ナツメ先生と決断
ぎゃあああ、休憩で床に着いたら朝になってた!
ゼーラの隣を通過して旅館の中に入ると、玄関のソファでぼんやりと何処かを眺めている女性がいた。
ロニエ達を除けば、久しぶりの只人の女性。僕は少し緊張しながらその人に声をかけた。
「お久しぶりです──ナツメ先生」
「あっ、イティラ君! ようやく来てくれましたか!」
「すみません。色々とバタバタしていて」
ナツメ先生がいつ僕の事を呼びつけたか分からないが、多分ここ一時間二時間の話ではないだろう。
恐らく──一日以上。
『ゴースト』連中が暴れ回っている以上、決断は早く下したかったのだろう。
それは本当にすみませんとしか言いようがない──いや、僕が謝るのは正しくない。僕に判断を仰げと言った学院長に謝らせるべきだ。
というか、本当にあの人は何をしているのだろうか。
いつもなら僕がピンチになったタイミングで格好良く駆けつけてくれるというのに……。いやまあ学院長が居るのはメリカ大陸、僕らがジャワ大陸と駆けつけようにも駆けつけられないのだろうが。
「いえ。学生を守るのが私の仕事だというのに……イティラ君がしている事を止められない私がいけないのです」
「そんな事は……」
「そうですよ。私にもっと力があって、一瞬にして敵を滅ぼす事が出来れば、イティラ君が大変な目に遭う必要はなかったのですから」
ナツメ先生が『ゴースト』を壊滅させられたら僕の役目はない──それは言っても仕方がないというのものだろう。
『ゴースト』を壊滅させられるほど強かったら、恐らくナツメ先生は教師ではなく学院長以上の勇者として世界を駆けずり回っていただろう。
魔王は倒され、邪神らも滅され……きっと僕は今の僕ではなかった。
だから、言っても仕方がないのだ。
「まあ、僕やアレン達の問題は置いといて──他の守るべき学生らを犯罪集団の一件に関わらせても良いんですか?」
「それは……」
僕の質問に対して、ナツメ先生は言葉を詰まらせた。
少々キツい言い方になってしまったが、彼女にはその事を聞いておきたいと思った──僕に判断を押し付けようとした仕返しの意も入れてしまったかもしれないが。
「僕としてはクラスメイト達にも参戦してほしいです。ですが……」
「──彼らも危険な目に遭う」
「そういう事です」
僕としてはクラスメイト達に参戦してほしい──それはこちら側の戦力と『ゴースト』の戦力を比べた時、何よりも先に思う事だった。
こちらの戦力は僕やアレン達の少ない只人組と『シャドウ』のメンバー。そして皇帝に、シェフさん含む皇帝お抱えの兵隊。それにアーサーとクロードといった所だ。
それに対して『ゴースト』は文字通り万軍、大陸中に兵隊を抱えている。
今回潰したこの都市拠点も数ある拠点の中の一つに過ぎず、このジャワ大陸内に幾つも存在しているらしい。
それを相手にするにはとにかく物量が必要だ。
それに──
「皆んなそれぞれの流派の四の型を習得している。戦力としても十分なんですよ」
「……そうですね。彼らも確実に成長しています」
四の型さえ使えれば、『ゴースト』の下っぱ構成員程度なら楽に撃破が出来るだろう。
無論、『仮面なし』や『始祖』相手では無理だが、それは采配次第でどうにでもなる。
「足りない戦力差を埋める為、何が何でも参加してほしい──それが僕の『意志』です」
そう、これは『判断』ではない──『意思』だ。
学院長に任された判断。下すのは僕ではなく──
「ナツメ先生はどうですか? 彼らを戦場に赴かせるか、或いはここで引き籠って成長の目を摘むか。やはり最終判断は僕ではありません──貴女です」
「っ……わたし、は……」
元々小さな身体は更に小さくなり、握った拳を苦しそうに胸に当てて苦悶の声を漏らすナツメ先生。
彼女の頭の中ではどんな思考が巡っているのだろうか。グチャグチャになっているのか、或いは逆に真っ白になってしまっているのか。
しかし、これはしなければならない事だ。
そのまま無言の時間が過ぎようとした時、何処からか声が響いた──
「──そんな意地悪言うものではありませんよ、イティラ君?」
「……ルークソン君。それに他の皆んなも……」
玄関を正面に進むとある大きな階段。そこにはクラスメイト達がズラリと勢揃いしていた。
その中心に立つ我がクラスのまとめ役──ルークソン君は一段一段階段を降りながらそんな事を言ってきた。
──どうやら聞いていたらしい。
「私達、ナツメ先生に鍛えてもらったんですけど〜?」
「この前言ってくれた『強くなったね』って嘘だったんですか?」
「い、いえ! 決して嘘などでは……」
一段一段と降りてくるルークソン君。そんな彼を抜いた女子達が前に出てそう言った。
「イティラ達に隠れてるが、オレ達も大分頑張ってるんだぜ?」
「そうそう。先生に言われてここに引き籠っている間も、みんなで鍛錬したりして」
「俺、やっとオワリノ型を出来るようになったんだぜ! 行かせてくれよ、ナツメ先生!」
「…………」
今度は男子達が前に出てきて、各々の胸の内を語った。
それを前に、ナツメ先生は目を大きく開いて口元に手を当てた。
「──ナツメ先生、私達ならば大丈夫です。どうか、お任せください」
一番後列に追い出されていたルークソン君は再び一番前に出るとふっと微笑んだ。
それに対してナツメ先生は──
「──分かりました。立ち向かいましょう、全員で」
──目の端から流れた一筋の雫を払い、クラスメイト達一人一人の顔を見ていくと最後に力強くそう言った。
すると、今度は僕の方を向いて「これが私、いや私達の決断です」とさっきとは異なる自信を持った面持ちで告げてきた。
それを見ていた僕とアーサーは、笑みを浮かべると大きく頷いたのだった。
勇者学院Aクラス、参戦




