6 覚醒
さっきまで希望が失落していたわたしに説得を試みていた彼が、新しい手紙があらわれた突如、わたしの腕を強く掴んだ。「何を、なにをしてるの」痛む腕に気をつけることなく彼は、強く杜撰な挙動で手紙を鷲掴み、それから震える手で手紙の両端を探し始めた。彼の目は閉じていて、まぶたの裏でごろごろと眼球が動いているのがわかった。眉間にシワが密集して、乾燥で逆剥けている口角からは涎が垂れている。尋常ではない様子だ。3つ目の問になんの反応もできないまま、「手を止めて」「破かないで」わたしは彼に訴えた。その声が彼に聞こえているのか、彼は體を水を振り払う獣のように震わせた。「聞こえてるの?」彼の動作は不格好でまったく精確ではない。それ故に手紙を破くことすらままならないようだ。しかしもうその手は手紙の端を捕らえていて、異なる方向に力を加えてしまえばその途端破けてしまいそうになっている。3つ目の問は、正直馬鹿げているし、拍子抜けしていると思うけど、確かに大事なことが書かれている。もしかしたらこれが正しさ以外に必要な何かなのかも。それを彼に見て欲しい。「目を開けて」わたしは必死に訴える。彼はわたしの想いを受け付けず。覚えたてのように大袈裟に肺を膨らませ、何度も呼吸を整えている。それは力の正確性を高めるためだろう。わたしは肩を何度も叩き、声をかけ続けている。声をかける度に彼は體を震わせたり、耳を小刻みに動かしたり、頭を振ったりして反応している。耳は聞こえているんだ。でも完全に聞こえているのか分からない、聞こえても身体を制御することができないかもしれない。どうする。わたしは彼の耳元で叫び続ける。お願い。彼の耳を正常に。わたしは耳元で「聞いて」と叫ぶ。お願い、お願いします。かみさまではない何かに縋る。叫び続けるわたしに、彼はだんだん身体をもたげてきた。耳を頼りにわたしの存在を確かめているように。しかし彼の首と腕には血管が浮き出て、手紙を今にも破きそうになっている。破れてしまう。破れたら、その問が書かれている事実まで跡形もなく消えてしまうだろう、何故かそれを直感でわかっている。わたしは彼の耳を引き寄せ、3つ目の問の輪郭を鮮明にして、それを彼に伝えた。彼はついに手紙を破いた。
"君たちの心に 愛はあるか"




