じゅう 買い物
「お前、そういえば、買い物には行かねえの?」
某日、そんなことを訊く俺。
特にこれといって所有物のない彼女が、一通りの家事を終えて、ゆっくりしている時分。
「買い物、ですか」
「せっかくのお給料なんだぜ? 使わない手はないだろう」
ましてや、女の子供である。
欲しいものが一つや二つあったって、何もおかしくはあるまい。
なんだったらその金、俺がほしい。
「返せというのですか。お金を」
「言わねえよ。どんな雇い主だ」
ぬか喜びをさせたいというのなら、性格が悪すぎる。
「そうじゃなくて、だから買い物だよ。何か欲しいものくらい、あるだろう」
「あるにはありますが、今はあまり使いたくないですね。貯金したいです。堅実なので」
「ほほう。まるで俺だな」
「まるで違うと思いますけれど」
まるで違うらしい。
俺、本当に堅実なのに。
堅実すぎて、俺の作品がまったく売れなかった時期でも、普通に食えていたのに。
「どういうことですか。売れなかったら食えないでしょう」
それくらい堅実だったのだ。
いや、だから。
「そうじゃなくて、だから買い物だよ。貯金したいのなら、別にそれで構わんが、お前、それじゃあ人間、苦しいだけだ。欲に素直になれよ。そうだ、ここは一つ、俺が金を出してやってもいいぞ」
就職記念というには少々遅いかもしれないが、日ごろから世話になってるしな。
これもまた、感謝の意だ。
「それは本当ですか」
「ああ、本当だ」
「じゃあ、現金でお願いします」
味気のないやつだった。
九歳の女子から『現金』という言葉を聞きたくもなかった。
「冗談ですよ」
「お前の冗談は真顔だから分かりにくいんだよ」
「可憐なオトメに失礼な言いぐさですね」
「何度言っても変わらんが、俺はお前のことを可憐なオトメだとは思っていない」
「なんと」
いやむしろ、『現金をくれ』という文言を冗談として口にするような自分が『可憐なオトメ』であるって、お前の『可憐なオトメ』像はどんななんだよ。
感覚がズレているうえに末恐ろしいわ。
「そういうことなら、買い物、行きましょうよ。お言葉に甘えさせて頂きます」
「おう」
さて、こいつは一体、何が欲しいというのだろうか。
官能小説ではないことを、心の中で祈る俺だった。




