暴走とヒエェェぇ
突然、会場全体に強力な魔法が放たれた。ある所では氷山が立ち、ある所では火柱が上がる。巨大な竜巻が起きているところや落雷が止まらない所もある。
「なにが起きているんだ……?」
他の学院の生徒の実力は殆ど知らない。しかし、勇者学院生だけはとても分かる──特に何度も何度も剣を交わしてきたアレンの実力は。
その彼が魔族であり、九位階の七であるヘイルと同等の氷山を創り上げた。
元々は同じ魔法『操氷』を用いているから物理的に再現することは不可能ではないが、アレンの魔法力、魔法技能は一般よりも少し達しない程度にある。
魔法に特化した、しかもその中で特に強い七人の魔族の真似が出来るほど彼は実力を持っていない。
それは彼自身も言っていたことだ。圧倒的に魔法の才能が足りないと。
だからこそ、目の前の光景が異常なのだ。いつも通り、努力をして出来るようになったわけでもない。いくら努力しても魔法に関しては全く伸びない彼を側で見てきた。
「どうなっているのでしょうか?」
当然、ロニエもしばらくアレンを見てきた者だ。僕と同じ考えになる。
「皆目見当もつかない」
いつの間にか体を動かせる様になっていたが、事の事態に気を引かれて驚いている余裕はなかった。
「アレン君の様子がああなのであれば、他の人たちの魔法も暴走の様な何かがされていると考えて良いと思いますね」
依然火柱は止まず、雷は落ち続けている──もう、相手は倒れているというのに。術者の様子は何故か止まらない魔法に困惑して、焦っている様だった。
「これはまずいな。魔法の暴走に近いものが起きている可能性が高い。魔法が止まらなければ術者は魔力切れで死んでしまう」
「それは本当にまずいですね。どうやって止めましょうか」
「みんなを気絶させちゃえば良いんじゃない?」
「それでは止まらないと思う」
魔法の暴走。それは体内に貯蓄されている魔力を体外に出し、性質をつける為の経路の出口が壊れて魔力及び魔法が垂れ流しになってしまう状態だ。
「魔力経路を『超回復』で治せるかな」
「やってみる価値はあると思います」
術者は四人、それぞれの会場だ。優先順位をつけるならばアレン、翔剣、大魔法、魔導学院生の順だ。後ろ二人は常日頃から魔法を扱い、学校から専門的に習っているから魔力量は少なくないはずだ。しかし、アレンと翔剣学院生は僕の知っている事とフィオナが知っている事を合わせると魔力量が多くない。優先して助けるならそっちだ。
僕と二人は別れて行動して、解決にあたる。今は大会の運営もワタワタしていて協力を仰ぐ事も出来なそうだ。
「アレン、大丈夫?」
アレンの元に駆け寄り、急いで超回復を使用する。あれから尚、高さ、太さが増している氷山。消耗した魔力量も相当だろう。
「ああ……何とかな。それよりどうなっているんだ、急に魔力が煮えたぎる様な感覚になったかと思ったらこうだ」
「原因は分からない。席から見ていた僕らも何か変化があった様には見えなかった」
「そうか……」
いくら超回復を掛けても、アレンの魔法が止まらない、どれだけ魔力を込めようとも。
すると、身体の中心が急に高熱を帯び始めて、やがて全身に広がった。と、思ったら身体から溢れ出す魔力量が一気に増えた。
「???」
(魔力が熱い、アレンが言っていたのと同じような症状だ。まずい、直ぐに魔法をやめなければ暴走する)
僕は急いで魔法の行使をやめた。魔法の暴走は……ない。
「ふう、危なかった」
「おっ?イティラ、魔法が止まったぞ」
「本当だ、氷山の拡大が止まっている。良かった」
天を衝く勢いで大きくなっていた氷山が止まった。なんとかアレンを助けることが出来た。
「ただ、魔力の消費は尋常じゃないな」
そう言ってバタンと横になったアレン。魔力切れは起こしていないが、急激に魔力を失ったせいで疲れたといったところだろう。
「ごめん、アレン。また後で迎えにくる」
この後にはまだ三人、止めなければならない人がいる。最高速で行かなければ救えない命があるかもしれない。
僕は雷轟で会場を横切って次の人の元に駆けた。翔剣学院生もアレンと同様に超回復を暴走しかけながらも何とか治せた。
「イティラ君!」
会場を駆けて、次の生徒の元に行こうとする途中でロニエに呼ばれた。
「キョウカちゃんが……キョウカちゃんが苦しそうに蹲っています。もしかしたら、魔法を受けたのかもしれません」
駆け寄るとキョウカは苦しそうに顔を顰めながら唸っていて、何かに耐えているようにも見えた。
「大丈夫?!とりあえず『超回復』」
とにかく、苦しみが軽減するように超回復を行使した。すると──
暴走の兆候なしに僕の魔力が溢れ出し、キョウカに大量の回復魔法を浴びせた。
幸いにも何もなくキョウカの苦しみも取り除けた様だが、今のはおかしかった。さっきまではあった魔力の加熱がないままに溢れ出した。
「イティラ!こっちのお婆ちゃんが」
今度はフィオナに呼ばれて行くと。明らかに魔法に被弾して怪我をしている運営の割と高齢のお婆さんがいた。
「元魔導師だから九死に一生を得たらしいけど、酷い怪我をしてるの」
落雷が直撃した感じのかなり酷い傷を僕は直ぐに超回復で治癒した。
(……まただ)
僕の中で何かつっかえが取れた様に治癒の性質を持った魔力が溢れ出す。経路の出口が完全には壊れていないが度々の暴走寸前の超回復に、かなりイカれてしまったのだろう。
「ちょっとちょっとイティラ。お婆ちゃんが……」
「ん?お婆さんがどうしたの、って」
僕の目の前で治癒魔法を受けていた人がさっきのお婆さんではなくなっていた。いや、正確には見た目が変わっていた。
ヨボヨボだった皮膚や皺が多かった皆んなのお婆ちゃんといった様子は見る影もなく、姐さんと呼ぶべき見た目に早変わりしていた。
「あのお婆ちゃん?これを見てどう思いますか?」
フィオナがポケットから小さな手鏡を取り出してお婆さん、もとい姐さんに手渡した。
「ん?なんでお前さんが私の若い頃の写真を持っているんだい?」
若い澄んだ声とお婆さんの口調が相反しあって、何故かムズムズする。
「お婆ちゃん。これは写真じゃなくて鏡です。お婆ちゃん、若返っちゃいました」
「ヒェェェぇぇぇぇ」
姐さんがあまりの事に叫んだ。多くなった肺活量を存分に活用して、それはそれは大きな声で会場に響き渡らせた。
ヒエエエェェェぇぇぇ。




