その16
一方、村は森から微かに聞こえた不気味な咆哮にざわついていた。
「ヤマグマでも出たか」
「この辺りには居ない筈だが… 村に来ると大変だ。男衆は集まって警戒を…」
広場に居た大人達の話を遮るように、再び何かの叫ぶ声が聞こえた。今度は、はっきりと。
「まさかワザワイノツカイが出たんじゃねえだろうな」
「そんな、大昔じゃないんだぞ。ワザワイノツカイなんて」
「何か光らなかったか?」
「何も分からんと対処ができない。一度教会へ皆を集めるんだ。誰か森へ入っている奴は居ないか?」
村人達は互いに声を掛け、その場に居ない者を探す。
家の中に居た者、畑に出ていた者が連れ立って教会へ向かう。子供や老人が多い村で、凶暴な獣が来ることは大きな被害が出ることを意味する。ましてや人がどうすることもできない、と話に聞くワザワイノツカイが来たとなると、なす術がないだろう。
その頃、ネオは庭の畑で草を毟っていた。急に首筋が冷え、背中にざわりと悪寒が走った。
何だろう…。風も吹いてないのに。
そして森からの声を聞く。今までに聞いたことのない、恐ろしい声。森の方を向き、思わず立ち上がった。
立ち上がったが、体が固まったように動かない。立ちくらみに似た、血が下がる感覚に襲われる。
森に何かが居る。ボンジュが入っているはずの森に。
どうしよう、どうしよう、どうしたらいい?
頭と気持ちが乱れる中、木々の隙間から噴き上がる光をネオは見た。金色に輝く光と斑に千切れた影の切れ端を見た。そして耳が痛くなるような叫びを聞いた。
何が…起こってるの…?
「ネオ、居たか。皆今教会に集まって… って、オイ!」
ダヒルの声に、戒めが解けたように体が動いた。森へ走ろうとするネオにダヒルは飛びつく。
「ばあちゃんが、森に行っているんだ」
「何…! 落ち着け、俺等が行ってもどうしようもできねぇよ。大人達に知らせよう」
ネオの心は治らなかった。大人だってどうしようもできなかったら、どうするというのか。ダヒルに連れて行かれながら、不安はモヤモヤと募っていく。
どうしよう。ばあちゃんに何かあったら。お願いします、神様。ばあちゃんを守って…!
教会に着いたネオとダヒルはボンジュのことを大人達に伝えた。ボンジュの捜索に村の男衆何人かがあたってくれ、程なく帰還した。青い顔をしながらも、ボンジュは戻って来たのである。
「ばあちゃん!」
ネオはボンジュへ駆け寄る。
「ああ、ネオ…」
ボンジュの目は虚ろで顔色はすこぶる悪かったが、怪我をしている様子もなかった。
「ボンジュさん、あの声は何だったのかね」
「………ワザワイノツカイさ」
「ワザワイノツカイだって?!」
「そんな、まさか!」
「本当なら生きて帰れるもんか!ワザワイノツカイなんて何処にも居なかったじゃないか!」
広場は騒然となり、混乱を極めた。
「ああ。いきなり消え失せたんだ。跡しか残っちゃいない。あたしにも何が何だか…」
「これもきっと、モーベロン様のご加護でしょう」
神父はそう宣い、手を合わせた。他の者もワザワイノツカイが出たなど信じられない、と口にしながらも神父に倣い、合掌する。
「そう… ご加護さ。神の…」
村人のざわめきに埋もれ、ボンジュの呟きを気にする大人は居なかった。至極当然のその言葉が、ダヒルには何故か意味ありげに聞こえた。




