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クロノス・ギア〜故郷を焼かれた俺は、魔獣の時間を喰らって強くなる。ただし、喰らうほど人間ではなくなっていく〜  作者: 錆びた歯車


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地下 50 階、格上の捕食者たち:【3】届かぬ牙

引きずられる。


床が、背中を削っていく。


焼けた足首が、骨まで軋む。


「くそっ……離せ……ッ!」


アレンは溶けかけた鉄パイプを床に突き立てた。


ガリガリガリッ――!


火花が散る。


それでも、止まらない。


赤いコアが、近づいてくる。


ドクン。


ドクン。


その鼓動が、もう、耳元で鳴っているようだった。


「アレン……!」


背後で、ルカが杖を握りしめていた。



残された魔力は、あと一つ分。


攻撃に使えば、もう、アレンの傷は治せない。


回復に残せば、アレンは今、あの肉の塊に呑まれる。


迷っている時間は、なかった。


(じいさん……僕、臆病だから、すぐ逃げたくなるって言ったよね)


(でも――アレンの背中は、絶対に支えるって、約束したんだ)


ルカは、震える唇を強く噛んだ。


そして、杖を掲げた。


「アレンを――離せぇぇぇッ!! ――『集え、我が呼び声に、狂えよ大気の刃――風よ、弾けろ爆裂風(ウインド・バースト)』!!」


最後の魔力が、一滴残らず、杖の先へと注ぎ込まれる。


ゴォッ――!


放たれた突風の塊が、アレンの足首を捕らえた触手を、根元から叩き千切った。


そのまま、巨体の側面へと炸裂する。


ドロドロとした肉の塊が、大きく、大きく、左へと傾いた。


取り込まれた刃や歯車が、流体の中で一斉にずれ動く。


その隙間から――


赤いコアが、無防備に、アレンの正面へと露出した。


「今だよ、アレンッ!!」


叫んだルカの膝が、がくりと崩れた。


杖が、床に転がる。


もう、彼女には何も残っていない。


全部を、アレンに託したのだ。


魔法の才能はない。


特別な力も、名のある剣もない。


手にあるのは、酸に溶けかけた、歪んだ鉄パイプが一本だけ。


それでも――


燃え落ちるエミールの赤い空。


両手を広げて自分たちを庇った、じいさんの大きな背中。


嘲笑うように見下ろしていた、ガイルの冷たい黄金の瞳。


そして、全部を託して崩れ落ちた、ルカの笑顔。


そのすべてが、アレンの肉体を、前へと突き動かした。


「おおおおおおおあああああッッ!!」


焼けた足で、床を蹴る。


スライムの懐へと、深く、深く滑り込む。


全体重を、この一撃に乗せる。


鉄パイプの先端が、半透明の流体へと突き刺さった。



ジュウウウウウッ――!!



腕が、焼ける。


流体に沈めた両腕の皮膚が、見る間に溶け、赤く爛れていく。


指の感覚が、消えていく。


取り込まれた刃が頬を裂き、熱い血が顎を伝って落ちた。


それでも止まらない。


止まれば、終わる。


「ッ届け……、届けぇぇぇぇッ!!」


重い抵抗を、強引に突き破る。


流体を貫き、刃の隙間をすり抜け――


ようやく。


鉄パイプの切っ先が、赤いコアへと届いた。



カチン。



「え……」


アレンの口から、短い声が漏れた。


手応えは、なかった。


渾身の一撃は、コアの表面で、あまりにも軽く、虚しい音を立てて弾かれた。


コアには、傷一つついていなかった。


ドクン。


ドクン。


何事もなかったかのように、赤い光が、目の前で静かに脈打っている。


アレンの全力など、最初から存在しなかったかのように。


これが、今の自分たちを守る、唯一の牙だった。


その牙は、あまりにも短く、脆かった。


生物としての格が、違いすぎたのだ。


――ドクンッ。


コアの鼓動が、変わった。


速く、激しく。


怒りに、震えるように。


至近距離。


スライムの体内から、黒鉄の刃を無数に内包した酸の触手が、大砲のような速度で撃ち出された。


避ける、という選択肢すら、なかった。


ドガァァァァァンッッ!!!


「が、はっ…………」


触手が、アレンの胸を、正面から貫いた。


そのまま身体ごと持ち上げられ、回廊の壁へと叩きつけられる。


結晶の壁に、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。


ずるり、と。


触手が引き抜かれる。


アレンの身体は、壁から床へと、ゆっくりと崩れ落ちた。


胸から、赤いものが溢れ出していく。


止まらない。

止められない。


「……アレン?」


ルカの声が、ひどく遠くから聞こえた。


「アレン……アレン……っ!! いやだ……いやだよ……!!」


ルカが、床を這ってくる。


もう立つ力もない身体で、それでも、這ってくる。


血まみれの胸に、震える両手を重ねた。


「『優しき女神よ、その大慈の衣を広げ、微かなる癒やしの光で――』……っ!」


淡い緑の光が、ほんの一瞬、灯った。


けれど、その光は、アレンの傷口に触れた瞬間――



ふっと、霧のように消えた。



「なんで……なんでよ……っ! お願い、治って……治ってよぉ……っ!!」


何度も。

何度も、何度も。

灯っては、消える。

灯っては、消える。


「僕が……僕が、回復の魔力を……使っちゃったから……っ!!」


ルカの涙が、アレンの頬に落ちた。


温かい、とアレンは思った。


それが、最後に感じた温度だった。


視界が、色を失っていく。


ルカの泣き顔が、滲んで、遠ざかっていく。


(……ごめん、ルカ)


(守るって……言ったのにな)



(じいさん……俺……何も、できなかった……)



鼓動が、ゆっくりになっていく。


ドクン。



…………ドクン。



……………………


そして――


止まった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

やっとここまで来ました!!


アレンの運命はいかに!

強敵を前に最高のタイミング、最高の条件でもかなわない絶望。

ルカの悲鳴。

今回は、書いていて一番苦しかった回かもしれません。


学習する強敵。アレンが何度も立ち上がって振り回してきた「牙」は、相手に届いた牙もはじかれ。ルカの癒しの力も同じで、傷口に触れたとたんに消えていく。


二人とも、できることは全部やっています。それでも届かない。そんな場面をごまかさずに書こうと決めて、この回を書きました。


タイトルの「牙」は、アレンの一撃のことでもあり、ルカの祈りのことでもあります。


重たい回にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


お手数ですが、☆での率直な評価をいただけると、今後の執筆の参考になります。どうぞよろしくお願いいたします。

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