じゅうに 読心術
新しく買った紺の上着は、無事に彼女のお気に入りとなったようである。
彼女が為す家事のごとく高速で選ばれたその上着を、俺はすぐに飽きてしまうのではと心配したが、それは杞憂に終わったようで、彼女はとても大事にしている。
家宝かよ、と言いたくなるくらい、大事にしている。
ホント、家宝かよ。
「火砲かよ?」
「そんな物騒な突っ込みはしていない」
というかそれ以前の話、俺は『家宝かよ』とも口にしていない。
どうして聞いてもいない台詞の聞き違いができるのだ。
読心術でも使っているのか?
「使っていますよ」
「使ってんのかよ」
「はい、使っています」
使っていた。
図らずも図星であった。
「こうやって、相手の顔を見て、それから、相手の唇を見るんです。そうして……」
「それは、読唇術」
全然違う。
「間違えました。こうして、相手の顔を見て、それから、相手の目を見るんです。よーく見ます。観察とも言えます。そうすれば、自ずと心が覗けちゃいます」
「へえ」
そういうもんなのか?
俺には分からん。
目をどれだけ見たって、見えるのは目だけだ。
「それじゃ、俺は今、何を考えている?」
「ユウを犯したい」
読心術なんて、やっぱり信用ならないようだった。
「断じてそんなことは一ミリメートルも考えていない」
「誰が一ミリメートルの唇長ですか」
「唇長ってなんだよ」
言葉も混ざっていた。
造語を生み出してしまっている。
「まったく、お前との会話は、やってて楽しいよ」
「お褒めにあずかり光栄の至りでございます」
滅茶苦茶な言葉に対して皮肉を言ったのに、光栄に至られてしまった。
褒めてないのに、光栄に至られてしまった。
「小説家さんにそう言って頂けたと考えると、より一層嬉しいものがありますね」
「そうかよ」
嬉しそうだ。
「もしも売れっ子の小説家さんだったら、もっと嬉しかったしょうね」
「その捕捉を何故言おうと思ったんだ。その捕捉を何故言えたんだ」
『また悪口が言える』ということに対しての嬉しさだった。
光栄に至っても、性根の腐り具合は相変わらずなようである。




