二重人格
「すっごい元気なお婆ちゃんだったね」
若返ったお婆さん、もとい姐さんは驚きで声を上げた後、「まあ若返ったのなら良いか。ありがとうな、兄ちゃん」と背中をバシバシ叩いてどこかへ行ってしまった。
「それにしても何で超回復で若返ったんだ?怪我や呪い、病気にも効く万能な魔法ではあるけれど……」
「一定以上の老化が只人にとって害と見做されたんじゃないかな。病気と同じで害なら治せるかもよ」
「そんな単純に行くかなぁ?老化と言えば只人の摂理、もっと言えば生き物の摂理だよ。それじゃあまるで僕が神みたいじゃないか」
「じゃあ本当は神なんじゃ、とは言わないけど、超回復の使い手は昔から重宝されてきたからね。重宝されるだけの力はあるんでしょう」
この前の測定に来た医者のおじさんだって言っていたが、超回復は偉大な力だ。その消費魔力の多さ故、今までしっかりと研究されていなく、効果の限界だって分からない。どんなものが治り、そもそもどうやって治るのか。
特にどうやって治ったいるのかが謎なのだ。どんな骨折も治してしまうし、それも骨のくっつきミスが無い。病気は消滅する。骨がくっつくのに対して、病気は消滅するが、相反する様な二つの治り方であっても治ってしまう。考えれば考えるだけよく分からなくなる魔法だ。
「そういえばそんなところで油を売っている暇はない。他の人たちを止めにいかないと、って……」
「もう治ってるね」
僕が次の大魔法学院生の元に行こうと駆け出そうとすると、魔法の暴走が止まってその場に座り込んでいる生徒が見えた。それは魔導師学院生も同じでいつの間にか魔法は止んでいた。
魔力の残滓とともに乾いた風だけが会場を通り抜けて行く。少し前まで雷の性質を持っていたのだろう、不可視の魔力が青色に見えた。
「まあ、魔法について学んでいる人たちだし、暴走の治し方ぐらい知ってたんじゃないかな」
「それなら良かった、何事もなくて」
一名、暴走した魔法に直撃した者がいるが、その人は今頃、運営の他のメンバーに自慢かそれに似た何かをしに行っているだろうし。
「本当になんだったんだろうね。不思議」
「本当に不思議だった」
とにかく異常な状態であったことは間違いない。魔力の暴走なんて滅多に起きるもんじゃないのだから。
『急な問題で不安にさせてしまい申し訳ございませんでした。原因は不明でありますが、もう安全であるとの判断の元で力のトーナメントを再開させて頂きます』
別に今回は大会運営の不手際でないと思うが、主催している大会で起こってしまった問題は運営の責任になるのだろう。
「おっと、もう始まってしまいますか。次は私の番ね」
「うん、頑張って。ロニエとキョウカと応援してる」
「ありがとう。と、言っても戦うのは私じゃないんだけどね。イティラ、私を気絶させてくれない?」
「急だね、なんで?」
フィオナは「察しが悪いねえ」と首を振って何やら無性にムカつく様な憐れみの表情を浮かべた。
「私達の交代の引き金は睡眠や気絶とか、意識が途切れることなんだよ。だから気絶させて欲しいわけ」
「なるほど、分かった。気絶させれば良いんだね」
「うん。だけど、私達はお互いに情報の共有が手紙でしか出来ないから最初はあの子、暴れると思うの。それだけは頭に入れといてね」
「分かった」
そう言うと僕は鞘を構えて出来るだけ強く、かつ速く正確に狙って叩き抜いた。その後、超回復を使用して、目覚めるというもう一つの人格が痛くない様にしておいた。
一分も経たないうちにフィオナのまつ毛が小さく動き始めて、完全に目を開いた。
「……ううん。ん!アンタは」
目を開くなり、後方に飛び跳ねて距離を取ったフィオナ。僕の呼び方も違うし、何より纏っている雰囲気が違う。本当に二重人格なんだろう。
「起きたのか、フィオナ。ん?フィオナで良いのかな」
「アンタ、私のことが見えてるの?こんな物陰で何をするつもりだったんだ」
「君、いや君たちに掛かっていた呪いは僕が治した。これから試合だから君を呼び出してくれと言われてフィオナを気絶させたんだ。
「なるほどな……。私達について教えたのか、フィオナは。私の名はクロエだ」
クロエはフィオナが言っていた様に暴れ出さなかった。しっかりと僕の言葉から状況を理解してくれた様だ。
「僕はイティラ・トロム」
「イティラ・トロムか……。魔女の呪いはあの子にとって悩みや悲しみの種だった。取り除いてくれてありがとう、トロム」
そう言うクロエは保護者の様でとてもフィオナを愛している事が伝わってくる。
「いいや、困っている人がいるなら助けたいからね。それにまあ、色々あったし」
「そうか。じゃあ、私は試合に出てくるか」
そう言って服を脱ぎだすクロエ。
「ちょちょちょ、もう透明化の呪いはないんだからね!」
「ん?ああ、そうか。忘れていた」
「どうして忘れちゃうの!?」
「私が目覚めた時は透明化の呪いが掛けられた後だったからな。戦う時は裸、って当たり前になっているんだ、ちゃんと戦えるか分からないな」
困った困った、と首を振るクロエはかなり本気で困っている様で大丈夫かな、と思わざるを得ない。動きづらいと言って、試合中に急に脱ぎ始めてしまわないだろうか。
『フィオナ選手。いらっしゃらないのでしょうか』
レオナルドさんの声が響く。どうやら時間がかかり過ぎてしまった様だ。
「おっと、行かないと。話はまた後でな、トロム」
そう言って、音もなく走り去って行くクロエ。
「絶対に服脱がないでね」
なんて呼びかけをしているんだ、僕は……。
「分かっている」
その言葉が聞こえた頃にはクロエは僕の視界から消えていた。
「本当に大丈夫かな……」
透明化していると思って脱いでしまう日は来るのでしょうか……。




