第1章 暗躍の人々 7 天
「私がやります!」
コロが治癒室に運ばれ、治癒魔法をかけられる寸前で私は声を上げた。
治癒の手順が雑だったんだもの。
異物排除や傷口の清浄化すらしてないじゃない。すぐに治さなきゃ死に至る状況ならしかたないけど、野戦病院じゃないんだから丁寧にやって欲しい。
コロに魔法をかけようとしていた治癒魔法師は詠唱を中断して私を見る。
そして私に丁寧な礼をして私に場所を譲った。
「ボロボロじゃない」
私はコロの頭をなでる。
血まみれで土がついてしまったために、泥団子のようになっているコロの髪。こんなになるまで頑張ってくれたんだな。
「……せしりー……手が汚れる……」
コロのかすれた声が聞こえた。
そんなこと気にしてる状況じゃないでしょう……。
どんだけお人よしなんだか。
ベッドの上でも変わらず亀のようにうつ伏せで丸くなって耐えているコロが、そんな状況でも私の声を聴き分けてくれたことについ笑みが漏れる。
ボロボロの割にはけっこう余裕あるじゃない。
「すいません。少し特殊な詠唱しますので聞かれたくないんです。人払いをさせていただけますか?」
「はい」
適当なことを言って人払いをする。
なによ特殊な詠唱って。さっきまで無詠唱で大ケガを治しまくってたのに。我ながら言い訳が適当過ぎるわね。
治癒魔法師たちやその補助の人たちは精霊様が言うことに疑問を挟む余地すらないのだろう、素直に治癒室の外に出て行った。
「……嘘だよーっと」
私は全員が出て行ったのを確認すると小さく呟く。
「魔力切れを起こしてるわね。たいした魔力量もないのにあんな無茶するから。
気絶してないのが不思議だわ。傷はまあ、死ぬほどじゃないし、体力も十分あるみたいだから、先に魔力回復かけるわよ」
そう言うと、今まで股の間に挟まって微動だにしなかったコロのシッポがピクリと動いたと思ったら、弱々しくも左右に揺れ始めた。
ホント、余裕あるじゃない。
「魔力回復」
適当に詠唱破棄して魔力回復の魔法を使う。
少しだけコロの身体が光り、それと同時しっかりと亀になっていたコロの身体の緊張も解けていくのを感じる。
コロの魔力量はそんなに多くない。私の魔法だとほとんど一瞬で全回復できてしまう。
魔力回復は魔法には違いないんだけど、実際は魔力譲渡だからお互いの魔力量の差で効果が違うんだよね。
「はい、全回復。
これで楽になったでしょ?とりあえず、その亀みたいな格好をやめて仰向けに寝てくれるかしら?」
コロを仰向けに寝させると。
あれ?
え?なに??
コロ笑ってる。
コロは私の顔を見ると同時に、微笑んでくれた。
「ホント、無茶するわね」
私はコロの額に触れるふりをして、コロの視界をふさぐ。
今絶対に私の顔は赤くなってる。見られたくない。恥ずかしいじゃない!
なんでこんな不意打ちで笑顔をむけてくるんだろ?
苦痛から解き放たれて気が緩んだ?いや、コロは気が緩んだくらいじゃ笑顔をみせるようなタイプじゃないじゃない。精神的におかしくなってる?いやいや、状態異常の症状はない。戦いの後で興奮状態になってるとか??
大の字に寝転がったコロの足の間では全力でシッポが揺れていた。
「……相手は?」
コロはかすれた声で尋ねてくる。かなり嘔吐してたみたいだから、胃液で喉が焼けちゃったかな?
「獅子の人はもう治療したわよ。
喉を掻き斬られて腕を切り落とされてたから即対応しないとまずかったしね。試合終了と同時にね」
私の声、動揺してないよね?
コロにも治癒魔法をかけてあげなきゃいけないんだけど、ちょっと待って、気を落ち着かせるから。
私はコロに気付かれないように小さく息を吐いて呼吸を整える。
よし!だいじょうぶ。たぶん。
「防具をバラしてシャツも切っちゃうけどいいよね?
そのままでも治療できるけど、異物が中に残っちゃう可能性があるから余裕があるなら邪魔なものは全部外しちゃいたいの」
そう言いながら、手を触れる部分を清浄化しつつコロの防具を外していく。
昔よくお互いの防具をつけ合ったり外し合ったりしたなー。
防具は肩当ての部分は完全に引き裂かれていて、胸当ても大きく裂けていた。
胸まで傷が届いてなくてよかった。ほんの少しの差で致命傷にはならなかったみたい。
この防具はもう使えないだろうな。
かなり使い込まれていて大事にしていた感じがあるのに。
修復系の魔法が使える状況なら直してあげられるのに、今の私は使えないからなー。
中に着ていたシャツもボロボロだった。
切るのにハサミが必要かとも思ったけど、裂け目ができていたおかげで簡単に引き裂いて破ることができた。
肩の傷は見事なくらい大きく裂けていた。
治癒魔法師が治癒室に運ぶときに止血だけはしたらしく、出血は止まっている。
傷口を清浄化して中に入り込んだ砂を取り除く。
あの治療魔法師、よくこの状態で治癒魔法をかけようとしたなー。
ひょっとして円形闘技場に常任されている治癒魔法師なのかな?戦闘奴隷ばかり相手をしていて雑な作業が日常になってるのかな?
「さて。治癒」
と、いいつつ並行処理でコロの全身と血まみれのベッド全体にも清浄化もかける。
「終了!」
終わってみると上半身裸のコロが目の前にいるわけで、なんか照れくさくなってコロの傷があった方の肩を思いっきり叩いてしまった。
微笑んでいたコロが少し眉を寄せ、いつもの表情に戻る。
コロは上身を起こして指先から順に身体の動きを確かめた。
「すごいな」
「そりゃね、精霊様ですから」
でも、今の私にできることは少ない。それが神々の決めたルールとはいえ、歯がゆさがあるんだよね。
それに治癒魔法と結界魔法すら大会の期間限定。
大会が終われば制限がかけられてしまう。
「この大会の期間限定だけどね。これが終わったらしばらくの間はここまでの治癒魔法は使えないからねー。出し惜しみなしで使わないと」
それくらいしかできないからね。
コロがボロボロになるまで戦ってくれてるのに、私には何もできない。
私はベッドの隅にまとめて置いた引き裂かれた防具に目を向ける。
少し状況が違えばこのもう使えなくなった防具のように、コロの身体が大きく引き裂かれていたかもしれない。
治癒魔法なんて、コロが頑張ってくれた後のちょっとした事後処理でしかない。積極的にコロをパートナーにするために手を出したいのに、それをする手段は制限されてる。
「この大会で出る人たちは私のために戦ってるんだから、そもそも出し惜しみなんて出来る立場じゃないんだけどね」
『コロは私のために』と、本当は言いたかった。
そう言いたかったけど、言うわけにはいかない。
人払いはしたけど、どこで誰が聞いているか分からない。
今の会話ですら聞かれたらギリギリだろう。複数の人間に適応される防音系の魔法は今は使えないしね。
今の私は常に注目されている。それが尊敬の念から来るものであっても、行動を規制されていることには違いはない。
そっと、私はコロの髪に触れる。
私より小さな身体で、自分の倍以上ある様な獣人たちにも立ち向かって行ってくれるコロ。
4年前にした約束のために。
私が今、できることが少なすぎる。
「オレはオレのために戦ってるぞ」
その声は、少し苛立ちを含んでいた。
不機嫌な顔で私を真っ直ぐに見ている。
この意地っ張り。
4年前もそうだった。
私が人昇精霊になると決めた時に、コロは『オレ自身がやりたいから』と言って私をパートナーにする約束をした。私のためになんて絶対に言ってくれなかった。
私が重荷に感じないように言ってくれてるんだろうけど、逆に重いって。
そういう不器用な気の使い方がコロらしい。
「そうよね。そうだったね。コロから言い出したことだもんね」
コロの髪をグシャグシャと混ぜる様に撫でる。
時には『お前のために』とか少しくらい言ってくれてもいいんじゃない?そういう言葉が欲しいときもあるんだよ?
私はコロの頭を軽く叩いた。
不器用で、不機嫌顔で、意地っ張り。
それがコロだわ。
微笑んでくれるコロなんてコロらしくない。
今みたいにシッポをブンブン振りながら不機嫌顔してる方がコロらしい。
「さて、そろそろ治癒魔法師たちを中に入れないといけないよね。もうちょっとゆっくりしたかったけど」
領域検索するまでもなく、外に出て行った治癒魔法師たちはドアの前で中の様子をうかがっているだろう。
「そうだな」
コロも頷いたけど、今まで元気に動いていたシッポがくたんと垂れる。
私は気合を入れる意味でコロの背中を叩いた。
意外なほど良い音がした。
読んでいただきありがとうございます。




