第1章 波乱の戦い 2 地
オレが再び目を覚ますと、もう日が高くなっていた。
自宅と繋がっている母さんの店が騒がしい。
もう昼食営業が始まっていると思い手伝いに行ったら、酒臭い身体で手伝われても迷惑だと笑われて自宅の方に追い返された。
オレが師匠に鍛えられるようになってから、母さんの店ではその時々の忙しさに合わせて孤児院から孤児を雇うようにしていた。
今日も1人来ていた。
料理人を目指している女の子で、ほとんど固定で母さんの店の従業員になってると言って良いくらい頻繁に来ている子だった。
オレも何度かその子の作ったまかない料理を食ったことがあるが、十分に美味かった。
母さんに料理を習っているから母さんと似た味付けで、それでもちゃんと個性がある料理だった。
料理の修業を続ければ、将来はいい料理人になると思う。
オレがもし人昇精霊のパートナーになって旅に出ることになったら、母さんは彼女を正式に雇い入れるんじゃないかと思ってる。
母さんの店で寝ていた師匠は起きて帰ったらしい。
母さんが料理の仕込みをしていると、料理の臭いで盛大に腹を鳴らして目を覚ましたらしい。
馬みたいに朝食を食べてから帰って行ったわよと、母さんが笑っていた。
そういや、腹が減った。
頭の痛さも身体のだるさもなくなったけど、身体がまだ本調子じゃない気がする。
あっさりしたものがいいな。
粥でも作るか。
店の方に引き返し、鍋に鳥のスープをもらって自宅の調理場に行く。
米を洗い水を切り、少量油を絡めてから、たっぷりの鳥のスープを入れて炊き始める。
ポコポコと沸騰しはじめてきたら、蓋をして火を弱めた。
さて、炊きあがるまでに風呂でも入るか。
自分でも身体が酒臭い気がする。いったいオレはどれだけ飲まされたんだろう?
記憶が無くて不安になる。
風呂場に行き、湯を溜めはじめた。
普通は井戸から水を汲むか水の魔道具で水をため、それを薪か火の魔道具で温めるんだが、うちの風呂はいきなり適温の湯を入れることができる。
お湯が出てくる魔道具が設置されており、同じものは店の方の調理場の洗い場にもあった。
冬でも暖かく皿洗いができるようにだ。
この魔道具は師匠の作品だ。
外見に似合わず意外と器用なんだよな。
魔獣から採った魔石でいきなり魔道具を作り始めるのを見たときは驚いたもんだ。
師匠は魔法が使えない。
しかし騎士団にいたこともあって便利に魔法を使う人間が周りに多くいて、それを見てあこがれて魔道具制作を始めたと聞いた。
魔獣は魔石を持っている。
常識だが、それがどういった理由があるのかはよくわからない。
魔獣は神々が戦いのために作り出したものの一つだそうだが、今や魔石や肉、骨や革なんかの素材を取るために欠かせないものとなっている。
うっかり出会うと殺されかねない恐怖の対象ではあるけど、いなくなったら生活が成り立たなくなる便利な生き物でもある。
幸い、魔獣はどれだけ狩ってもいなくなることはない。
魔力溜まりから勝手に湧きだしてくる。
魔力溜まりが多数ある土地が魔物の森と言われ、まったく無い土地には街や村が作られていることが多い。
魔道具はその魔獣から採った魔石を利用する。
単純に水を出す魔道具、火を出す魔道具なんかは魔物の属性由来の力を利用して簡単な加工で作れるらしいが、より複雑な用途だと複雑な加工が必要になるらしい。
決まった温度の湯が出てくる魔道具なんてものは、高度な作成技術が必要になものだった。
師匠は殴って壊すかぶった切って殺すくらいしかできない、魔獣に片足を突っ込んでるような人間に見えて、物づくりの才能は豊富だ。
騎士団を退役した後の生活は空いた時間で作る魔道具を売って稼いだ金で賄ってるらしいが、かなり裕福な生活をしている。
騎士団時代よりも良い生活をしてるらしい。
しかし師匠の見た目は短く適当に切ったようなボサボサの髪と無精ヒゲ、いつ見ても同じような地味なズボンに革ブーツを履き、冬でもない限り煮しめたような色の袖なしのシャツばかりを着ているから、騎士から落ちぶれたようにしか見えない。
腰に剣を下げずにウロウロしてることも多いしな。
野営料理程度しか自炊もできない生活能力のくせに、数日に一回、掃除洗濯をする通いの家政婦くらいしか雇ってないからいつもだらしない。
飲み屋街の常連で、花街にもよく出入りしている。
師匠の作る魔道具は生活に役立つ機能を持ってる物が多いので、人気があるらしい。
普通の魔道具制作者は戦闘に役立つものや貴族などが身を護るためのものを作っていることが多く、意外と生活に役立つ魔道具を作る人は少ないそうだ。
師匠が生活能力が無いのに生活に役立つものを作るのは、無い物ねだりの結果だろうか?
しかも、材料の中で一番値段が張る魔石は、オレとの修業や暇なときに狩る魔物から採ったものだから、作るのにもあまり金がかからないので儲けが大きいと聞いた。
魔石はそのまま放置しておくと急激に魔力を吸って再び魔獣化するらしいけど、それを止める加工も自分でしていると言っていた。
オレは魔石は自分で採ってこれるので、師匠に加工費のみで作ってもらっている。
たかが小さな食堂経営している家で、やたら生活用の魔道具が充実しているのはうちくらいだろう。
普通は貴族や豪商くらいしか手に入れられないものだも多い。
そもそもこの街では公衆浴場もあり、飲食店経営なら個人宅でも風呂を持ってることも珍しくないが、他の街では風呂すら珍しいところもあるらしい。
こうやって煮炊きしている間に目を離して風呂に入っていられるのも、火力を調整できて安定させられる師匠の作った火の魔道具のおかげだ。
普通に薪などで火を起こして煮炊きしていたら目を離せないもんな。
風呂に湯が溜まり、オレは服を脱ぐ。
服を脱いだところで、腕や胸にうっすらと痣ができているのに気が付いた。
この様子なら背中にもついてるだろう。
昨日の試合で付いたものじゃない。オレは一度も攻撃を食らっていない。
あの筋肉ゴーレム……。
師匠に掴まれてたときの痣だな。
あの人はマジで魔獣なんじゃないだろうか?熊の抱擁を使うから熊の魔物にちがいない。
魔道具のことで師匠の良いところを考えてたのに、台無しだな。
どうせこの時間じゃ俺しか入らないよな。
湯が汚れても捨てるだけだ。
オレは身体にまだ残っている酔いの感覚に負けて、物ぐさ心が湧いて身体を洗わずに湯につかる。
じんわりと身体が温まり、ダルさが消えていく気がする。
今日の試合はもう見に行けないな。
誰に当たるかはまったく分からないが、少しでも当たる可能性のある連中の戦う姿を見ておきたかった。
師匠は当たるかどうか分からない連中の試合を見て混乱するよりは、1人で鍛錬していた方がいいと言っていたけど、やっぱり気になる。
ひょっとしたら酒を飲まされたのも試合を見に行かせないための策略じゃないよな?
逆にダメージが大きすぎるぞ。
身体を洗い、シッポも、なんだか師匠の男臭いのが染み付いてる気がするので丁寧に洗う。位置関係的に、師匠に抱きかかえられてる時にオレの身体と師匠の身体に挟まってたはずだからな。
身体を洗ってから、また湯につかってゆっくりと身体を温めた。
風呂から上がり、パンツ一枚で首からタオルをかけた状態で調理場に向かう。
粥はいい感じに炊きあがっていた。
……さて、何を入れよう?
適当に保冷の食糧置場から青菜や香味野菜を取ってくる。
野菜はそれなりに欲しいからな。
菜の花、水菜、クレソン、春菊、芹、あしたば、葱。
湯通しが必要なものはさっと湯通しして全部入れた。
塩で味を調えて、仕上げだ。
あとは漬物はと。
母さんが干し山菜を醤油漬けにしたものを作り置きしておいてくれたので、それを少し出す。
これでいいな。
調理場のテーブルに並べる。面倒なので居間ではなく調理場で食べてしまおう。
「いただきます」
ぽつり呟いてから、粥を椀によそい匙で食べ始める。
あっさりとした青菜の粥に醤油漬けのしっかりした味が合わさって丁度良いな。
昼下がり、風呂上りに、1人で炊き立ての粥を、食う。
なんだかやけにゆったりとしてしまったな。
大事な戦いの日々の最中のはずなのに。
オレは最後まで勝ち続けられるだろうか?
勝たなくてはいけない。
オレは粥をかきこむ。
熱い。舌が焼ける感じがしたが、吐き出すわけにいかないのでハフハフと耐えて冷めてから飲み込む。
焦りは禁物だ。
いつも言われているじゃないか。
焦れば火傷をする。
オレは粥をゆっくりと、ゆっくりと、食べ続けた。
読んでいただきありがとうございます。
変形の七草粥回。




