地下 50 階、格上の捕食者たち:【2】学習する捕食者
『流体部分の損傷は、即時修復されます。有効打は、コアへの直接攻撃のみです』
「言われなくても……分かってる……!」
アレンは鉄パイプを支えに立ち上がった。
酸を浴びた腕が、じくじくと焼けるように痛む。
焼け爛れた皮膚が、握った鉄パイプに張り付いて、力を込めるたびに引き攣れた。
「アレン、腕が……!」
「平気だ。……お前は、どこも怪我してないか」
「僕は……アレンが、庇ってくれたから……」
ルカが唇を噛む。
アレンは鉄パイプを両手で握り直し、スライムへと突きつけた。
来るなら来い。
そう言うように、錆びた先端を、赤いコアへとまっすぐ向ける。
スライムの動きが、止まった。
赤いコアが、じっとこちらを向いている。
いや――
見ているのは、アレンではなかった。
アレンの手の中の、鉄パイプだった。
ぼこり。
スライムの表面が、盛り上がった。
濁った緑の流体が、細く、長く伸びていく。
伸びながら、形を変えていく。
そして、その先端に――
体内に取り込まれていた黒鉄の刃が、ずるりと押し出されてきた。
「……おい」
アレンの喉が、乾いた音を立てた。
触手の先端は、パキキッと音を立て、刃を支える柄のように、硬くなる。
スライムが、それを持ち上げる。
ゆっくりと。
アレンが今、鉄パイプを構えているのと、まったく同じ角度で。
『……解析。対象は、マスターの武器を観測し、その形状と構えを模倣しています』
イヴの声が、淡々と告げた。
『本個体は、獲物の動きを見て、学習するようです』
「俺の……真似、だと……?」
刃のついた棒が、ぐん、と後ろに引かれる。
それは、アレンが鉄パイプを振りかぶるときの動きそのものだった。
ヒュンッ!
「伏せろ!」
アレンがルカの頭を押さえつける。
刃の触手が二人の頭上を薙ぎ、背後の壁を深々と抉った。
触手から飛び散った酸の飛沫が、壁の結晶をジュッと白く曇らせる。
「嘘……だろ……」
ヒュン、ヒュンッ、ヒュヒュンッ――!
四方から、刃が襲いかかる。
アレンは転がり、跳ね、壁を蹴って、必死にかわした。
ヒュン――!
避けそこねた刃が、脇腹を掠める。
服ごと皮膚が裂け、傷口に酸が染みて、視界が白く弾けた。
「クッ……ルカ、もう一発頼む! 触手の柔らかい所に打ち込んでくれ!」
「うんっ! ――『集え、熱き火種よ、我が呼び声に応えて燃え盛れ(ファイア・アロー)』!」
炎の矢が、スライムの腕へと飛ぶ。
だが――
着弾の直前。
柔軟性を持つ触手の表面が、ざらりと、鈍い灰色に変わった。
火の玉が、触手に弾かれる。
「……え?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
焦げ跡ひとつない。
ついさっきまで、炎で泡立っていたはずの流体が――
『……解析。対象、表層組織を変質させました』
イヴの声が、淡々と告げる。
『一度目の炎を記憶し、耐性を獲得したものと推測』
『――本個体は、戦闘中に学習しています』
背筋が凍った。
この化け物は、ただ強いだけじゃない。
戦えば戦うほど、こちらの手札を喰らって、強くなっていく。
「そんな……僕の魔法、もう……」
ルカが、杖を握りしめたまま後ずさった。
その額には、玉のような汗が浮いている。息が荒い。
「ルカ……?」
「ごめん……アレン……。魔力、もう……ほとんど残ってない……」
ルカの声が、震えた。
「今、攻撃に使ったら……もう、アレンの傷を……治せなくなる……」
攻撃か。
回復か。
残された魔力は、どちらか一つ分しかない。
それを選び間違えれば、二人とも、ここで……。
その一瞬の動揺を、捕食者は見逃さなかった。
狙いは、アレンではなかった。
息を切らし、無防備に立ち尽くす、ルカだった。
「ルカッ!!」
考えるより先に、身体が動いていた。
アレンは床を蹴り、ルカの前へと飛び込む。
鉄パイプを横に構え、迫る刃を正面から受け止めた。
ガギィィィィンッ!!
腕が、痺れる。
骨ごと持っていかれそうな衝撃が、両腕から肩へと突き抜けた。
ジュウゥゥゥッ――
刃に絡みついた流体が、鉄パイプを伝って滴り落ちる。
錆びた鉄が、白い煙を上げて泡立った。
溶けている。
唯一の武器が、目の前で、腐り落ちようとしている。
「く……そぉぉぉッ!」
鉄パイプが、くの字に歪む。
それでもアレンは歯を食いしばり、刃の軌道をほんの僅かだけ逸らした。
刃がアレンの耳元を掠め、背後の壁に突き刺さる。
「ア、アレン……」
「……言っただろ」
振り返らずに、アレンは言った。
「お前のことは、俺が守るって」
声は、情けないほど掠れていた。
それでも、その言葉だけは、嘘にしたくなかった。
――その時。
『……警告。権限外領域へのアクセス要求を検知』
脳内に、イヴの声が響いた。
いつもの無機質な声とは、ほんの僅かに、何かが違っていた。
『要求元……不明。マスター権限では、閲覧できません』
『……拒否されました』
「イヴ……? 何を言って――」
問い返そうとした、その瞬間。
ぬるり。
足首に、冷たいものが絡みついた。
「なっ――」
見下ろす。
床を這うように伸びていた、細い流体の触手が、アレンの右足首をがっちりと捕らえていた。
ジュッ、と、靴が溶け、足首の皮膚が焼ける。
刃の触手は、囮だったのだ。
「しまっ……!」
ぐんっ、と。
凄まじい力で、身体が引きずられた。
床に叩きつけられる。
ひび割れた結晶が背中に食い込む。
指を立て、床を掻く。爪が剥がれそうになる。
それでも止まらない。
引きずられていく先は――
ドクン、ドクンと脈打つ、あの赤いコアを抱いた、巨大な濁った緑の肉の塊。
「アレンッ!! アレン――ッ!!」
ルカの悲鳴が、赤い回廊に木霊した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、コア・スライムが「学習する捕食者」としての本性を見せる回でした。
斬っても再生し、焼いても次は効かない。
そして、アレンが握る鉄パイプを見て、その形と構えまで真似てくる。
戦えば戦うほど、こちらの手札を奪われていく――。
そんな、じわじわと追い詰められていく怖さを描きたくて、この回を書きました。
そして、ルカに突きつけられた「攻撃か、回復か」という選択。
残された魔力は、どちらか一つ分だけ。
足を捕らえられ、引きずられていくアレン。
二人は、運命はどうなっていくのか。
お手数ですが、☆での率直な評価をいただけると、今後の執筆の参考になります。どうぞよろしくお願いいたします。




