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第1章 暗躍の人々 3 地

 そっと、背後からオレの傍らに手が伸びてくる。

 オレは気が付いてないフリをしてタイミングを計る。

 手が一番近くまで来た瞬間を狙って、オレは()()()()を振り下ろした。


 「痛っ!!あつ!熱い!おまえソレ、油に使ってたやつだろ!!!」


 後ろで師匠が騒いでいるが、オレは無視して作業を進める。


 結局、師匠はオレが円形闘技場から解放されるまでオレと一緒にいた。


 オレの控室までついてきて、オレの弁当を3分の2ほど食べた挙句に足りないからと参加者向けに販売されている弁当を買いに行かせ、それも食い尽くすと参加者に解放されている中庭にオレを引っ張り出して、腹ごなしの運動にと簡単な稽古までさせた。


 オレ、試合で疲れてたのにな。


 そして、円形闘技場から解放されてもオレの家までついて来て『おまえの作る飯が食いたい』などと恋人同士の告白かよと言いたくなる台詞をサラッと吐いてくれた。

 しかも細かく料理の指定までしてきた。


 オレ、試合で疲れてるのにな。


 またそっと手が伸びてくる。

 懲りないのか、それとも待ってるのが暇でふざけているのか。


 「まだこれから二度揚げするんですから美味くないですよ」


 そう言うとつまみ食いをしようとしていた手が引っ込んだ。


 「まだ揚げるのかよ」


 不満そうに師匠が言っているが、手間のかかる料理を指定したのは師匠だろ。


 作っているのは『チキンナンバン』。


 行商人がこの街に伝えた料理で、大元は神々の料理らしい。

 名前がいかにも神々の言葉ぽいので伝えられた名前のままで呼ばれている。

 手順はカラアゲと同じようなものだが、揚げた後にも味付けをするのでさらに手間がかかる。


 貴族や豪商相手ならともかく、普通の平民相手の食堂では出しているところはない。

 出すには手間と値段と客たちの懐具合の折り合いがつかないからだ。


 そもそも普通の揚げ物ですら、火の魔道具がある食堂でないと作るのは難しい。

 揚げ物は火の調整が重要なので薪の火では安定して作れない。


 母さんの店は火の魔道具を師匠が設置してくれ、魔石や一部の材料もオレが捕ってくるので、揚げ物でもそれだけ安価で提供できる。そのおかげもあり母さんの店は繁盛していた。


 しかし、そんな母さんの店でもチキンナンバンは出していない。


 オレの家なら食堂をやっているから常に材料もあり、厨房も食堂側とは別に自宅のがある。

 作れる環境はそろっているし、作れる料理人……つまりオレの確保も容易だ。

 そんな訳でチキンナンバンを食べたくなった師匠はオレに作らせようと思ったのだろう。


 ……まあ、揚げ物が作れる環境があるのも材料を捕ってこれるのも師匠のおかげと言ってもおかしくないので、この程度のわがままはいつも許してしまう。


 考えてみると、月に数回は師匠相手に飯を作ってる気がするな。


 一度揚げた鶏肉に余熱で火が通るのを待つ間にオレはタルタルソースを作る。

 自宅用に作り置きしてあるマヨネーズにタマネギ、キュウリの酢漬け、ゆで卵を刻んで混ぜ込む。さらに乾燥して保存しているパセリも混ぜこむ。

 ちなみにマヨネーズも店の方では出していない。自宅用にだけオレが作って保存しているものだ。


 さらに酢、砂糖、醤油を鍋に入れ火にかけ甘酢をつくる。

 師匠は甘い方が好きなので甘めに作る。

 師匠の好みを把握している自分が嫌だ。


 「誘拐計画のこと、どう思う?」


 オレが鶏肉の二度揚げを始めたタイミングで、師匠が背後から話しかけてきた。


 見てるだけなのを飽きてきたのだろう。

 しまった、作り置きを使わずにマヨネーズを作らせれば良かった。

 あれは混ぜる作業が地味に肉体労働なんだよな。師匠向きの作業だ。


 「まず不可能だと思います」


 答えながらも、意識の中心は油の鍋だ。


 「だよなー。お前がいうなら間違いないよな」


 オレはセシリーのことがあってから人昇精霊(エフォーディア)について調べられる限り調べた。

 王都にしかないような禁書などはさすがに無理だったが、この街にある人昇精霊(エフォーディア)関係の本は全部調べた。


 読み書きは苦手だったが、この4年で専門書も読めるようになっていた。

 知っていそうな魔法師に訪ねていたりもした。

 それを師匠も知っているからこそ、信用してくれたのだろう。


 表面を揚げるだけだから、二度揚げは早い。

 揚がったら熱いまま甘酢に漬けていく。

 甘酢はジャガイモの粉を入れてとろみをつける人もいるようだが、入れない方がオレは好みだ。

 衣にしっかり浸み込むからな。


 「考えても不可能という結論しか出ませんから、逆にやっかいです。

 どういう手段をとってくるかまったく想像がつきません」


 大皿に甘酢に漬けた揚げた鶏肉を盛っていく。タルタルソースは好きにかけられるように小さ目の椀に入れて匙を突っ込んでおく。


 「まあ、嬢ちゃんは公爵夫人と一緒に行動しているからな。

 誘拐計画があると分かった以上は護衛も騎士団長(アラン)がつくだろうから今まで以上に問題ないだろうよ」


 大皿を持って振り向くと、師匠は暇そうに座っている椅子を傾けて遊んでいた。

 熱いうちに油を濾してしまいたいが、これ以上待たせられないだろうからあきらめる。


 テーブルの上にはクレソンと茹でたブロッコリーのサラダ。カリカリに炒めたベーコンを味を調えた後に出た油ごとぶっかけてドレッシングにしている。これも師匠の指定。

 スープは鶏のスープに溶き卵を入れた卵スープ。母さんの店からもらってきたもので、定食でつけているものだ。


 あとは常備菜のキノコの醤油煮と芽キャベツの酢漬け、根菜類の麦酒(ビール)漬け。

 キノコの醤油煮と芽キャベツの酢漬けはオレが仕込んで店でも出しているもの、根菜類の麦酒(ビール)漬けは母さんが作ったものだ。

 足りなかったら母さんの店から何かもらってこよう。

 師匠が満足する量を作ろうとするとオレがゆっくり食べられないし、最初にできたものが冷める。


 「なんか不満そうな顔してるな、騎士団長(アラン)もあれでそれなりに仕事するからな?酒は?」


 その騎士団長を蹴り飛ばしておいてよく言うよな。

 そもそもオレが不満そうな表情になったのは師匠の食欲を想像したからだ。


 「欲しければ母さんからもらってきてください」


 「ちょっと行ってくるわ」


 そう言って師匠が出て行った間に、オレはご飯を茶碗に盛る。

 

 あっという間に師匠はビールの入った杯を2つ持って帰ってきた。

 またオレも飲まされるのかと思い顔をしかめると。


 「オレが両方飲むんだぞ?いちいち店までもらいに行くのは面倒だろ?」


 と、何やら言い訳っぽいことを言っていた。


 「いただきます」


 「いただきます」


 2人して席に着いた瞬間に、食べ始める。


 師匠は無言でガツガツと食べる。

 『美味い』とか『不味い』とかの感想は言わないが、食いっぷりで判断できる。今日もちゃんと気に入ってくれたらしい。


 「ところでよ。お前はもし人昇精霊(エフォーディア)のパートナーになれなかったらどうするつもりだ?」


 2人で大皿のチキンナンバンを半分以上食べたあたりで、師匠がぽつりと言った。


 オレは無視して食べ続ける。


 答えたくない質問だった。

 今までも何度か同じ質問をされていたが、すべてはぐらかしていた。


 「やっぱり答える気はないか。まあ、意地もあるんだろうけどよ。オレもそのままにできねえんだよな。負けた瞬間に燃え尽きられたら困るからな。

 実はよ、王都で王国騎士団の剣術指南をしないかと誘われてるんだわ。ちゃんと仕えて正式に教えるわけじゃなくてよ、王都に住んでたまに騎士団に教える程度で良いらしくてよ、弟子をとる必要もないと言ってくれてるから受けようと思ってるんだよ。

 それで、お前にその気があるなら連れて行こうと思っている」


 答える気が無いのではなく、オレは答えられなかった。自分自身でも良くわかっていない。

 師匠の気持ちは嬉しいんだが……。


 「ま、考えといてくれ。

 一緒に行くことになったら、毎日お前に飯を作ってもらうからな?王都の飯はこの街(ケルピー)より数段落ちてな、あんまり美味くないんだわ。やっぱこの街は商業都市だけあるよな、色々な知識や材料が入ってくるからな。この街なら当たり前の神々の料理も王都ではほとんど見たことなかったぞ。

ああ、そうだ。メシの後でもうちょっと何か作ってくれねーか?

 持って帰って明日食うわ。大会が終わるまでお前の作る飯も食えそうにないからな」

 

 口の周りにタルタルソースをつけて笑う顔は、いつもより優しい気がした。


 明日まで日持ちするものか。


 師匠じゃ温め直しも怪しいな。保冷の魔道具を仕込んだ鞄は余分にあったはずだから余程のことが無い限り大丈夫だろうけど、念のために酢を使ったものでも作るか……。


 

読んでいただきありがとうございます。


チキン南蛮回。

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