その9
「…こうして学べる事に感謝し、この国の繁栄を築く一端となりましょう…では、今日はここまで」
「「「ありがとうございました!」」」
気が付けば授業が終わっていた。ネオは慌てて礼をしたが、「した」しか参加できなかった。
「あー 腹減った。腹減った… 腹減った!」
帰ろうと立ち上がると隣に座っていたダヒルが、腹をぐうぐう鳴らしながら哀れな声で空腹を訴えていた。
「なあ、何か持ってねえ?」
「無いよ。早く帰れば」
「帰ってもカチカチパンしか無いんです」
「ダヒルの家、今日何もしないの?」
ダヒルの家はご馳走を作らない。他の子も普段通りの様子だ。何となく感じていたが、他の家はオボラの花を飾ったり、特別美味しい料理を作ったりしないようだ。
「ん?ってことは、お前ん家は美味いものがあるってことだな…?よし、一旦帰るけど、すぐ行くから。パン持って」
「うーん… いいのかな… いや、今日は駄目な気がする」
「何で?!ちゃんとパン持って行くって」
「うちにもあります。柔らかいパンが。そうじゃなくて、ばあちゃんが駄目って言うと思う」
「じゃあ、せめてパンだけでも交換しよう」
パン、パンと、ぐずるダヒルを押しやって、帰ろうとしたその時、外から声を掛けられた。
「ネオ!」
教会の外には幼馴染みが数人いて、手招きをしている。
「今日ね!おうちに来てもらいたいの!」
マリサが青い大きな目を輝かせて笑う。リボンで結った柔らかなブルネットが、体の動きに合わせてふんわりと揺れる。
「わたしの誕生日なんだ!パパがね、今年は友達を呼んでいいって言ったの。ご馳走もいっぱいあるんだよ!」
「なに!やったなネオ!おめでとう!いや、ありがとうマリサ!」
生まれてきてくれて!と美味しい物を食べられることに歓喜するダヒル。一方、ネオは別の事を考えていた。
「誕生日…」
そうか。マリサのように、今日は誰かの誕生日なのかもしれない。ボンジュにとって、大切な誰かの。
「誕生日おめでとう、マリサ。でも僕、今夜は家に居なきゃ… 折角誘ってくれたのに、ごめんね」
「え…」
「代わりにダヒルが倍祝います。じゃ、また…!」
嬉しそうに誘ってくれたのに、断らなければならないのが心苦しかった。ネオはダヒルを前へ突き出すと、足早に家の方角に駆けだした。
「…残念だったね」
隣にいた小柄な少女が、マリサにだけ聞こえるように呟いた。マリサの誘いを断る子がいるとは思わなかったのだ。子供が美味しい物の話に食いつかない筈がない。それに、村の中で一番暮らしぶりのいい家で蝶よ花よと育てられ我が儘なところも多いが、可憐で子供らしい愛嬌もあるマリサは村のお姫様だった。マリサもそれを自覚しているようで、来てくれる前提で誘ったのに、期待と反するネオの言葉に随分ショックを受けているようだった。
「まあ、オレ達が行ってやるからさ!別にいいじゃん」
「串焼き出る?」
「俺は川魚のフライの方が好きだ」
「カチカチパン以外なら何でもいい」
「あんた達は誘ってない!」
ダヒルや他の男子をキッと睨み付け、八つ当たりするマリサ。
「またまた~」
「友達誘っていいんだろ?」
「俺たち友達だよな」
「今日は美味い物が食える!やったぜ~ じゃ、また後で!」
軽口を叩きながら彼らが散っていくと、マリサはポツリと呟いた。
「ママに作ってもらったのに…トマトスープ…」




