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その19

「海の乙女、可哀想…

 ねえ、海って何処にあるの?」

「ここより大分遠い、国の東にあるよ。セカド州になるのかね。シマトントン川の行き着く先が海さ。

 あたし達のご先祖さん達は海が見える辺りに居たそうだ」


海ってどんなところだろう。自分が着ているソーダマで染めた藍色に似た色。それが広がっているのは、きっと雄大で気分がすく光景だろう。大きくなったら自分の目で見てみたいと、ネオは思った。


あの日から、ネオがボンジュから教わるのは、刺繍の技術、糸紡ぎや染めの手法、木教じゃない神様に(まつ)わるオヤ族の伝承だった。


「昔々、世界は闇の神様が支配していてね。ずぅっと真っ暗だった。生き物達は願った。明るく照らす神様が欲しい。闇の神様はお怒りになった。自分以外の神を欲する生き物達に大岩を投げつけた。地面に岩がぶつかった時、散った火花からお生まれになったのが光の神ジュシュ様なんだよ」

「闇の神様の名前は何て言うの?」

「クネス様さ。ジュシュ様から沢山の神がお生まれになったが、クネス様はそれが面白くなくてねえ。ジュシュ様を真っ黒な(とばり)で覆って隠してしまった。生き物も他の神様もジュシュ様を望んだ。だから毎日(よみがえ)るんだよ。」

「へぇー。じゃあ、ジュシュ様のお生まれになった日に、なんでオボラの花を飾るの?」

「オボラの花はね、ジュシュ様から祝福を受けた花なのさ。ジュシュ様がお生まれになって、光を浴び、真っ先に起きたのがオボラ。ジュシュ様が隠された時、悲しみで花を散らした。その健気な姿にジュシュ様は祝福を授けたんだ。だから始祖の日には、夜明けに一番最初に咲いた花を、ジュシュ様に捧げるのさ」


染めた糸を束ねながら、ボンジュはオヤ族の神話を聞かせた。糸束ねが終わったら、刺繍の続きを教えてもらう。刺すのは、真っ直ぐな線と少し太めの線の間に、(つぼみ)を沢山つけたレヌカの花と、ルプイメバラが交互に組み合わさった模様。薄い染料で模様の印をつけた布とネオは格闘していた。真っ直ぐに模様を綴っていくのは中々難しい。鎖引きで少しずつ少しずつ鎖を編むように刺していくのだが、布が歪んでしまい、真っ直ぐにならないのである。


「慌てなくていいよ。ゆっくりでいいから。印の上を刺すときに針が曲がらないように気をつけてごらん。布を少し引っ張って、印の所に刺す針の先がくるようにやってみるんだ」


そう言いながらも隣で刺しているボンジュは、ネオの何倍も何倍も早く仕上げてしまっている。ネオは()()れした。自分の手は何て遅いんだろう。


「ばあちゃん、早いよ」

「やり方は全部手が覚えているからね。練習、練習」


ボンジュとネオの間には圧倒的な経験の差がある。頭で考えるより先に手が動く位の熟練工であるボンジュの凄さを、刺繍を習い初めて改めて知る事となった。

次々と針を刺していくボンジュの手元の布には何も印が描かれていない。

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