その17
その日の夜はいつにも増して静かだった。家に帰ってもボンジュはずっと難しい顔をしていて、黙ったままだった。夕餉の時になっても一言も喋らないし、顔も硬いままで、話し掛ける隙がなかった。
…ばあちゃん、森で何があったんだろう。
ネオはワザワイノツカイの災厄を体験したことがなかった。他の街の、他の時代での話として聞いたことしかなかった。命を失う、恐ろしい話として聞いたことしかなかった。幸運にもボンジュは助かったというのに、思い詰めた様子であることが度し難い。
口にするのも恐ろしい思いをしたのかもしれない。
何も聞かない方がいいと感じ、寝床へ行こうとしたその時。
「ネオ」
ボンジュがこちらを見ていた。懐疑に満ちた鳶色の目で。まるで問い質したい事を漸う抑えている、という目だった。
ネオは不思議だった。聞きたいことを抑えているのはこっちだというのに。
「昨日くれたリボン。あの刺繍…模様の意味を、お前は分っていたのかい?」
「…意味?」
ネオはボンジュの問いの真意を図りかね、眉を寄せた。
「その様子だと分っていないようだね」
ボンジュは今日の森での出来事について話し始めた。村の人達には話さなかった、神に祈ると刺繍が光り、ワザワイノツカイが消し飛んだ事。
「お前は何も知らないのに… このことが知れたら、異端の廉であたし達は捕らえられてしまう…」
空気が、重い。ネオはじんわりと圧力を感じた。息が詰まり、焦れるような感じがする。もうこの場から去ってしまいたかった。
「………‥」
暫く沈黙が続く。ボンジュは大きく息を吸うと、覚悟を決めた様子でネオの顔を見据えた。
「おいで。あたしの秘密を教えてあげよう」
ボンジュは木戸の閉まりをしっかりしたか確かめた。勿論、窓も。全てに薄いカーテンを引き、明かり取りの隙間にも布を掛けた。
静かな夜が、更に静かになる。いつもなら聞こえる虫の声も、ひたりと聞こえない。
ボンジュは洋燈に火を入れ、ネオに持たせる。敷物を捲り、床板を一枚はぐと、下へと続く石段が見えた。ひんやりとした空気が流れてくる。
「昨日が何の日か、知っていたかい?」
ネオは知らなかった。ただ、年に一度、ボンジュは綿雪のようなオボラの花を、台所に花瓶一杯に生けていたし、ポロッポ鳥のパイ包みが食卓に上ったし、ナツブドウのお酒が木の杯に注がれた。年納めの日でも、収穫を祝う日でも、国統一の日でもない。村の他の家は何もしていない。
オボラの花は美しいが、山の高い場所に生えていて、一日で散ってしまう。生け花として飾る者は居ない。そんな花をボンジュは朝早く取りに行っているらしかった。一苦労だろうに、飾った花を見るボンジュは幸せそうだった。ネオはそれが何なのか、何のためにしているのか、聞いてはいけないような気がした。ボンジュにとって大切な日。そう思っていただけだった。




