第1章 強者たちの狂宴 2 地
祝宴の会場は公爵邸の中だった。
まあ、当たり前か。そこぐらいしか貴族も参加できるような祝宴を開ける場所が無い。
アイツと一緒に忍び込んで、かくれんぼして使用人に怒られたこともある広間の一室だった。
その時とは大きく違い、高い天井には光の魔道具と共に魔法の灯りまで光っていて昼間のように明るくなっていた。
水晶の飾り照明がキラキラと光を反射している。あれ一個で家が買えたりする品物なんだろうな。
さらには、いたるところに花が飾られており華やかさを増している。
今の季節では見れないような花も混ざってるけど……そういや庭園に温室があったな。あそこで育ててていたものだろうか?
そして、巨大なテーブルには豪華な料理が所狭しと並んでいた。
ああ……オレの知らない料理がたくさん混ざってる。
すべてキレイに飾り付けられているけど、見た目だけじゃなくて本当に美味しそうだ。
あれは神々の料理なんだろうな。ただ焼いただけに見えるようなものすら、調理方法が普通と違うぞ。この街では普段見たこともない食材もふんだんにある。菓子類も種類がすごい。
公爵家は昨年新しい料理人を雇ったと聞いたけど、かなり腕がいい人に違いない。
前の料理人とは違う神々の料理の知識を持ってるんだろうな。ここに母さんがいたら大喜びで味見をしまくるにちがいない。
もちろん、オレも可能な限り味を見よう。再現可能かな?
あれほど嫌だった祝宴なのに、その料理の数々を見た途端に嫌な気分は吹っ飛んでいた。
そうか、祝宴だとこういう料理が出てくるのか。
それはすごく嬉しい。
祝宴は礼儀作法に不慣れな者たち……オレみたいなやつらだが……に配慮されて、立食の形式をとると伝えられていた。
大会の参加者のための祝宴なので、今回は礼儀作法など気にせず好きなように食べて飲んでかまわないそうだ。貴族たちも参加するが、それに対しても気を使う必要はないらいしい。
実に公爵様らしい配慮だ。
ただ、羽目を外し過ぎて問題を起こせば、その時点で失格となり広間からも追い出されるので注意するように厳重に言われていた。
酒に酔って無意識に問題を起こした場合も同様に失格となる。
ただ、この広間は解毒の魔法が継続的にかけられる魔道具が設置されており、ほろ酔い以上には酔えない環境に調整されているそうだ。
もっともその魔道具の本来の目的は酔い覚ましなどではなく毒殺防止のためだということを、オレは知っていた。
昔にここに忍び込んだ時にセシリーから聞いたからだ。
祝宴はすでに始まっていた。
見るからに貴族という人たちと、大会の参加者の荒くれ者にしか見えない人たちが混在している。
大会の参加者たちのほとんどは貸衣装を着ているらしく、まったく似合っていない。大きな身体とツノの牛系の獣人などは合うサイズのものが無かったのか、袖なしに改造した服を着ていてやたら目立っている。
魔法師たちは魔法師の正装をしている者も多く混ざっていた。
こんな光景は滅多に見られないだろうな。
「ウルフギャング様。お料理をお取りしましょうか?」
オレがテーブルに並ぶ料理をキョロキョロと見ていたせいか、補佐役の騎士が声をかけてきた。
俺たち大会の参加者には祝宴に不慣れだろうということで1人毎に補助役がついている。
と、いうのはもちろん建前だ。
実質はこの場にいる貴族たちに失礼があったり、危害を与えさせないための監視役だ。
そのため、その役には騎士団の人間が当たっていた。
騎士団の人間のみ、祝宴でも帯剣を許されている。さすがに防具はつけずに騎士団の正装だが、腰に剣をぶら下げていた。俺たちは公爵邸の敷地に入った時点で全ての武器を取り上げられている。
「おねがいします。少量ずつ、種類を多くお願いできますか」
オレの補助役は女騎士だ。
ジル・マッカンという名で、貴族出身の騎士だと言っていた。
どうもオレのことを知っているらしく、なんとなくオレも顔を見た気がする赤毛の人だった。
公爵家の騎士団には貴族出身の人が多くいた。
貴族は爵位を継がせる人材の予備や政略結婚の道具として多くの子供を作る場合が多いらしい。
そのため爵位を継げない子供たちが溢れることになって、子供時代から習っている剣ぐらいしかとりえのないものは騎士団に所属することが多いそうだ。
爵位を継げない子供たちは貴族の姓を名乗ることができるが、そのさらに子供は平民となり姓を名乗ることは許されない。
「ウルフギャング様はお料理をされるんでしたよね」
皿に料理を取ってきてくれたジルさんが話しかけてくる。
「はい」
そう答えながら、オレは皿の上の料理に集中する。
「料理ができる男って良いですよね。私は騎士ですので、家事をしてくれる男に憧れるんです」
これはなんだろう?鳥の煮物ぽいけど使っているのは油だよな?鳥の魔獣の肉か?
でも爬虫類系の風味もあるな?コカトリス?珍しいな。
唐辛子とニンニクの風味がしっかりしてる。揚げるのとは違う調理法?油で煮る感じかな?
「でも私より弱い男って、やっぱり魅力が半減するんですよね。優しいだけの男もダメですよね」
これは初めて見るな。魚ぽい風味があるけど、ぷりぷりした歯ごたえで美味い。野菜と一緒に炒めてちょっと濃い目の餡かけになってる。海の食材かな?
こっちはキッシュだな。中身はキャベツか!珍しいな。
上品に仕上げてある。キャベツを先にスープで軽く煮てあるのか。これはいいな。すぐに真似ができる。
「ウルフギャング様は料理も出来て、精霊様の争奪戦でここまで残られていて素晴らしいです」
これはマリネだな。肉料理の合間に食べて口をスッキリさせるために野菜だけで作ってあるんだな。
酢も良いものを使ってるし、風味付けにオレンジの果汁を使ってるのか。
「見た目も、その、ギュッとしたくなるというか……。私好みです」
このパイ、中身はシチューになってるのか!一口サイズのパイなのにえらく手間がかかってるな。
流石だ。牛系の魔獣の肉をしっかり煮込んである。柔らかいのに味が抜けてないのがいいな。入ってるキノコの歯ごたえも良いし。良い香辛料を使ってるな。嫌味が無い。
「コ……じゃなかった、ウルフギャング様は騎士団の女たちの間でも人気なんですよ。あのことがあってから顔も出されなくなって、お母様の食堂に行ってもお手伝をされてる姿を見かけなくなって、寂しがってたんです」
このミートローフはカレー味。良いよなカレー味。
オレも母さんも師匠もカレーは好きだけど、香辛料が高くてなかなか作れないんだよな。
店に出せるような金額じゃ作れないから個人的に作るだけだけど、それでも年に数回程度だもんな。
「私は貴族の出ですが、爵位も継げませんし扱いとしては平民と変わりありません。ですから身分差も……」
サンドイッチは魚を煮たものを解してマヨネーズで和えたのが挟んであるのか。美味いなこれ。
魚は鱒だな。これならすぐに真似できる。店にも出せるな。玉ねぎを刻んだものを混ぜて有って臭みも感じないしな。
「お久しぶりですわ、ウルフギャング様」
急に声をかけられ、オレは慌ててそちらを見た。
完全に料理を味わうのに没頭していた。
「お……お久しぶりです」
目の前には公爵夫人が立っていた。
「先ほど壇上で挨拶をさせていただいたのですけど、ウルフギャング様は熱心にお料理を食べて聞いておられないようでしたので挨拶に来てしまいましたわ」
変わらず派手な外見の人だ。
敬語で話されるとムズ痒いような、背筋に虫が這いずる様な感覚になる。
公爵夫人がオレに近づくと、目の前に大きな胸が迫ってくる。
「申し訳ありません」
オレは視線を反らす必要を感じたのもあって、頭を下げた。
以前ならここでとんでもない行動をとられるところだが、今日は他人の目があるので大丈夫だろう。
だからこそ、オレのことをいつもの『コロちゃん』と呼ばすに『ウルフギャング様』と呼んで敬語で話しているのだろうしな。
そもそも何かする気があるなら無条件で抱きつかれている。オレはそれを阻止できるほどの技量はない。いつもオレが認識するより先に捕獲されてる。
公爵夫人はいつ見てもすごい迫力のある人だ。
どんな状況でも女王のような雰囲気を纏っていて、気圧される。
元王女で、公爵夫人で、火の神の聖騎士で、国一番の剣士。しかも美人で体形も良い。
この人に勝てる存在はいないだろう。
師匠ですら、色んな意味でボロボロにされてる。
「あら、よろしいのですよ。この祝宴は礼儀作法を気にしないように通達してありましたでしょ。自由にしていただいてもまったくかまいませんわ。
ただ、私が挨拶を聞いていただけないのを寂しく思って来てしまっただけですのよ」
笑顔が怖い。
「料理を気に入っていただけたようで嬉しいですわ。昨年雇い入れた料理人ですのよ。
よろしければ、後日紹介させていただきますわ」
にっこりと公爵夫人は微笑む。
いけない。これは罠だ。
「いえ、結構です」
オレは拒絶する。
うっかり喜んでお願いしたりすると、後日屋敷に引き込まれて遊ばれまくるのが簡単に予測できる。
そんな誘いに乗るわけがない。
そしてそれは、やんわりと断っても同じ状況になる。しっかりとした拒絶が必要だ。
オレは過去から学べないバカじゃない。
「あら、つれないんですね」
持っている扇子で口元を隠しているが、オレには分かる。あの顔は次の罠を考えてる顔だ。
「申し訳ありません」
「今日は着ておられる御召し物も素敵ですから、ぜひゆっくりと見せていただける機会も欲しかったんですのよ。残念ですわ」
いや、その御召し物とやらは貴方が選んで送ってよこしたもんじゃないか。
なるほど、オレにファッションショーをさせる機会も狙っていたのか。
オレが着ているのは公爵と公爵夫人から贈られた服だ。
タキシードと言われる神々が伝えた形式の服の一つで、公式な場で着るものらしい。
着付けをしてくれたメイドが教えてくれた。
この祝宴会場の中にいる貴族にもちらほらと同じ様な服を着ている人の姿が見えた。
オレの着ているタキシードはオレのシッポの色と同じ青みがかった灰色。
あえて色を合わせたんだろう。長く会っていなかったのにまったく同じ色が選ばれているのが流石と言うかなんというか……。
そういや、服のサイズもピッタリだったんだよな。
どうやって測ったんだろう?
ズボンのシッポを通す穴も絶妙な位置に絶妙な大きさで空いていたし、この服のことを考え出すと色々怖いよな。
この衣装のお礼をしておくべきかとも思ったが、この場ではまずいだろうな。
他の貴族や参加者の目と耳がある。
公爵夫人とオレが個人的に濃い付き合いがあると知られると、後々まずいかもしれない。
杞憂かもしれないが、公爵夫人の言葉も色々遠回しな感じだからやめておいた方がいいだろう。
「ありがとうございます」
結局オレは面倒になって、主語無しで一番色々な意味に取れそうな感謝の言葉を返した。
「私の娘もきっと見たかったと思うのですけどね、ほんとうに残念ですわ」
「そういえば、精霊様はどこに?」
セシリーのことを引き合いに出すとはズルい。このままだと無理やり約束されそうだ。少し話題をずらそう。
「残念ながら、祝宴には参加されませんわ。参加者と個人的に会えないお約束になってますからね。
決め事を破るような真似はされませんのよ」
あきらかに、オレとセシリーが会ったことを知ってるな。
こういう腹芸みたいな会話は苦手なんだよな。
「私の娘の方は、今は別室で人と会っておりますわ。
熊の魔獣みたいな大きな元公爵家の騎士団長になにやら指導しているそうです」
「はあ、そうですか」
師匠相手に何をやっているんだろう?指導?セシリーが師匠に?
それにしても公爵夫人は精霊様と娘のセシリーを別人のように語っているけど、何か意味があるのだろうか?
その二人が同一人物だということは街中で噂になっているし、誰でも知ってることだと思うんだけどな。
「そろそろ他の参加者の方々にもご挨拶をしないといけないようですわ。失礼しますね」
公爵夫人はオレに一礼すると立ち去る。
オレはホッと胸をなでおろす。もっと猛烈に攻めてこられるかと思ったが、意外だ。やはり公爵夫人でも場はわきまえられるんだろう。
周りを見渡すとそれなりに盛り上がっているようだ。
どうも貴族たちの方から参加者へ話しかけているのが多そうな気がする。
見るからに強そうな剣士や魔法師の正装をしている連中が人気の様なので、仕官の話でもしているのかな?
人昇精霊のパートナーになれば貴族に仕えることはできなくなるが、それ以外は別だ。
むしろ優勝よりも健闘して貴族の目に留まって出世するのを目的で参加したものもいるだろう。
だけど、オレの周りには誰も寄ってこない。
公爵夫人が一番最初に挨拶に来たから、すでに公爵夫人がツバをつけていると判断されたのかな?
まあ、オレの年齢と見た目で強い人間を集めている連中には興味をもたれないだけかもしれないけど。
ありがたいことだ。
料理をゆっくりと楽しめる。
面倒な逃げ出したい場だと思ってたけど、こういう状態なら許容範囲だ。窮屈な服を着る値打ちもある。
オレは再び料理に集中することにした。
読んでいただきありがとうございます。
コロが食べていた料理は、コカトリスの肉のアヒージョ、小型クラーケンの肉入り八宝菜、キャベツのキッシュ、野菜のマリネ、シチューのパイ包み、カレー味のミートローフ、鱒の偽シーチキンを使ったツナサンドです。




