その10
家の戸を開けると、酸味のあるこっくりとした良い匂いがした。
ネオの好物、ルビトマトのスープの香りだ。
「ばあちゃん!ただいま!!」
大好きな香りに嬉しくなって声が上がる。大きな鍋をかき混ぜていたボンジュが、ネオの姿を見て椀にスープを注いだ。
食卓に並べ座るや直ぐにネオはスープに口を付ける。
野菜の甘みが溶け出した鳥のお出汁に、ルビトマトの甘塩っぱさと、香辛料の香ばしさ、煮崩れたシャメ芋のしゃくほろした食感。食材達の持つ良さが互いに支え合い、高め合っている。ボンジュは料理上手だが、ネオはこのスープが最高の一品だと考えている。ちぎったパンを浸すと、スープをたっぷりと吸い込んで、とんでもない美味しさだ。
「パンを浸すのは品が無いからやめなさい」
「今日だけ、ね!」
パンを浸すのは止めろとボンジュにいつも言われるが、家でしかやらないのだから、いいではないかと思う。大体、こんな田舎でマナーなんて役に立つのだろうかと、考えながらパンを浸した。特に今日は大目に見てもらえると踏んでのことである。
スープが椀の半分になったところで、刻んだ生の香草を一掴み追加。追い香草である。途端に香辛料のピリリとした味が引き立ち、スーッと鼻を抜ける香草の香りと相まって、全く別の料理の様に味を変える。香ばしくて酸っぱくて甘くてスパイシー。でも辛く無い。こんな刺激的な味、このスープ以外で味わえない。以前、友達と好きな食べ物の話になった時、ネオはトマトスープだと言ったが、全く共感してもらえなかった。
「今日はもう遊んできていいよ。でも夕暮れには帰っといでね」
「うん…」
昼餉が終わるとボンジュが小さな革袋の水筒を渡してきた。やはり今日はボンジュは他の誰かが家に居るのが嫌なのだろうとネオは感じ、素直に外へ向かう。向かう先は刺繍をする場所、水トカゲの隠れ潜む川の上流。
ダヒルがトカゲ釣りに来ているかなと思ったが、誰も居なかった。
今日は日差しがきつい。山が活力に溢れる、眩しい季節になった。川に手を入れ、冷たい水を掬う。首元を冷やすと気持ちが良かった。
岩の間に戻り、腰を下ろす。もう時間が無い。ネオはポケットの道具を引っ張り出し、岩の上に広げた。




