第1章 波乱の戦い 1 天
私の争奪戦二日目。
正午過ぎに登場したのは女の子だった。
黒い魔法師のローブを着てフードを目深に被り、手には魔法制御用の杖を持っている典型的な魔法師スタイル。
ただ、ローブの下から出ている足は細い生足で、色が抜けるように白い。手も小さいけど、不似合いな大きな石のついた指輪をゴテゴテと着けている。
あれは魔道具だろうなー。
普通の人には見えないだろうけど手元で妖精がちょろちょろ飛んでるし。
この大会では妖精を使って攻撃するのは禁止されてるので本来の力は出せないだろうけど、普通の実戦ならかなりやっかいだろう。
それにしても在野の魔法師でよくあれだけの魔道具を集めたよね。
どこかの金持ちの娘なんだろうか?
普通の火や水が出るだけの魔道具でも平民がかなり頑張らないと手が出せない金額になるけど、妖精を使役できる魔道具になると金額は鰻登りで普通に買えるものじゃない。
神代の魔道具か、超一流の魔道具制作者が作り出したものしかないからね。
ドワーフが多くいる国やエルフが多くいる国なら多少は安く流通してるらしいけど、それでも高価なのには違いないはず。
エルフかな?
目深に被ったフード付きのローブで顔や体形は分かり難いけど、手足の細さと肌の白さでそう判断する。
彼女が昨夜お父様から名前が出たルシンダだった。
あのローブを着たままで戦えるのかな?
魔法師のローブは魔物の毛で織って作られている。
耐火・耐水・耐衝撃性能があり、しかも大気中の魔力を集めやすい性質がある。
魔法師としてはありがたい便利衣装だけど、戦士相手の1対1にはまったく向かない。
なにしろまとわりつく性質があるので、素早く動くのに究極的に邪魔な装備だから。あと熱を通さないので動くと蒸れて暑い。
あくまで後方支援であまり動かないからこそ、力を発揮する装備なんだよね。
対している相手は獣人。
猫科の獣人だった。
頭の上で猫耳がピコピコ動いて可愛く思えないこともないけど、男。
程よく筋肉がついた身体に軽量な革鎧を装備して、両手にナイフを持ったいかにもスピード重視の戦いをしますよ、と言った感じだった。
まともに戦ったら確実にあの魔法師は負けるね。
例え無詠唱魔法を使えたとしても戦士の反応速度に勝てるわけない。一発で終わるか、良くて防御一方で魔力切れで終わりかな?
「あの子がルシンダね。貴方は要注意と言ってたけど、あれじゃ勝てそうにないわね」
「……ああ、そうだな……」
お母様がお父様に話しかけてるけど、お父様は上の空。
「この大会に出てくるくらいだから何か対策はしてるんでしょうね。ちょっと楽しみだわ」
「……ああ、そうだな……」
「もうお昼も過ぎましたし、お昼ご飯を食べながら見ましょうか?」
「……ああ、そうだな……」
お父様はずっと昨夜のダメージが残っていて、何を言っても生返事しか返してくれない。
そりゃそうだよねー。
実質、『変なやつが娘のパートナーになったら貴方と離婚します!』と言われたようなもんだもんね。
「じゃあ、お昼ご飯を運んでくれるかしら?」
お母様は楽しげに笑みを浮かべていて、いつも通りのマイペース。
傍らに立っている執事のセバスチャンに声をかける。
セバスチャンが片手を上げると、待ち構えていたメイドたちがトレイに乗せた軽食を運んできた。
大会は食事時間も関係なく継続されている。
1日で多くの試合をこなさないといけないし、選手は日に一試合こなす程度だから食事時間で中断する必要はないだろうという判断からのものだった。
観客も、外の出店で買ったり弁当を持ち込んだりして思い思いに観戦と同時進行で食事を楽しんでいた。
私も外の出店で買い食いしたいな。昔にコロとお祭りに行って出店で色々食べる約束をしてたんだっけ。
出店で買って立ち食いするとか、憧れなんだけどな。
もしコロが優勝できなかったら、その約束も果たしてもらえないことになるなー。
そうこうしているうちに、試合開始の合図がされる。
そして合図と同時に。
「あ、コケた」
ルシンダがコケた。
足がもつれたようなコケ方で、ここまでベタンと音が聞こえそうなほど見事に前のめりにコケた。
観客も審判も、対戦相手すら困惑してる。
コケた瞬間にフードが跳ね上がり、見事な銀髪がふんわり広がる。
やっぱりエルフだったね。
銀髪からはエルフの一番の特徴であるとがった耳が覗いていた。
白い肌と脂肪の少なく筋肉の付きにくい細い体、銀糸のような髪と尖った耳がエルフの特徴だった。
「あら。面白いことを考える子ね」
お母様がそうつぶやいたのを聞いて、その意味に気が付いた。
杖を支えにして上半身を起こして地面にペタリと座り、土に汚れた泣きそうな顔をしっかりと上に向け晒す。幼さが残る顔でかわいい。
……エルフだから外見相応の年齢じゃないだろうけど。
どう見てもコケちゃったドジっ娘をアピールしてる。
ああ、あれはあざとい。
「ああ、わざとですね」
コケたというのに魔力の流れに歪みが無い。というか何らかの術の発動に向かって動いている。
余程優秀な魔法師じゃないと気が付けないくらいの、小さな魔力の流れだけどそれは確実だった。
鼻を打ったのか鼻ごと口元を両手で押さえた瞬間に、小さな光が瞬いた。
ちょうど対戦相手の獣人の首筋あたり。
雷系の魔法かな?
たいした衝撃じゃないだろうけど、獣人の意識を刈り取るには十分なはず。
目の前で女の子がコケたことに気を取られていた獣人は直撃を食らって、一瞬だけ身体を震わせてから、今度は獣人がベタンと音が聞こえそうなほど見事に倒れた。
エルフっ娘はコケて口元が見えなかった間と、最後に口元を隠した瞬間で詠唱を完成させたんだろう。
そもそもあのローブも、目深に被ったフードも、顔が見えた時にインパクトを与えるための演出だなー。
耳が痛くなるくらいの静寂。
予想外の展開に呆気を取られて誰も声を出せない。
「やるわねー。それ以上に相手が未熟だったわね!」
公爵夫人という立場も忘れて爆笑してるお母様の声だけが響く。
大事な大会で、あんな方法で油断を誘うなんてことを、一瞬で気が付けるのなんてお母様ぐらいじゃない?
魔法師が戦士にスピードで勝てないなら、油断させてその隙に術を発動させればいい。誰でも考えることだけど、あんなに露骨にやる人を初めて見たわ。
「……しょっ……勝者ぁ……赤っ!」
数拍おいて、やっと審判が勝者の宣言をした。
観客は戸惑いつつも、拍手をし始める。他の試合なら歓声を上げて勝者をたたえていたのに、この試合だけ拍手だった。どう見ても不利な戦いを知力で潜り抜け、勝利を勝ち取った女の子を拍手たたえているのだろう。
というか、歓声を上げるほど、この勝利を割り切って受け入れられていないのかな?
油断を誘った汚い手段だからと言って、誰もそれを責めることはできない。
ルール違反でもなんでもないし、試合の開始を告げられた後で、生死も関わるような戦いで、油断した獣人の方が悪い。
一歩街の外に出れば魔獣に出会い殺される可能性のある世界に生きている人間は、平民といえどシビアだ。
それでも、やっぱりちょっとモヤッとする部分があって、素直な歓声には繋がらなかったのだろう。気持ちは分かるわ。
「いやー、面白いものが見れたわ!コケるタイミングも良かったわね。一瞬遅ければ切り殺されてたかもしれないし、開始を審判が言いきる前なら止めてたかもしれないわね。
次の試合では何を見せてくれるかしら。?楽しみ!」
「……ああ、そうだな……」
本当にうれしそうに話すお母様に対して、お父様は定型文を生返事してる。
「あの子、召し抱えたらダメかしら?あの度胸は貴重よ!」
どうやらお母様はエルフっ娘を本当に気に入ってしまったらしい。
「……ああ、そうだな……」
頭痛くなってきた。
エルフっ娘は拍手に答えることなくフードを被り直して控室へと戻っていく。
獣人も担架で運ばれていった。
私はそれを見つめながら、あのドジっ娘不意打ちをやられたらコロも確実に騙されるよね、と思っていた。
読んでいただきありがとうございます。
さて、いつまで毎日更新をつづけられるやら。
第一章の人昇精霊争奪戦編が終わるまでは続けたいものです。




