第1章 波乱の戦い 6 地
なんだろ?この既視感のある外見の人は。
オレは目の前で刺突片手剣を持って立つ対戦相手を見て少し混乱していた。
女剣士だった。
いや、この人は聖騎士に違いない。
聖騎士は職業ではなく神託職だ。
必ずしも聖騎士だからと言って職業として騎士になるわけではない。神託職が聖騎士なのに実家を継いで宿屋をやっている人もオレは知っている。
ただ、神託職が聖騎士だと子供時代から神殿で騎士としての訓練が受けられる権利があるため、職業としても神殿や貴族、王国の騎士になる人も多い。
どういう理屈になっているかは分からないいが、神託は生まれてすぐにタグに現れるのに、神託職が聖騎士の者は成長すると極端に騎士としての能力が高くなるそうだ。
それに各神殿で聖騎士の身体的特徴の傾向がある。
例えば水の神の聖騎士は師匠のようにガッチリとした身体の大きな男性とか、火の神の聖騎士は公爵夫人のように扇情的な身体つきの金髪の女性だとか。
そう、目の前の対戦相手は見事に火の神の聖騎士の特徴が出ていた。
つまり、公爵夫人に雰囲気が似ているということだ。
……苦手意識があるのは自覚している。
貴賓席のあの連中もたぶん気が付いてるだろう。
あの連中、試合場に入る前にちらっと見たが、師匠まで混ざって何やら騒いでいるような雰囲気だった。
何やってるんだか。
とりあえず、今は貴賓席は視界に入れたくない。
心を乱されそうだ。
苦手だろうがなんだろうが、勝たなくてはいけない。
オレは覚悟を決める。
ナタを抜き、かまえる。
聖騎士なら、魔法剣士の可能性も高い。
聖騎士だと神殿で若いときから魔法の修業もするため、実用に耐える魔法剣士に育っている可能性が高いからだ。
魔法の才能の発現の比率は一般人と同じながら、それでも他よりもはるかに可能性が高い。
魔法は才能もさることながら技術的な要素が占める部分も大きく、修業を重ねれば重ねるほど大きく変化する。
子供時代から魔法の修業をしていれば、戦いに使える魔法を持っている可能性が高くなる。
注意だけはしておこう。
腰のナイフも使わないといけないかもしれない。
つい、ちらりと貴賓席を見てしまう。
オレに苦手意識を植え込んだ張本人はいつも通りニコニコと笑いながら見ている。
公爵夫人ほどの戦闘力を持った人間は滅多にいない。はずだ。
公爵夫人の剣からなんとか逃げられる程度になった今のオレなら、目の前の相手が魔法剣士だったとしとも十分に戦えるはずだ。
「始めっ!」
開始の声がかかる。
オレは魔法を警戒して即座に動く。
魔法を防ぐ一番の方法は狙いを定めさせないこと。時間を与えないこと。
それさえできれば発動にほとんど時間がかからない無詠唱魔法でも怖くない。
魔法剣士であることを疑った時点で、オレには長期戦の選択はない。
オレはけん制のために相手の懐に入り込もうと動いた。
あれ?いける?
避けらるか迎撃される前提で動いたのだが、すんなり入り込める。
オレが胴の、脇腹の鎧のつなぎ目を狙ったナタの一撃を、間一髪で女剣士は剣で受け止めた。
「キャッ」
女剣士が短く悲鳴を上げた。
奇妙な大きな胸に沿った形の胸当ての鎧を着ているが、剣同士で戦うための鎧である以上は動きを阻害しないように腰回りは自由に動くような構造になっている。
そして動くようになっているということは、他の部分より弱いことがほとんどだ。
女剣士の場合は中に着こんでいる薄手の鎖帷子がむき出しになっていた。
オレのナタなら、それは当たれば叩き斬れる薄さだ。
女剣士の剣は刺すことに特化した刺突片手剣だ。
間合いが長い。
間合いが広いほど有利なのに、この女剣士はあっさりオレを懐に入らせてしまった。未熟なのか、何か隠し玉でもあるのか?
オレは一旦後ろに跳ぶ。
あ、オレのナタを受け止めた刺突片手剣が欠けている。もう一撃打ち込めば折れるかな?
そもそも刺突目的の剣だから細くて折れやすいんだよな。
だからこそ相手の攻撃を避けたり流したりいなしたり迎撃することが重要で、正面から刺突片手剣受け止めるなんてありえないのに。
「くっ!可愛いから油断したっ」
何言ってんだ女剣士?
女剣士が呟きと共に繰り出してくる突きを避け、突き出された刺突片手剣に横なぎでナタを当てる。
刃を当てるわけじゃなくナタの背でいなす程度のつもりだったが、欠けていた刺突片手剣では耐えられなかったようで、ピンと軽い音を立て剣身が半ばから勢いよく飛んでいった。
よし。折れた。
「くっ!おのれっ!」
女剣士が刺突片手剣でなおも斬りつけてくる。
折れた剣身の長さは長めのナイフほどしかない。
女剣士の間合いの有利さはこれで消えた。
そして、この期に及んで魔法を使おうとする動作を見せないところをみると、魔法剣士という可能性も排除してもいいだろう。
無理をして危険を冒すことはない。
女騎士の折れた剣での攻撃を受け、いなし、避け、あしらい程度の攻撃を混ぜつつ大きな隙ができるのを待つ。
女騎士は途中で空いている手で鎧の陰からナイフを取り出して両手で攻撃もしてきたが、それも予想範囲内だ。
むしろ身長差のあるオレを狙ってナイフを振り下ろしてきたため、バランスが崩れオレの良い標的になった。
手首ごとナイフを跳ね飛ばすつもりでナタを振ったが、女剣士が身を捻って避けたため、ナイフを握っていた方の肩口を切りつける形になってしまう。肩当てを固定しているベルトが切れ、肩当てが跳ね飛んだ。
「我が鎧を剥ぐとわ!!!」
何言ってんだ女剣士?
剣とナイフの動きは止めないが、動く度に肩口から血が滲み広がっていく。楔帷子は裂けていないので、切りつけた勢いで楔帷子が肌に食い込み裂けたのだろう。
そのおかげで動きが悪くなってきた。
もういけるか?
深く踏み出し斬りつけてみる。
折れた剣とナイフでオレを斬りつけようとしていた女剣士は間合いを取りそこない、大きく後ろに飛びのいた。
その途端、なぜか兜が外れた。
「我が兜まではぐとわぁ!」
いやホント、なにいってんだコイツ。
見事な金髪がふわりと舞った。
そして、女剣士は涙目でオレを睨んだ。
何か俺が悪いことをしているのを責めるような目だった。
……すごく、やりにくい。
わずかな余裕ができてしまったせいか、そんなことを考えてしまう。
女剣士は肩で息をしていた。
息が完全に上がっている。
汗と血にまみれ、金髪を激しく乱し、涙目で、そしてなぜか胸元を剣を持った腕でかばっていた。
オレは思わずその姿を見つめてしまった。
しまった。
さらに攻められる状況なのに、オレは足を止めてしまった。
「……降参か?」
思わず、言ってしまう。
愚行なのは自分でも理解している。
今の状況で意思確認なんて意味がない。
「火の神の聖騎士たる私が!この程度で落ちるかっ!!」
女剣士は激しく叫んだ。
ホント、やめて欲しい。
やっぱり火の神の聖騎士だったのか。
その叫びと同時に女剣士はオレに向かって、無謀とも思える突進で切りかかってきた。
オレに避けらえないわけがない。どう見ても無策で斬りかかってきているのだから。
オレはそれを避ける。
もう終わりにしたい。
こんなのともう戦い続けたくない。
オレはナタの背で、女剣士の腹をめいっぱいの力を込めてぶっ叩いた。
女剣士が吹っ飛ぶ。
ナタの刃で斬りつけなかったのは、オレの弱さの所為だろう……。
なぜか蹂躙……弱い者いじめをしてる気分になってしまっていた。
女剣士は地面に転がると、一呼吸おいて胃の中身をぶちまけた。
「……くっ……殺せ……」
吐瀉物で汚れた唇でそう呟いて、意識を失った。
その声を聴いて、オレは何故か負けたような嫌な気分になった。
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