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クロノス・ギア〜故郷を焼かれた俺は、魔獣の時間を喰らって強くなる。ただし、喰らうほど人間ではなくなっていく〜  作者: 錆びた歯車


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絶望の底、目覚める刻の番人:【4】軋む回廊、忍び寄る気配

回廊には、二人の足音だけがあった。


アレンの履き潰したブーツが結晶の床を擦る、ざり、という鈍い音。


その半歩後ろから、ルカの杖の先が、こつ、こつ、と一定の間隔で床を叩く音が重なる。


地上ではとうに聞き慣れたはずの音なのに、この地下では、やけによそよそしく響いた。


淡青い光が届かない天井の高みや、回廊の先の暗がりが、音を吸い込んでは、少し遅れて、違う形にして返してくるからだ。


しばらく無言のまま歩を進めるうちに、周囲の気配が微かに変わっていくのをアレンは感じ取っていた。


口を開けば、きっと何かを言ってしまう。


じいさんのこと。 もう戻れないエミールの景色のこと。


それが分かっているから、二人とも、あえて何も言わなかった。沈黙は優しさであり、同時に、目を逸らすための壁でもあった。



冷たかった空気が、さらに重く、肌にまとわりつく。


古い金属と湿った土が混ざったような匂いが鼻の奥に居座り、息を吸うたびに、肺の底がじわりと冷えていく。


壁を伝う結晶の光も、心なしか、先ほどより赤みを帯びて明滅しているように見えた。


淡く静かだったはずの光が


今は


脈打つ血管のようにゆっくりと強弱を繰り返している。


まるで遺跡そのものが、二人の接近する何かに呼応して、警戒の色を強めているかのようだった。




『補足情報。この区画の環境データに、更新履歴のない変化を複数確認。……理由は不明です』


イヴの声が、抑揚のないまま脳内に落ちる。


彼女が言う、「不明」の意味を、アレンはこの時まだ何もわからない。


ちらりと横目でルカを見る。


しっかりと前を向いてはいるが、杖を握る指の関節が、白くなるほど強張っている。


それでも彼女は、何も言わない。


震えているのを悟らせまいとするその横顔に、アレンは何も言えないまま、視線を前へ戻した。



その時だった。


遠くから、硬質な何かが擦れ合うような、耳障りな音が微かに響いてくる。


ズル……ガチャッ、ガチャ……


不規則に繰り返されるその音は、得体の知れない生き物の足音。


一度聞こえてしまうと、もう無視はできなかった。


静寂の底に、細い針を刺し込まれたような不快さが、じわじわと広がっていく。


音は間隔を詰めながら、


少しずつ、


しかし確実に、


大きくなっていた。


「……なんか、変な音がする」


ルカが足を止め、杖を握る手に力を込めた。その声には、隠しきれない緊張が滲んでいる。



『警告。前方に生体反応を検知しました』


『距離……』


『急速に接近中』


『……照合データなし。推定脅威度、算出不能――未知種族の可能性あり』


脳内に響いたイヴの声は、抑揚のないままだったが、その言葉の意味だけは重く二人にのしかかった。


「算出不能」


という言葉が、これまでのどんな警告よりも不気味に響く。


背筋を、冷たいものが這い上がる。


アレンは無意識に、手にした鉄パイプを強く握り直す。掌に滲んだ汗が、冷たい金属に張り付くのが分かった。


武器と呼ぶにはあまりに心許ない、ただの鉄の棒。


特別な力も、名のある剣もない。


それでも、これが今、自分たちを守る唯一の牙だった。


(俺が、やるしかないんだ)


そう思った途端、脳裏に、じいさんの大きな手の感触がよぎった。


乱暴に


けれど温かく頭を撫でてくれた


あの無骨な掌。あの手はもう、どこにもない。だからこそ、ここで足を止めるわけにはいかなかった。


「……戦うしかない、んだよな」

「うん。……大丈夫。僕たちなら」


震える声で、それでもルカははっきりと頷いた。


かつて怯えて足を止めていた少女は、もうそこにはいなかった。


木の杖を握る指先には、覚悟と呼ぶべき静かな力が込められている。


二人は互いに視線を交わし、小さく頷き合った。



言葉はいらなかった。



じいさんを、村を、エミールを失った悲しみは、まだ癒えない。


だが、その悲しみは、いつの間にか、前へ進むための確かな力へと姿を変え始めていた。


暗い通路の奥へと、一歩、また一歩と足を踏み出していく。


軋むような足音が、反響とともに狭い回廊の中で交錯する。


地上への勝ち上がりと、失ったすべてへの復讐のための、長い長い闘いが――


今、この地下50階層から、堂々とその幕を開けようとしていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アレンとルカが悲しみを抱えたまま、それでも前へ進むと決めるまでの物語でした。二人にはまだ、立ち止まって心を整える時間が必要だと思い、静かな回廊の場面をあえて長めに描いています。


そして最後に、回廊の奥から得体の知れない何かが近づいてきました。地下50階で二人が初めて向き合う……。この先、物語は一気に動き出します。


次はいよいよ、イヴが覚醒します。私自身、この場面を書くのを心から楽しみにしていて、今から胸が高鳴っています。一方で、アレンとルカがこの先どんな道を歩むのかは、実はまだ決めかねているところもあります。二人がどんな選択をするのか、私も見届けるつもりで書き進めていきます。


よろしければ、これからもお付き合いください。

読んでくださって、本当にありがとうございました。


お手数ですが、☆での率直な評価をいただけると、今後の執筆の参考になります。どうぞよろしくお願いいたします。

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