亜脱臼と脱出
「うんん、はあああ」
心地の良い眠りから解放されて僕の意識が覚醒した。しばらくボーッとしていると段々と記憶が蘇ってきた。
「ここは……どこだ」
僕は確か試合で物凄く疲れて会場の端で休憩していたはずだ。しかし、目を覚ました場所は紛ごう事なき宿舎の一室。そして何より──
「手足が動かない。何だこの緑の輪は?」
手足が緑色の輪っかに締め付けられて僕の動きが封じられていた。ちょっとやそっとの力では千切れそうにない。
そういえばあの時、誰かに話しかけられた。その人が僕を眠らせて、縛り付けたと考えるのが妥当か。
「時間は、ちょっとマズイな。脱出出来ないと試合に遅れてしまう。とりあえず、この輪っかの破壊を急がなくちゃ」
策はない。とにかく力技でどうにかするしかない。僕は強化技を使用して、思い切り力を入れてみるが、千切れない。
今は引っ張り続けていれば千切れるだろうという希望に賭けるしかない。とにかく力任せに引っ張り続ける。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ、ハアアアアア」
『そんな事をしても外れない。その拘束魔法は内側からどう力をかけても伸縮して絶対に千切れない様になっている』
不意に脳内に声が響いた。とても久しぶりな声だ。
「生存本能か。久しぶりだな」
『ああ。力を溜めている間、静かにしていたら思いのほか時間が経っていた。また一段と力を上げたな、宿主』
珍しい事に生存本能が褒めてくれていると思ったが、割と褒められることが多いなと気付いた。褒めて伸ばすタイプなんだろう。
『いや、宿主が確かに成長しているから褒めているだけだ。勘違いするでない』
「そういえば僕の考えている事は分かるんだったね」
僕からは生存本能の考えている事は分からないけど……。
『それよりも試合に出たいのではないか。こうして時間を失っている余裕はないと思うが』
「そうだった。どうすれば抜け出せるの?」
『別にワタシは出なくてもいいと思うが、もし物凄く試合に出たいのなら関節を外すんだ』
「試合は絶対に出たい。けど、どうやって関節を外すの?」
『一瞬だけ身体の制御権を貸せ、そうすればワタシが外す。ただ、物凄く痛いぞ』
生存本能って、力を大きく消耗したせいで介入出来なくなったんじゃなかったけな……。
『その為にここしばらく眠っていたんだ。初めにも言っただろう、力を溜めていたと』
「なるほど。それならお願い」
分かった、と生存本能の声がした後、急に自分の身体が自分のものではない様な感覚に襲われた。自分の意に反して身体が動く。
変な感覚を奇妙に思っていた直後、バキッという音とともに今まで感じたこともない様な激しい痛みが肩から一瞬にして広がっていった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。イタイイタイイタイイタイ」
生存本能オオオオオオオオ……。
『だから痛いと言っただろう。それでも良いと宿主は言ったのだから、恨むのは自分にしてくれ。というか、その状態で動いてみろ、普段よりも格段に動けるから抜けられると思うぞ』
こんな痛い中、どうやって動けと……。
『別にワタシがまた動かしても良いんだが、自分でやった方が感じる痛みは少なくなると思うぞ。なにせワタシは痛覚を共有していないからな、宿主がどう感じているのか分からない』
「分かったよ。自分で抜ける」
抜けようと動いてみるとさっきまでの努力は何だったんだろうか、と思うほど案外普通に抜けた。
『次は足だな、といきたい所だが肩を直さねば外せない。また痛むがいくぞ』
「ぐがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
生存本能が雑に治したせいで、さっき以上に強力な痛みが全身に駆け抜けた。痛覚ないからって雑すぎませんかね。
『雑ではなく急いでやってるんだ。そろそろ時間になるぞ』
「本当だ。やばいじゃん。というか超回復で直せば良かったんじゃないの?」
『足の縛りだが、剣を取るには位置が遠い。手刀でオワリノ型をするんだ。そうすれば破れる』
無視された。と言うか手刀でオワリノ型って簡単に言ってくれるけど、割と難しい事を要求されているんだよなあ……。
『さっさとやらないと本当に間に合わないぞ』
「分かった。四の塵──性質変化・剛、オワリノ塵──大嶽穿」
手を頭上に挙げて、足に巻きつく緑の輪に向けて一気に振り下ろした。すると、パンと音を立てて輪は弾けて、消えていった。
『あとは剣を回収して、会場に走れ。少しでも止まったら間に合わないと思え。ワタシはまた休みに入る』
「あの痛さが無駄になるなんて嫌だからね、絶対に間に合わせる。手伝ってくれてありがとう」
生存本能の意識が消えた後、部屋の隅に置かれていた剣を持って扉を開けた。するとその先には魔導学院の生徒が大勢いた。
「逃げ出すぞ。イティラ・トロムを止めろ」
恐ろしい勢いで迫ってくる生徒たち。多分、借りている宿舎だからそう易々と魔法は放てないのだろう。ならば簡単だ。
僕は雷轟で勢いをつけて彼らの頭上を飛んだ。申し訳ないが間にいる巨体の男を踏み台にして僕は生徒の波を脱出した。
そのまま全速力で駆け抜けて会場に入り、ハーツの前に立った。
『さあ、両者、出揃いました。勝利の女神が微笑むのはイティラ選手なのかハーツ選手なのか。それでは開始です』
容赦のない生存本能。




