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4話 邁進

 かみさま、お時間いいですか。いいよ。初めてお話しした時、人類の繁栄に繋がる願いならば叶えてくれると仰っていました。うん。僕の存在、僕に関する人々の記憶をこの世から消して欲しいのです、、、お願いできますか。もちろんできるよ。よかったです。でも必要ないよ。何故ですか。まず存在を消すのは無理だし、記憶ならもう消したから。既に?うん、君が父親を殺した時にね、現にあれから1か月も経ったのに、君はニュースにもなっていないし、捜索されてもないし、なにより家族から捜索願いも出されてない。そうですね、ありがとうございます。でも、あの時見ていたんですね。そんな声を出さないで、君らのその行為が、未来の、そして今に生きる命を長らえる結果をもたらすんだ、いつもありがとう。どういたしまして。また暗い声を出して。初仕事の標的が父親だったのは、どうやら君の心に疵を刻みつけたようだね。はあ、まあ。そうか、そうだな。うん、よしわかった。君はそんな疵を補いながら仕事に取り組んでくれている。君は希望だ、まるで勇者だ。そんな勇者を労いたい。だから弥栄神社、尾張稲渕の空田町にたった1つだけある神社、そこに参りなさい。君のその疵、綺麗さっぱり消し去ってあげるよ。本当ですか。もちろん。それに君に加護も授ける。ありがとうございます。相談はそれだけ?はい。迷う間があったね。正直、相談したいことはまだあります。話してみてよ。、、、。躊躇うことなんてないよ。ですが。じゃあもうおしまいでいいね?いえ、少し。なら言ってごらん。、、、わかりました、初仕事の時のことです。ほう。今でも確実に思い出せます。僕はあの時正気じゃありませんでした。きっと誰かに操られていたんです。どうしてそう思うの?まずあの日準備を進めるにつれて左のこめかみの辺りが痛み出して、そこから何かが頭に入ってくるような感覚がしました。うん。そしてその痛みはどんどん増していって、その入ってきた何かに思考を乱されている感覚になって、父の帰りを待っている時には、己が何者かも分からなくなりました。うん。最終的に、”人類の繁栄のため”という言葉が頭の中に君臨したとき、もう仕事が済んでいました。そう。あの、これは、かみさまの仕業なのですか?あの時僕を操って、無理矢理仕事を達成したのですか。そんなことはしてない、すべて君の意志。そうとは思えません。だろうね、しかし申し訳ないとは思ってる。やっぱりかみさまが。違うよ、君は強い自制心をこしらえているし、急な非現実の現実や大いなる使命へのプレッシャーがストレッサーになっていたんだ。僕は自らの自制心と溜め込んだストレスから、パニックになったということですか?そうだろうね、やらなくちゃという君の中の使命感は想像以上に強いよ、現に君の働きは凄烈だ。申し訳ない気持ちもあるけどなにより、君を選んでよかったと心から思うよ。心、ですか。うん、まあ何はともあれ、ここからじゃなにも解決できない。弥栄神社に来るといい。はい。いつでもいいよ、尾張稲渕、空田町に1つだけの神社だよ。それじゃあ、人類の繁栄のため。


 初仕事から1か月、僕らは今まで53人を殺害してきた。今際の際を彷徨う者や、急死しても周囲からバチが当たったのかもしれないと思わせることのできる者を狙った。高齢者が20人、数人僕らを認識していた気がする。その者たちのゼロになる身体が、僕に微笑みかけたことさえあった。その顔を僕は忘れない。障礙者が26人、とても安らかに眠った。若者や外国人が7人、思いやりのできない者はたとえ未来有る若者でも死ぬべきだ。死なねばならぬ者もいる。そんな詭弁を盾につけながら、抵抗する感情を押し込めた。ぼくはこんなことはしたくないんだ。うるさいだまれ。

 夜に仕事をして、朝が来たらここに帰ってきて眠る、幽霊みたいなそんな生活の反復。親もいない、友達もいない、子供だけでここに住んでいるのに誰も様子を確認しに来ない。僕らは社会に生きる人から、概念そのものに成ってしまったのだろうか。人を殺す度にそんな不安を手紙に綴った。悼む心意気などあったところで塵芥だった。そしてこの仕事が無意味で無駄な行為などと考えるのは、手紙にも綴ることのできない禁忌だった。

 書いた手紙はいつも、流れが早く歪な、景水荘から歩いて15分程度の一級河川、木祖川に流す。大きな川で堤防も高いため急な階段を緩徐に上って下りる、いつもそうして川縁へ向かう。川縁から見える景色はいつも決まっている。野鳥がたまりの草むらで休んでいる、時々ハクレンが水面から飛び出る、ワンドには錆びた二隻のボートが停まっている。多くの町の間を縫って流れるこの川に、僕はいつかこの想いが誰かに読まれたらと願いを込めて流す。水面に優しく置いて送り出した手紙は、決まって流した側から散り散りになって水面下に消える。それを見る度、その落ちない墨に汚れた己の手と懸命に生きる人々の生活を支えるこの川を比べて、少し寂しい気持になる。


 古い柱時計が4回鳴ると同時に目覚め、誰が支払っているのか分からない水道の水で顔を洗う。僕は尊い川になんて汚いものを垂れ流しているのだろう。そんな気持ちとは裏腹に、今日もこれから手紙を流しに木祖川へ向かう。彼女はいつも通り17時に起きるだろう、静かに部屋を出る。

 蓋し、手紙を流すという行為によって、僕はかみさまではない"何か"に縋っている。

 チャプン。赤い光は雲の輪郭を晒して、青い光は遠くの空に閉じ込められている。人の顔が判別できない程度の闇の中、手紙を川に浮かべた。高さがあるため、頬を縁につけ、腕を肩から伸ばしてそっとおくる。

  初仕事から1ヶ月、僕は地球を救うという使命と、何かに救われたいと叫ぶ欲とうまく付き合ってきた。仕事の際は使命で立ち上がり、仕事によって汚染される心は想いを綴った手紙を海へ送ることで中和してきた。しかし、汚染に中和が追いついていなかったようだ。いつも僕は手紙を水面へ置く時、「心が晴れやかになりますように」という言葉を添えるが、今日は違ったのだ。

  「もし地球が救えなかったら、もし僕らの行いが無駄だったら、今生きて仕事をしている僕らになんの意味があるのでしょう」ついにそれが口走った。そんなことを考えてはいけない、手紙にすら書いてはいけないと律していた言葉が涙と共に溢れた。ぼやけた視界から見る地球は濁っていた。「地球は、かくも醜い」

僕は地球に存在する全てのものを見限り始めていた。同時に、地球以外に僕を救ってくれる何かは在るのだ、と、その可能性に縋った。"何か"とは、それだ。

 欲と涙を滲ませた手紙は、静かに濁流を滑っていった。偶然か必然かそれが沈むことはなかった。下流へ下流へ、それはいつものように歪な流れに巻き込まれることはなく、導かれるように、祝福を授かったかのように、海へ滑った。「沈まない」その願いに塗れた手紙は右へ左へ揺れ踊りながら進んだ。「届け」僕はさらに願った。誰かに僕のこの想いを読んで欲しいと。そしてその願いに応えるように、その手紙はチャプンと音をたてた。そんな奇跡を目の当たりにした僕は、直ぐにその黒い手を合掌して祈った。「どうか、どうか。今僕らの生きている意味の答えをください。お願いします。、、、神様。」手を合わせながら、その手紙が地平線に消えるまで見送った。



 

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