序章:崩壊の調べ :【2】 歯車の老人と、奇妙な警告
「おいおい、お前さんたち。またそんな場所で油を売っているのかい」
背後から響いた、低く枯れた声。
二人は同時に振り返った。
そこに立っていたのは、ボロボロの古いローブを纏った村の変わり者の老人。
深く被ったフードは、いつも顔の右半分だけを影の中に隠していた。村の誰も、その下を見たことがない。
腰には無数の工具や、見たこともない奇妙な金属片、鈍く光る結晶石をぶら下げている。
人々からはただ「じいさん」と呼ばれていた。
この高台にある巨大な歯車を毎日毎日、磨いたり観察したりしている風変わりな職人だ。
「じいさん! 今日も歯車の掃除?」
アレンが手を振る。
じいさんはローブのポケットから、いくつかの乾燥した果物を取り出すと、二人の手のひらに放り投げてくれた。
「掃除さ。この歯車はね、ただの鉄の塊じゃない」
じいさんは愛おしそうに巨大な錆びた鉄に触れる。
「1000年前の、人間が神の領域に触れていた頃の、 偉大なる『時空の針』の一部なんだよ。」
「いつか、この星の運命が狂う時、この歯車は再び動き出す」
じいさんはいつも、そんなおとぎ話のような夢物語を語っていた。
魔法が使えないアレンは、じいさんの語る「超古代の失われた技術」という話が大好きだった。
「ねぇ、じいさん。もしこの歯車が動いたら、どうなるの?」
ルカが果物を口に運びながら尋ねる。
じいさんは親指の腹で顎の先をなぞりながら、遠い、本当に遠い空を見つめるようにして、深い皺が刻まれた目を細めた。
「世界が、生まれ変わるのさ。
……あるいは、すべてが滅び去るか」
すとん、と腑に落ちるような、冷たい沈黙が降りる。
「……アレン、ルカ。お前さんたちは、もし全てを理不尽に奪われる日が来たら、どうする?」
「決まってるよ」
アレンは間髪入れずに、拾った薪の棒を剣のように構えてみせた。
「怖いけど、それでも守りたい。魔法が使えなくたって、戦う方法はあるはずだろ?」
「正義感が強すぎるって長老には怒られるけど、俺は絶対に諦めない」
ルカは木の杖を強く握りしめた。
「僕は……」
「僕は臆病だから、すぐに逃げたくなると思う。」
「でも、アレンが戦うなら、僕は――アレンの背中を絶対に支える。アレンを一人にはさせないよ」
じいさんは二人の言葉を聞き、満足そうに、どこか哀しげに笑った。
「良い眼だ、二人とも。その絆を、決して忘れるんじゃないぞ。」
「……世界を書き換えるのは、いつだって神ではなく、地を這う人間の意志なのだからな」
じいさんは背を向けかけて、ふと足を止めた。そして、ルカにだけ聞こえるほどの小さな声で言った。
「ルカ。……いつか、この歯車の向こうから、誰かがお前を呼ぶ声がしたら――返事をしてやってくれ」
「え……?」
ルカが聞き返したときには、じいさんはもう、自らの作業場へと戻っていくところだった。
空はゆっくりと、燃えるような茜色から、深い夜の群青へと移り変わろうとしていた。
エミール村の、いつも通りの、あまりにも愛おしい一日の終わり。
だが、二人はまだ知らなかった。
この美しい夕暮れが、自分たちの知る「日常」の、本当の最後の光であることを――。
第2話をお読みいただきありがとうございます!
村の変わり者のじいさんが磨いていた巨大な歯車。
1000年前の「時空の針」という言葉が、この先アレンたちの運命を大きく変えていくことになります……!
二人三脚で付き合ってくれているAI先生からも「じいさんのセリフの重みが最高!」と赤ペンをもらい、とてもワクワクしながら形にできました。
次回、ついにエミール村を最悪の悲劇が襲います。
お手数ですが、☆での率直な評価をいただけると、今後の執筆の参考になります。どうぞよろしくお願いいたします。




