を起こすなんて、コロちゃん卑怯になったわね」
公爵夫人は楽しそうに笑った。
「お前かよ。起こすならもっと優しくだな」
「違うわよ、起こしたのはコロちゃん。私なら一撃で仕留めるわよ?でも、あら、私に優しく起こして欲しかったの?」
「コロ、てめぇ」
師匠がオレを睨みつけるが、公爵夫人が笑みと共に手を軽く振るとそれで往なされる。
師匠はバツが悪そうに視線を反らした。
「それで、何の用だよ?」
機嫌が悪そうに、師匠は寝癖がついた頭をボリボリと掻いた。
「あら、貴方に用なんてないわよ。できれば早急に消えていただきたいわ。
私が用があったのはコロちゃんなんだけど、抱きしめようとしたら邪魔者を起こしちゃったのよね。
サイラスと付き合うようになってから悪知恵が働くようになったみたい。悪影響しか与えない人と付きあわせるんじゃなかったわ」
公爵夫人はオレの頭をそっと撫でた。そしてオレの髪を捩じるように弄ぶ。
「コロ、てめぇ。師匠を利用すんなよ。
だいたいお前はオレに対しての敬意がたりねーんだよ。雑用係くらいにしか思ってないだろ?お前は魔女たちに毒され過ぎなんだよ。そのうち痛い目を見るぞ。というか見させる」
「あら、サイラスなんて道具でしょ?昼間も夜も棒を振るしか能が無いんだから」
「おまえ、それ、本気で言ってるだろ!?ひでぇ」
公爵夫人と師匠がじゃれ合うのを眺めていたら、いつの間にかオレは公爵夫人の膝の上にいた。
あれ?マジで?いつの間に?
公爵夫人はいつの間にかベッドの横にソファーを引き寄せ、それに座っていた。そしてその膝の上にオレは座らせられていた。
気が付いたのは、シッポと頭を交互に撫でられてからだ。
本人にすら気付かせないとか、早業過ぎる。
本当にバケモノだろう、この人は。
「それにしてもなんて格好をしてるんだよ、おまえ。コロに何する気だったんだよ?コロは嬢ちゃんのものだろ?変に味見したら一生許してもらえないぞ?それ以前に被害者を増やそうとすんなよ。お前の被害者の会で中隊が作れるくらいになってるんだぞ?もちろんオレが中隊長だけどな。公爵様がちょっと特殊で、全部許してくれるからって奔放過ぎるとそのうちに離縁されるぞ」
「あら、私のことを恨んでるのなんてサイラスぐらいよ。
それに旦那様は普通よ。貴族なんだもの。旦那様だって自由に遊ばれているわ」
「貴族は本当に最低だな」
師匠は小さく息を吐いて頭を抱えた。
「サイラスに言われたくないわ。私に避妊の魔道具を頻繁に借りに来ていたのはどこの誰だったかしら」
「……コロの前でそういうこと言うなよ」
師匠が公爵夫人を睨むが、公爵夫人は気にする様子すらない。
こう見えて師匠がモテるのは公然の秘密だ。ただ、女運だけは壊滅的に悪いみたいだけど。
「言い出したのはサイラスでしょ?それにコロちゃんも成人したんだから、そういうこともちゃんと教えてあげなきゃダメよ?セシリーは貴族の嗜みとして教えて有るけど、相手のあることだしね」
「下手に教えると嬢ちゃんに殺される。
嬢ちゃんはお前にそっくりになってるな。昨日、魔法式のことを教えてもらってたんだが、鬼だぞあれは。お前に剣を教えてもらってたときとそっくりだったわ。自分は飯を食わなくても良い身体だからって、オレにも飯抜きでぶっ続けで作業させるんだぞ?一食抜いて死んだ人間なんていないとか平気で言いやがる」
話しながらも公爵夫人がオレをなでるては止まらない。
朝からなんて話をしてるんだ、この人たちは。
オレは必死に聞いていないフリをする。
逃げ出したいが、公爵夫人の腕ががっしりとオレを抱え込んで抜け出せない。
ノックが響いた。
「どうぞ」
オレの部屋なのに、公爵夫人が答える。
入ってきたのは先ほどのメイドだ。
朝食の載ったワゴンを押している。
朝食はちゃんと3人分あるようだった。
話が途切れて助かった。聞きたくない話を強制的に聞かされるのは勘弁して欲しい。
「朝食にしましょうか」
「そうだな」
オレたちは朝食をとった。
なぜかオレは公爵夫人の膝の上のままだった。
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