ステップ&エラー 命を削る学習:【2】 迫りくる「漆黒の双鎌」
最後の一段を上りきった瞬間、空気が変わった。
地下49階。
結晶の回廊が、まっすぐ奥へ延びている。
壁に埋め込まれた青い光が、ゆっくりと明るくなり、また暗くなる。
明るく。暗く。
まるで、遺跡そのものが息をしているみたいだった。
「……なんか、静かすぎない?」
ルカが、杖を胸に抱えて小さく言った。
アレンは答えず、耳を澄ませた。
風の音もしない。水の滴る音もしない。
森で、鳥が一斉に鳴きやんだときと同じだ。
――『静かな森ほど、何かいる』――
じいさんたちの声が、また耳の奥で鳴った。
キチ。
光が暗くなった、その一瞬。
キチ、キチ、キチ……。
硬いものが擦れ合う音が、前の闇から近づいてくる。
「ルカ、下がってろ」
「え……」
「いいから」
アレンは鉄パイプを構えた。
足を開き、腰を落とす。
さっき、何度も振った構え。
青い光が、また明るくなった。
そこに、いた。
アレンの背丈をゆうに超える、漆黒の影。
細い六本の脚。逆三角形の頭。感情のない、ふたつの複眼。
そして、胸の前に折りたたまれた、二本の腕。
いや――鎌だ。
内側に、獣の牙のような棘がびっしりと並んでいる。
結晶の光を受けて、黒い甲殻がぬらりと光った。
頭の奥で、イヴの声が響いた。
『前方に敵性体。識別名称、シザー・プレデター』
『外殻の硬度は、現在の装備を大きく上回ります。有効打は困難です』
アレンは答えなかった。
右手を一度だけ、握り直した。
――あの時は、全部、借りものだった。
止まった世界も。赤い光を砕いた指先も。
だから、今度は。
魔獣の複眼が、アレンをとらえた。
六本の脚が、ぐっと沈む。
『獣は、跳ぶ前に脚を溜める』
――来る。
黒い影が、消えた。
違う。速すぎて、目が追いつかないだけだ。
風が、横から来た。
アレンは、考えるより先に膝を折っていた。
ひゅっ――。
頭の上を、何かが通り過ぎた。
遅れて、髪が数本、はらりと落ちる。
背後の結晶の壁に、斜めの深い傷が走っていた。
(かわせた……!)
鎌を振り抜いた魔獣の脇腹が、がら空きになっている。
「おおおっ!」
アレンは、低い姿勢のまま鉄パイプを叩きつけた。
ガンッ!
岩を殴ったような衝撃が、腕から肩へ突き抜ける。
手のひらが痺れて、指の感覚が飛んだ。
黒い甲殻には、かすり傷ひとつ、ついていなかった。
「……っ!」
『現在の残存出力で使用できる機能は、一つです』
『瞬時駆動』
「……オーバー、クロック?」
『宿主の神経と筋肉に、限界を超えた駆動を強制します』
『持続時間は1.42秒。それ以上は、宿主の肉体が耐えられません』
魔獣の頭が、ぐるりとこちらを向いた。
首の付け根から、ありえない角度に。
複眼の中に、無数の小さなアレンが映っていた。
「そんな危なくて、一瞬で終わる力なんて――」
言い終わる前に。
もう一本の鎌が、高く、振り上げられた。
下がらなきゃ。
足が、動かない。
さっきの一撃で、重心が前に流れたままだ。
『使用を推奨します』
1.42秒。
瞬きひとつ分の、借りものの力。
――そんなもの、借りなくたって。
鉄パイプを持ち上げる。痺れた手が、言うことを聞かない。
「アレン――!」
ルカの叫び声が、遠くで聞こえた。
黒い刃が、落ちてくる。
鎌の内側の棘の、一本一本。
刃先から垂れる、一滴の体液。
すべてが、やけにはっきり見えた。
なのに、身体だけが、ついてこない。
(……くそ)
まだ、何も――。
そのとき。
『生命反応、危険域』
抑揚のない声が、頭の奥で告げた。
『宿主の生存を最優先。瞬時駆動、強制起動』
ドクン、と。
心臓が、一度だけ、大きく跳ねた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は本業が立て込んでしまい、更新が遅くなりました。
待っていてくださった方、本当にありがとうございます。
この回は、アレンが自分の力だけで踏み出した回でした。
かわせた一撃と、届かなかった一撃。その差をどう書くか、悩みました。
少しずつですが、これからもがんばって自分の理想の物語を書き続けていきます。
お手数ですが、☆での率直な評価をいただけると、今後の執筆の参考になります。どうぞよろしくお願いいたします。
先輩たちの意見もいただけたら嬉しいので気軽にコメントは入れてください。楽しみに待っています。




