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第1章 暗躍の人々 5 地

 「ぐっ……」


 吐いた息が熱い。

 肺の中の空気を全て吐き出してしまったらしい。だが、息が吸えない。


 痛ぇ。


 ぐっと、歯を食いしばると、代わりに身体の力が抜けるのを感じ、やっと息が吸えた。

 一瞬飛びそうになった意識が戻ってくる。なんとか繋がった。


 6日目。オレの3回戦。


 オレはこの大会で初めてケガを負った。


 左肩だ。左手、指は動く。

 腕は、上がらない。

 かなり深く切り裂かれたらしい。


 オレは右手に握るナタで目の前の相手をけん制しつつ、腕の動きを確かめる。転がされずに済んだのは助かった。おかげでトドメを刺されないように動けたようだ。


 意識が飛びかけてたのでどう動いたのかは分からないが、訓練通りに身体が動いてくれたみたいだ。厳しい訓練に感謝。

 間合いは十分に取れてるし、姿勢も問題ない。


 オレは極端にスピード重視の戦い方をする。

 オレの身長や体重の軽さだとそれが利点になるからだ。


 そのため防具も軽量で薄い。

 視界の邪魔になる兜も被ってないし、動きの邪魔になる盾も持ってない。


 相手の攻撃が当たればこうなるのは覚悟していた。

 覚悟していてもやはりケガはつらい。


 肩から流れる血が腹のあたりまで伝ってきている。

 ケガをしてまだそれほど時間が経ってないのに出血がひどいな。短時間しか持ちそうにない。

 なぜか痛みは感じない。

 その代わり、焼けるような熱さを感じる。


 目の前にいる対戦相手は獣人。


 黒い毛で覆われているが、見た目は獅子だ。黒獅子とでも言うのだろうか?

 身体も巨大で、オレとは倍以上身長と横幅が違う。


 試合が始まった時は黒獅子獣人は長剣(ロングソード)を持っていた。

 数回打ち合い、そして剣を合わせた瞬間に相手の力が抜けたと思ったら、オレは剣を合わせた勢いのまま相手の懐に飛び込んでしまっていた。


 瞬時に黒獅子獣人が自ら剣を捨てたのを理解できたが、勢いが殺しきれない。

 身長差のために飛び掛かるようにして打ち込んでいたからだ。


 オレは黒獅子獣人の身体を蹴り、なんとか反転して間合いを取り直そうとしたが、その時に肩を切り裂かれた。


 黒獅子獣人の腕の位置は把握していた。

 爪が来るのも見えていた。

 ただ、完全に見極めを誤っていた。


 オレが当たるはずがないと思っていた爪がオレの肩を切り裂いたのだ。


 「ぐるるるう……」


 黒獅子獣人の喉が鳴る。

 それだけでオレを殺せそうな目で睨んでくる。

 黄金色の縦長の瞳に、オレは恐怖を感じた。

 爪をオレの方に突き出し、今にも飛び掛かりそうな姿勢を保っている。


 あの爪はやっかいだな。


 今見ている限り、黒獅子獣人の爪はそれはど長くない。あれじゃオレの肩を切り裂くだけの長さは無いだろう。

 オレの肩を切り裂いた爪。

 魔法。

 だろうな。


 魔法をまとった爪で、オレを切り裂いたんだろう。

 長剣(ロングソード)を最初に使っていたのすら、そのための罠だったのかもしれない。


 オレは小さく長く息を吸う。


 一瞬と言ってもいい短い時間だったが、息は整った。

 しかし腕も動かず出血も酷い。


 だが、攻めるしかないか。


 まあ、元々オレには素早く攻める以外に相手を潰す手段はないんだけどな。

 もう後がない。次で攻めきれなかったら終わりだろう。


 右手一本でナタを切りつけても黒獅子獣人に深手は負わせられないだろう。片手ではオレの斬撃は軽すぎるし、黒獅子獣人は頑丈過ぎる。


 一瞬の間が怖いが、黒獅子獣人の真似をするか。

 オレは大地を蹴った。


 同時に黒獅子獣人も動く。

 一気に間合いが詰まる。

 オレは黒獅子獣人めがけてナタを振るう。


 黒獅子獣人が笑った気がした。


 ナタと、オレの身体が吹っ飛ぶ。

 オレの視界の端で黒獅子獣人の爪が光っていた。

 緑色の水晶のような透明の爪。魔法の爪だな。

 ナイフほどの長さがあるそれは、5本。

 凶悪な鋭さを自慢げに見せている。


 吹っ飛びながら身体を丸め反転しつつ、オレはナタを放し腰のナイフを抜いていた。


 オレのケガは増えていない。

 吹っ飛ばされるのは予定通りだ。というか、ほとんど俺自身で飛んだようなもんだ。


 黒獅子獣人の爪がオレの振るったナタを払いのけるのに合わせて飛んでいた。

 黒獅子獣人と同じく、ナタを捨てる前提で動いていた。

 片腕が動かないため、バランスを取るのに全力でシッポを使う。

 反動で、視界をうめるようにオレの肩からこぼれた血しぶきが飛んでいく。


 地に足がつくと同時に蹴り、右手にしっかりと握ったナイフをかまえ転がるように再び黒獅子獣人の懐に飛び込む。


 オレのはるか上から黒獅子獣人の魔法の爪が振り下ろされた。


 オレはナイフを振る。


 「ぐああああああ!」


 叫びとも遠吠えともつかない声が響いた。


 目の前に黒い塊が落ちてくる。

 緑色の水晶の爪が生えた塊。


 黒獅子獣人の手首だ。

 水晶のような爪は地面に転がると同時に掻き消え、獣人の自前の爪のみが残った。

 それを確認してオレはその場から距離を取った。

 足がもつれる。頭が痛い。


 なんとか数メートル離れたところで、何か重いものが落ちるような音が響いた。


 「勝者!赤!」


 オレの勝利が宣言された。

 歓声が響いた。


 勝ったか。


 そう意識した途端、オレは肩の痛みを認識した。

 張りつめた気持ちが痛みを押さえていてくれたらしい。焼けるような痛み。刺すような痛み。

 気持ち悪さが腹の奥からこみ上げてくる。


 頭が痛い。身体が重い。寒い。足がもつれる。


 気付いたら、地面に膝をつき、裂けた左肩を右手で押さえ、身体を投げ出すようにしながら嘔吐していた。

 土まみれの胃液がオレの顔を汚している。


 ボロボロだな。

 まあ、なんとか勝てたから良いか……。


 「だいじょうぶか?君?」


 声がかかる。

 この状況を大丈夫だと思えるヤツは目が腐ってると思う。

 オレは押し寄せる不調に耐えるために堅く身体を丸める。


 「担架に載せるからね、身体を持ち上げるよ。痛かったら言うんだよ」


 いつの間にかオレの周りに人が集まっているらしい。四方からオレの身体の下に手が差し込まれ、持ち上げられる。

 うつぶせで身体を丸めた状態で担架に載せられ、オレは運ばれていった。


 「治癒魔法をかけます!」


 どこまで運ばれたかわからないが、しばらくして声がかかった。

 女性の声だった。

 目を開けて周りを見る余裕なんてないが、周囲に複数の人間がいるらしいのはわかる。

 下が柔らかい気がするので、ベッドの上にでも降ろされたのだろう。ブーツ履いたままだけどいいんだろうか?血まみれだから今更か。


 「私がやります!」


 魔法の詠唱が始まったと思ったら、別の声がかかった。

 ああ……聞きなれた声だ。


 「ボロボロじゃない」


 温かい手がオレの頭をなでる。

 それだけで、少し楽になった気がした。


 「……せしりー……手が汚れる……」


 血だらけだろうし、嘔吐もしまくったからな。


 「すいません。少し特殊な詠唱しますので聞かれたくないんです。人払いをさせていただけますか?」


 「はい」


 その声とともに、人が外に出て行く気配がする。ドアの閉まる音がして周囲が静かになった。


 「……嘘だよーっと」


 悪戯っぽく笑うのが聞こえた。


 「魔力切れを起こしてるわね。たいした魔力量もないのにあんな無茶するから。

 気絶してないのが不思議だわ。傷はまあ、死ぬほどじゃないし、体力も十分あるみたいだから、先に魔力回復かけるわよ」


 冷静にオレの状態を分析してるな。

 オレのことを心配して泣き叫んだり、血まみれな事に怯えたりしないのかよ。相変わらず可愛げがない。


 「魔力回復(マナヒール)


 その言葉と同時に、身体が暖かくなるのを感じる。

 身体から……首筋の奥から何かが湧きだすように感じ、一気に楽になった。

 これが魔力回復か。初めての経験だな。


 「はい、全回復。

 これで楽になったでしょ?とりあえず、その亀みたいな格好をやめて仰向けに寝てくれるかしら?」


 まだ肩の痛みが無くなったわけでも腕が動くわけでもないので、もぞもぞと芋虫みたいに身体を動かして仰向けになる。

 あんなに重く動かなかった身体がなんとか動くようになっている。


 仰向けになると、ああ、やっと顔を見れた。


 「ホント、無茶するわね」


 オレの額にセシリーが触れる。


 「……相手は?」


 言葉を発する度に喉がわずかに痛む。吐きまくっていたみたいだから、胃液で喉が焼けてるのか?

 肩の痛みに比べたら痛みとも言えないわずかなものだけど。


 「獅子の人はもう治療したわよ。

 喉を掻き斬られて腕を切り落とされてたから即対応しないとまずかったしね。勝敗が分かると同時にね」


 首を斬り落とすつもりでやったんだが、喉だけで済んだのか。本当に硬いな、あの黒獅子獣人。


 殺さずに済んだか……。

 師匠の言う『初体験(はじめて)』はまだ先だな。

 よかった。


 「防具をバラしてシャツも切っちゃうけどいいよね?

 そのままでも治療できるけど、異物が中に残っちゃう可能性があるから余裕があるなら邪魔なものは全部外しちゃいたいの」


 そう言いながら、セシリーは返事を待たずにオレの防具を外し始めた。

 オレは防具が外されるときにどうしても身体が動くため、襲ってくる痛みに悶える。

 セシリーは容赦なく……というか、どう見てもコイツ楽しんでるよな?


 時々セシリーの手元が光る。

 その度に血や土や吐瀉物で汚れていたオレの身体がキレイになって行く。

 清浄化(クリーニング)の魔法かな?汚れとそうじゃないものをどうやって識別してるんだろう?


 「さて。治癒(ヒール)


 セシリーが小さく呟くと、オレの身体が淡く発光する。

 ただそれだけなのに、痛みが消えた。


 「終了!」


 バシッ!とセシリーがオレの左肩を叩いた。

 ケガ人には優しくしろよ。もうケガ人じゃないけど。


 オレは上半身を起こすと、寝かされていたベッドに腰掛ける。

 左腕を動かしてみる。

 肩、腕、肘、手首、掌、指。全部動きも感覚も問題ない。

 あの状態からこんなに完全に元に戻るものなのか。ケガ負う前の感覚そのままだ。

 体調も良い。


 直前まで身体を丸めないと耐えられないくらいの辛さがあったなんて嘘みたいだ。

 汚れまくっていた身体も清潔そのものだ。そういえば、ベッドのシーツにも一滴の血もついていない。


 「すごいな」


 「そりゃね、精霊様ですから」


 オレの素直な感想に、セシリーは胸を張った。

 胸は、公爵夫人レベルになるにはまだまだまだ時間がかかるようだ。


 「この大会の期間限定だけどね。これが終わったらしばらくの間はここまでの治癒魔法は使えないからねー。出し惜しみなしで使わないと」


 人昇精霊(エフォーディア)の魔法は強力過ぎるために、様々な制限を神々から施されているらしい。

 その最たるものがパートナーの強さに合わせた制限だ。


 強すぎる力でパートナーとのバランスが崩れないように、人昇精霊(エフォーディア)にも制限をかけて調整されるらしい。

 ただ、パートナー選びの大会の間だけは、パートナー選びで発生したケガ人を癒すためにその制限は無くされ、最大限の治癒魔法を使えると聞いていた。


 「この大会で出る人たちは私のために戦ってるんだから、そもそも出し惜しみなんて出来る立場じゃないんだけどね」


 セシリーはオレの頭をなでながら、笑った。


 『私のため』。コイツはこの大会をどんな風に見ているんだろう?

 参加者は自分たちの欲望のために戦ってるんだから、セシリー自身が何かを背負うことはないのに。

 ケガをしようが、死のうが、それはコイツには関係ないことだ。


 「オレはオレのために戦ってるぞ」


 オレは言う。

 それは本心だ。

 オレが手に入れたいもののために、俺自身が決めて戦っている。

 

 「そうよね。そうだったね。コロから言い出したことだもんね」


 撫でる手を強め、オレの髪をかき混ぜるように動かした。挙句にオレの頭を叩いた。

 ちょっと痛い。

 なんだよその反応は。

 まあ、しおらしい反応はコイツには似合わないけど。


 「さて、そろそろ治癒魔法師たちを中に入れないといけないよね。もうちょっとゆっくりしたかったけど」


 「そうだな」


 最後にセシリーはオレの背中を思いっきり叩いた。

 

読んでいただきありがとうございます。

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