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第1章 暗躍の人々 1 地

 試合が終わってからオレは足早に控室に向かう。

 喉の奥に物が詰まっているような、嫌な気分が残っている。


 なんだろう。

 あの女戦士の思惑通りに試合が進んだ気がして気持ちが悪い。

 なぜかあの結果に誘導された気分になっていた。

 そんなわけないのに。


 「チビ!また勝ったそうだな!」


 通路を進むオレに声がかかった。

 声の方を向くと、朝に合った公爵家の騎士団の鎧男がいた。


 相変わらず頭全体を隠す兜をしっかりと被っていて誰なのか分からない。

 本当に誰なんだろう?


 大仰なしぐさでオレの頭を撫でようとするが、オレは軽く身体をずらしてそれを避ける。

 鎧男は撫でようとした腕を何事もなかったように戻して腕を組んだ。


 「()()の相手は大変であったであろう!

 アレは不思議なやつでな、騎士団の入団試験にも来ていたのだが試験で戦った者たちが皆苦い顔をしていた。

 勝てないわけではないのだが、何やらやりにくい相手らしいな」


 ああ、オレと同じ気持ちになったやつが他にもいたのか。


 「気質的に騎士団には合わぬので入団は許さなかったが、冒険者と合同での魔獣討伐作戦では度々顔を合わせる者もいるらしくてな。

 公爵夫人様に似た外見のせいもあって組みたがるやつは少ないな。

 味方でいても調子を狂わされるらしいぞ」


 騎士団に合わない気質ってどんなのだろう?

 なんとなく想像はできるが。


 「なんにせよ、ごくろうだった!」


 そう言いながら鎧男はまたオレの頭に触れようとする。オレはもちろん避ける。


 「次の試合は明後日だったな。そこからは毎日試合をすることになる。

 精神的にもきつくなってくるから気を付けるのだぞ」


 グワンッ!と大きな音が響いた。

 鎧男が大仰に言い切ると同時だった。鎧男の身体が大きくぶれる。


 「なーにが『気を付けるのだぞ』だよ。

 てめえ、オレのこと悪人面とか言ってたらしいなっ!」


 突然現れた大きな影。


 「師匠!」


 師匠だった。

 鎧男の背後から近づいて来ていたらしい。まったく気が付かなかった。

 師匠は巨体なのにやたら気配を消すのに長けてるんだよな。魔獣でも気が付かない内に首を切り落とされる。

 

 鎧男は後頭部から殴られたらしく、倒れこそしなかったものの頭を押さえている。

 頭全てを覆っている兜の上から素手で殴ってダメージを与えられるとか、いったいどんな拳をしているんだろう?鎧男もかなりガッシリとした大柄な男だぞ。


 「よう!コロ。なんとか勝てたな」


 ニッと白い歯を見せて笑う。


 「いやー。対戦相手を見た時におまえ絶対負けると思ったんだがな、ちゃんと勝てたな。ぜったいお前の苦手なタイプだったろ。公爵夫人(アイツ)も苦笑いしてたぞ。なんで火の神の聖騎士の連中はあんなに外見が似てるんだろうな?聖騎士と言っても戦闘向きじゃない体型しやが」


 「団長!」


 師匠の一方的な会話に、鎧男がなんとか復活できたのか言葉を挟んだ。


 「……なんだよ。()()なんて呼ぶなよ。()()はてめえだろ?アラン」


 師匠は露骨に不機嫌な顔で鎧男を睨む。

 隙があればもう一発殴る気満々なのだろう、手が怪しい動きをしている。

 鎧男はそれを察したのか、少しおぼつかない動きで師匠から間合いを取った。


 『アラン』?

 オレは師匠が呼んだ名について考えてみるが、思い当たらなかった。


 「失礼。サイラス様。いきなり何をされるのですか?」


 「いきなりもなんもねぇだろ。お前オレが手助けしてやったというのにふざけたこと言ってやがったらしいな。公爵様から聞いたぞ?とりあえず兜取れ。その兜は声が響いて聞き取りづらい。取れよ」


 「え?」


 鎧男が挙動不審だ。

 兜に手をかけたが、そのまま停止してしまう。


 何か、悩んでいるらしい。


 「その……サイラス様。兜を脱いだら殴る気でしょうか?」


 その言葉に師匠はニヤリ笑うと、肩を軽く回して見せた。

 師匠は醜男という訳じゃないんだが、表情が魔物じみてるんだよな。

 これで聖騎士で元騎士団長なんだから信じられない。


 「察しが良いじゃねーか。兜の上から殴ったら手が痛いんだよ。それにお前は痛くもなんともないだろ?お仕置きにならねーじゃねーか」


 いや、師匠。さっき鎧男は確実にダメージを受けてたから。

 それに師匠は手が痛そうなそぶりなんて毛ほども無かったけど。


 「あの、その。それがしは殴られる理由に思い当たるものが無いのですが……」


 「だからさっき言っただろ。オレにぶん殴られた騎士団の連中に『悪人面で判断するな』とかてめえが説教してたんだろうが」


 「ああ……」


 思い当たることがあったらしい。

 絶望的な呟きが聞こえた。


 それにしても師匠は騎士団の人間をぶん殴ったのか。それ師匠じゃなけりゃ切り殺されても文句を言えないぞ。


 師匠が完全にチンピラ・モードに入ってる。

 殺気立ってこそいないが、不機嫌なのが丸分かりだ。

 これを何事もなく止められる人間は公爵夫人しかいないんだよな。

 あの人なら静かに笑みを浮かべるだけで止められる。


 通路の奥の方から複数の人の声が聞こえはじめた。

 あ、これ面倒な状況だろ。


 「師匠。オレ疲れてるから控室に戻りますね」


 そう言って師匠の返事を聞かずに動こうとしたが、シッポを掴んで止められた。


 「面倒くさそうに逃げんなよなー。コイツをちょっとぶん殴ったら終わるからよ」


 「実際、面倒です」


 オレは生死のかかった試合を終わってきたところなんだよな。ゆっくりさせてくれ。


 人の声が近づいてくる。これは逃げ遅れたかな?

 そう思っていると奥の角を曲がり俺たちのいる通路に駆け込んでくる警備の兵の姿が目に入った。


 「おまえら!何をしている!」


 師匠が殴ったのを誰かが見かけて、通報したんだろうな。

 警備の兵は2人。


 「参加者同士の揉め事は禁止だ!失格にな…る…ぞ」


 警備の兵は勢いよく駆け込んできたが、師匠がひと睨みするだけで、言葉尻は弱々しくなっていた。

 これはヤバいな。


 「師匠。オレは参加者です」


 「ん?」


 「これで失格になったら、一生恨みます」


 そう言ってオレが師匠を睨みつけると、師匠は眉を寄せた後に目を逸らした。


 オレのシッポを掴んていた手が緩み、その手からシッポがこぼれ落ちるように抜けた。

 

 「スマン。ここ数日は他人の試合を見てばっかりだったからな、頭に血が昇りやすくなってたみたいだ。アランのやつをちょっとからかってやる程度のつもりで来たんだがよ、コイツを見たら本気になっちまった。

 ()()()()やお前なんかに何を言われても平気なんだがよ、コイツラ相手だと騎士団長気分が抜けてないのかカッとなりやすくなって困る」


 魔女たちというのは、公爵夫人とその娘であり人昇精霊(エフォーディア)であるセシリーのことだ。

 師匠は目を逸らしたままガシガシと頭を掻いていた。照れているのかもしれない。


 「それで、何かあったのでしょうか?」


 状況が読めない警備の兵は、先ほどの口調から一転して丁寧な口調で尋ねてくる。

 別に師匠の立場が分かったわけじゃない。ただ気合負けしただけなんだろう。


 「いや、なんでもない」


 それに答えたのは鎧男だ。

 そもそも、コイツがオレに声をかけてこなければこんな状況にならなかったんじゃないか?


 師匠に気を取られていた警備の兵は、やっとそこに騎士団の鎧姿の男がいることに気が付き、丁寧な礼をした。


 「それがしはアラン・マクドネル。公爵家の騎士団長をしておる。

 この方はサイラス様。それがしの……ししょ……いや、昔の上司だ」


 鎧男が『師匠』と言いかけた途端、師匠は鎧男を睨みつけ威圧する。

 そういや、オレを弟子にしたときに『お前はオレの唯一の弟子だぞ』とか言ってたな。


 「それがしが少し粗相をしてな。サイラス様に叱られていたのだ」


 「は?はあ?そうでありますか」


 騎士団長が平民としか見えない男に叱られる状況がなかなか思いつかなかったのだろう。警備の兵は2人共に呆けたよな顔をした。

 しかしこれ以上関わりたくなかったのか、無理やり納得したようだった。


 「ごくろうであった。戻って良いぞ」


 鎧男がそういうと、微妙に納得がいかない表情を残したままで警備の兵は立ち去って行った。

 俺たちはそれを無言で見送る。

 しっかりと姿が見えなくなった後で、鎧男が師匠に向かって頭を下げた。


 「失言、申し訳ありませんでした」


 そう言い、今度はオレに向かって頭を下げる。


 「チビ、助かった」


 ガッコン。

 軽い音と共に鎧男の兜が宙に舞った。


 オレもいつ蹴ったか分からないくらいの素早い蹴り。


 師匠は見事に頭を下げた鎧男の頭を蹴りあげていた。


 「コイツは『チビ』と言われるのが嫌いなんだよ。感謝の言葉に『チビ』はないわな、『チビ』は。『ガキ』もダメだぞ。『ガキ』も。こう見えても成人男性なんだからよ。あと何がダメだったっけ?ああ『可愛い』と言われるのも嫌いだったな。そう呼びたいならコイツのお袋さんの店に行ってやれ。あそこでならコイツもかなり多目にみてくれるからな。とにかく『チビ』はダメだぞ、『チビ』は。神託名も気に入った相手以外は返事も返してくれないからな。コイツのことはちゃんとウルフギャングと呼んでやれや」


 ニヤリと白い歯を見せて笑う。

 わざと言ってるな。

 師匠はオレの頭をぐしゃぐしゃに撫でてくる。

 そういうのも嫌いなんだけどな。


 「……もうしわけ、ありせん」


 鎧男は額を押さえて涙目で辛そうにしながらも言った。頭を兜が飛ぶほどの勢いで蹴りあげられたというのに耐えているのは流石は現・騎士団長だ。

 師匠もかなり手加減したのだろう。そうじゃないとありえない。


 兜が飛んだことによってオレは初めてこの鎧男の顔を見ることができた。


 やっぱり記憶にない顔だ。


 四角い顔をしていて、それなりに整っているが印象の薄い顔だった。赤毛を短く切りそろえており、同じ色の口髭を生やしていた。左耳に小さな青い石のピアスをしているのだけが印象的だ。

 やけに光を反射している。魔道具か何かかな?


 師匠の騎士団長時代の部下ということはオレも知っているはずなんだが、完全に忘れてしまってるのだろう。


 だいたい騎士団の男は基本的に体力勝負だからみんな同じような大きな身体に、さらに筋肉を纏っていて似たような体形をしている。

 気配や印象も似たような感じだ。

 よほど特徴的な部分が無ければ俺は覚えている自信はない。

 オレの横に立ってオレの頭を撫でまわしている筋肉ゴーレムみたいな特徴の塊みたいな人間じゃないと。


 うん、仕方ない。


 「それでは師匠。オレは控室に行きます」


 「じゃあオレもお前の控室に行くわ。どうせこの後は暇なんだろ?半日以上控室にいないといけないとかバカらしいよな、この制度」


 「いえ、ゆっくりしたいので1人で」


 「つれないじゃねーかよ。抱き合って寝た仲なのによ」


 あんたが勝手にオレを抱いて寝てただけだろ。嫌なことを思い出させるなよ。人聞き悪すぎるぞ。

 そもそもここは関係者以外立ち入り禁止じゃないのかよ?

 なんでこの熊の魔獣は当たり前の顔をしてこの場にいるんだよ?


 「嬢ちゃんか?嬢ちゃんなら良いんだろ?でもなー。嬢ちゃんは参加者に合っちゃいけない立場だからよ、我慢しろよ?建前上のことかもしれないけどな、約束は大事だぞ。約束を守らないやつには最悪の火の神の聖騎士をけしかけるからな。あの()()()()は貴賓席で怖い計画してたぞ。おまえを酔わしてベッドに連れ込んで抱き枕にするとか言ってたからな。今のうちに縁を切っといた方がいいぞ。もうすでにトラウマになりかけてるみたいだが今ならまだ引き返せるからよ。ベッドに連れ込まれたら終わりだからな。あの巨乳は天国と本物の天国が見える窒息兵器だからよ。マジで死にかけるんだぞ」


 「あのー。サイラス様」


 師匠の話にまた鎧男が口をはさむ。


 「ん?」


 「一応、お伝えしておきたいことがありまして」


 「なんだ?」


 師匠は一発気持ちよく蹴れた後なので、鎧男に対しても先ほどまでの不機嫌さはまったくない。

 すっきりした顔をしてる。

 切り替えが早いというかなんというか。

 一見、人が良さそうにも見えなくもない表情だ。


 鎧男の方は微妙な間合いを取ってまだ警戒している。


 「今朝捕縛した賊を尋問したのですが、気になることを言っておりまして。

 後程公爵様にも報告はさせていただきますが、サイラス様もお心に留めていただきたい内容なのでこの場を借りて報告させていただきます」


 「なんだ?やけに畏まって。気持ち悪いな。面倒事だろ?嫌だぞ」


 師匠は鎧男に背を向けてオレの身体を押して歩きだそうとする。


 「サイラス様は貴賓席への出入りを許されておられますので、できれば協力していただきたいのです」


 「公爵家にかかわることか?」


 師匠は足を止めるが、後ろ……鎧男の方へは振り向かない。


 「人昇精霊(エフォーディア)様の誘拐計画を立てている組織があるそうです。

 人昇精霊(エフォーディア)様のお力があれば脅威ではないと思いますが、サイラス様にも注意しておいていただきたいのです」


 それはオレが知る限り最も荒唐無稽な犯罪計画だった。


 冗談だよな?

読んでいただきありがとうございます。


サブタイトルの『天』『地』は『天 → 女性主人公の一人称』『地 → 男性主人公の一人称』となります。他に『人 → 三人称』も考えていますが、使用するかは未定です。

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