序章:崩壊の調べ :【4】絶望
しかし、高台へと息を切らせて駆け上がった二人の眼前に、それまでの魔族兵とは次元の異なる
「絶対的な死」
が、すでに立ち塞がっていた。
そこに佇んでいたのは、漆黒の禍々しい金属の鎧を纏った、圧倒的な体躯を持つ男。
おぞましい鋭利な鱗に覆われた顔面、結晶のように静かに光る爪、空気を打つ巨大な尾。
そして何より、すべてを冷酷に支配するような黄金の双眸。
その存在そのものが、周囲の夜気を凍りつかせている。
その名は――ガイル。魔族兵たちですら恐怖に震え、直立不動で頭を垂れる、圧倒的な存在だった。
「ほう。鼠が二匹、まだ息をしていたか」
「ガイル様……っ! 不意を突かれたとはいえ……大変申し訳ありませんっ!」
魔族兵の弁明に、ガイルは一瞥もくれない。
彼の声は重低音の地鳴りのように響き、周囲の空間そのものをビリビリと震わせていた。
ルカはその圧倒的なプレッシャーの前に完全に腰を抜かし、床の草地へとペタリと崩れ落ちた。
杖を握る指先は血の気が引き、歯をガタガタと鳴らして恐怖の涙を流している。
アレンもまた、ボロボロの薪割りの斧を構えた姿勢のまま、全身の筋肉が鉄のように硬直していた。
ルカを庇うように一歩前に出るのが限界だ。
だが、彼の瞳の奥にある正義の炎だけは、ガイルの凍てつく視線を拒絶するようにぎらぎらと燃え盛っていた。
ガイルはアレンのその視線に酷く退屈そうな一瞥をくれると、鋭い爪を持つ手を、蚊でも払うかのような軽い動作で二人へと向けた。
その瞬間、ガイルの手のひらの前に、空間を焼き切るような禍々しい赤い光を放つ巨大な【炎の魔法陣】が展開された。
「・・・」
「『劫火球』」
詠唱破棄。
一瞬の隙もなく形成されたのは、周囲の光すら吸い込むような、極大の黒赤き炎の球だった。
直撃を受ければ、熱線によって一瞬で細胞ごと蒸発させられ、塵すら残らない。
絶対的な死のエネルギーが、空間をグニャリと歪めながら、少年の視界を真っ赤に染める。
(動け……動けよ、俺の足……っ!)
アレンが自分の動かない足に呪詛を吐いた、まさにその刹那。
二人の身体は、横から弾丸のように飛び込んできた、見覚えのある古びたローブによって、猛烈な勢いで突き飛ばされた。
じいさんだ。二人の後を追って、死に物狂いで駆けつけてくれたのだ。
「お前たちは、まだここで死んではならない……! 未来の器よ……っ!」
「じいさん――ッ!!!」
じいさんは自らの命を賭して、手に持っていた古の魔導書を掲げた。本から溢れ出た幾重もの光の障壁が幾何学模様を描いて展開し、ガイルの極大の炎を至近距離で受け止める。
バリバリバリバチィィィッ!!!
じいさんの絶叫。
黒赤き炎と純白のシールドが激突し、周囲の空間がガラスのように歪むほどの凄まじい大爆発が巻き起こった。
アレンの目に、じいさんが、爆炎の中で一瞬にして白光の中に消えていく光景が焼き付く。
「じいさん……っ!!!」
至近距離での大爆発。
その衝撃波は、二人の生身の肉体をまるで鉄槌で殴りつけられたかのように容赦なく吹き飛ばした。
アレンがルカの手を掴もうと伸ばした指先は、爆風の暴力によって一瞬で引き剥がされる。
抵抗する間も、踏ん張る間もない。
ただの物のように虚空へと投げ出された二人の身体は、大爆発の光が抉じ開けた地下通路の縦穴――その底知れぬ暗黒の奈落へと、凄まじい速度で吸い込まれた。
「うわあああああああああああッ!!」
ルカの悲鳴が遠ざかっていく。
二人の身体は、光の届かない漆黒の奈落へと、真っ逆さまに吸い込まれた。
ギィィィイン……
重厚な金属音が響き、地下へのハッチが自動でゆっくりと閉じる。
地上を焼き尽くす炎の赤い光は、完全に遮断された。
あとに残ったのは、ただ圧倒的な闇と、どこまでも深い沈黙だけだった。
ご一読いただきありがとうございます!
これにて序章『崩壊の調べ』が完結となります。
圧倒的な絶望とともに奈落へと突き落とされたアレンとルカ。
全てを失った少年たちの、世界を揺るがす「復讐と逆襲の旅路」はここから始まります。
次回からいよいよ第1章がスタートします。地下遺跡でアレンと出会う・・・?
お手数ですが、☆での率直な評価をいただけると、今後の執筆の参考になります。どうぞよろしくお願いいたします。




