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第1章 強者たちの狂宴 1 地

 オレは窮地に立たされていた。


 今日の試合で肩を斬られたなんてこととは比べ物にならない。

 こうなるのは分かってたはずなのに、何の対策すら立ててなかった。

 対策を立てようとしたものの、思いつかなかった。

 逃げ出したい衝動に心が埋め尽くされている。


 「聞いてますかー?」


 神殿の魔法師が声をかけてくる。

 大会の運営をしている人たちの1人で、若い女性だ。

 なにやら疲れている様子で、イラだっている感じがする。


 仕方なくオレは頷く。

 今日の試合が全て終わり、タグに次の試合の予定を記録するついでに今夜の予定を説明されているところだった。


 「上位16人になったので、予定通り今夜行われる祝宴に出席していただきます。

 祝宴の会場のある場所まで移動していただき、そこで身を清めていただきます。その後に祝宴用の服装に着替えていただきます。

 服装は特に指定はありませんが、貴族の方々も多く参加されますので清潔なものでお願いします。

 祝宴に見合う服をお持ちでない場合はこちらが貸衣装を準備しておりますのでご安心ください」


 祝宴……逃げたらダメだろうか……。


 「なお、この祝宴も参加条件の一つとなっています。参加されなかった場合は失格となりますのでご注意ください」


 オレの心の中を見透かしたみたいに魔法師が言い切った。

 やっぱり逃げられないのか。


 「それから明日は試合はありませんが、朝に上位16人の紹介が行われます。壇上で一言挨拶をしていただきますので考えておいてくださいね。もちろん、これも参加されなかった場合は失格となります」


 さらに魔法師が追い打ちをかける。

 嫌だとは言わせてもらえない雰囲気だ。

 

 しつこく『参加されなかった場合は失格となります』と言うのは、きっとオレより先に説明した連中に参加せずに済まそうと交渉したやつが何人かいたんだろう。

 剣士だのなんだのという連中はだいたいそういうのが嫌いだ。

 だから、彼女は疲れてイラだっているのか。


 「18時……夕刻の鐘と同時に会場の建物まで馬車を出します。それまでに関係者用の通用門の前にお集まりください。

 説明は以上です。なにか質問は?」


 「……いいえ」


 オレはあきらめて返事をした。


 本当にどうしよう?

 本気で出たくない。


 ちなみに今夜祝宴に出たらそのまま会場となっている建物で宿泊することになるそうだ。

 つまり、祝宴に出てしまえば明日の壇上の挨拶も逃げられなくなる。

 本当に対抗策はないんだろうか?


 とりあえず時間があるため気分転換を兼ねて一度家に帰って壊れた防具の予備を取ってこようと思ったが、出口の前に見たことがある人が立っていた。


 「ウルフギャング様。お久しぶりでございます。公爵家執事長セバスチャンでございます」


 実に洗練されたキレイな礼をして見せた。


 執事服を着た初老の男性で、髪は見事な白髪をスッキリと整髪剤で撫で付けてある。

 このセバスチャンさんは代々執事をしている一族の出身で、その一族全てが『セバスチャン』の名を名乗っているらしい。

 貴族ではないため姓が無く、しかし同じ執事一族の出身であることを証明したいがために名前を全てセバスチャンにするという、苦肉の策というか暴挙に出た結果だそうだ。

 王都にいる執事の5割はセバスチャンで、一流の執事と言えばセバスチャンだと師匠が話していたことがある。


 もちろんオレが知っているセバスチャンさんはこの人だけなのでオレに不都合はないが、王都では困ることはないんだろうか?


 「こちらこそお久しぶりです、セバスチャンさん。今日はどうされましたか?」


 オレはこの人が好きだ。ある意味事務的な対応しかしない人なんだが、すべての人に平等に接して誰も不快にしない。俺みたいな平民でも見下さずに礼を尽くしてくれるし、オレの身体を安易に触ろうとしない。


 「ウルフギャング様。お時間をいただけますでしょうか?」


 そう言って、セバスチャンさんは円形闘技場の中の一室にオレを案内した。


 「今日は公爵様の命でまいりました。公爵様より贈り物がございます」


 部屋に入って扉を閉め、オレがすすめられた椅子に座ると同時にそう言うと、セバスチャンさんの傍らに立つメイドに目配せをした。メイドは過剰にならない程度に頭を下げ木箱をオレに向かって差し出した。


 「今日の祝宴のための衣裳でございます。どうかお受け取りを」


 衣装?服?

 オレは混乱して少しの間固まる。固まってしまったオレにセバスチャンさんとメイドはそのままの姿勢で待ち続ける。受け取るまでこのまま待つつもりなんだろう。


 「ここだけの話なのですが」


 セバスチャンさんが受け取らないオレにしびれを切らしたのか、優しく微笑みながら口を開いた。


 「公爵夫人ヘンリエッタ・クッコロ・ケルピー様が自ら仕立て屋を呼び寄せ、デザインを指示し、生地も選ばれた品でございます。受け取って今日の祝宴で着ていただかないとウルフギャング様にとっても大変困ったことになるのではないかと思われます」

 「え?」

 公爵夫人様の仕込みか。そうなると、受け取らないと本当に面倒なことになりそうだ。


 セバスチャンさんの言葉は脅しのようで脅しじゃない。()()()()()()()()()()()のことしか起こらないのだから。

 ただ、それが本当に大変困ることだろうから困る。


 いや、受け取っても面倒なことになるのは目に見えてるんだけども。

 他の貴族も集まる祝宴の場だからいきなり非常識な行動をとったりはされないだろうけど、それでも色々と目に浮かぶ。


 ……祝宴のための服が必要なのは間違いない。これを受け取らなかったとしても、結局は貸衣装を借りるしかないだろう。オレは貴族が参加する祝宴なんて場に着て行けるような服は持ってない。


 「……ありがとうございます」


 そう言って、覚悟を決めてオレは受け取った。


 「セバスチャンさん。オレは礼儀知らずでこういう場合はどう言ったらいいのか分からないので、セバスチャンさんが適正だと思われる言葉で公爵様と公爵夫人様にお礼を伝えてもらえませんか?」


 「承知いたしました。必ずお伝えします」


 「それと……これを言うと非礼になるのでしょうが、ただの平民のオレにはこういったことをしていただいても恩を返す手段も機会もありません。

 でもオレが拒否しても、公爵夫人様はきっと言うことを聞いていただけないでしょうし、その、今後同様のことがあったらセバスチャンさんの方で上手く釘を刺して止めていただくことはできませんか?」


 オレの言葉にセバスチャンさんは少し間を置き、それは見事な所作で優雅に頭を下げる。


 「申し訳ございません。それはもう手遅れでございます。

 すでに優勝の祝宴、精霊様のパートナーになられた後のお披露目と祝宴、その後のご出立の壮行会、王城でのお披露目と祝宴までの衣装の準備を終えておられています。

 お祝いの武器や武具も準備しようとされておられましたが、そちらはウルフギャング様のご意見無しに決められることではないので断念されました」


 はあ?

 オレはまた一瞬思考停止に陥って固まってしまう。


 あの公爵夫人様ならやりそうなことだけど、予想のさらに上を行っていた。

 どれだけ先の準備までしてるんだ?

 というか、全部別の衣装を準備してるのか?今受け取った一着でいいじゃん?まったく貴族ってやつは!


 「先の準備をされているということは、それだけウルフギャング様を信じておられるということです。それは許可を出された公爵様も同じです。

 我が主人のその思い、甘んじて受けていただけませんか?」


 セバスチャンさんはそう、言葉をつづけた。


 確かにそうだな。それだけオレを信じてくれているんだろう。オレが優勝し、オレがあいつのパートナーになることを信じてくれている。

 それだけ信じてくれている相手がしてくれることなら、オレは受け入れるべきなのかもしれない。


 ……なんだかセバスチャンさんの詭弁に騙されてるような気もしないでもないけど。


 「わかりました。すでに準備されていることについては、無駄にしても申し訳ないのでありがたく受け取らせていただきます。

 ただ、これ以上のことはやめて欲しいと伝えていただけますか」


 さすがにそれ以上のことをされるとオレの精神が持たない。


 「承知いたしました」


 今夜の祝宴には公爵家主催なので当然公爵夫人も主席する。

 オレ自身でも釘を刺しておこう。

 祝宴なんて場違いなところでオレにそんな余裕があるかなんてわからないけど、止められる機会があるなら利用しておかないといけない。

 それに目的を持って行動していれば苦手なだけの祝宴も耐えれるかもしれない。


 本当に憂鬱だ。

 逃げられないだろうか?

読んでいただきありがとうございます。

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