六の月・薫風月
山の色が濃くなり、夏の始まりの気配が漂う薫風月。強く若々しい緑の香りに染まった風が、村中を走る。季節を入れ替えるように、さあっと通っていく。
薫る風が過ぎるように、日々はあっという間に過ぎて二十の日がやってきた。
この日、ボンジュは日が上らないうちに家を出て山へ向かう。辺りは暗く、草木が霧を纏ってひんやりとしている。篭を背負い、腰には小さな洋燈を下げ、足早に慣れた山道を進んでいく。急がないと夜明けに間に合わない。日の出る前に、高い山の中頃まで登っていかなければならない。今日、必要なものは、村の辺りにはこの山の上にしかない。
ずんずん登るにつれ、木の背は低くなり、足下の地質が赤茶けた土から灰色の岩肌に変わっていく。
山腹深く進んだ頃、大人の背の三倍はある大きな一枚岩が見えてきた。ここを超えれば目的の場所は間近だ。岩の凹みに手を掛け、足場を確かめながらよじ登る。
膝が軋む。息が切れる。
冷えた山の空気が喉に刺さる。苦しさに汗が滲む。
前はもう少し楽に登れたのに。
ここまで来るのにも時間がかかるようになった。夜明け前にたどり着くように、より早く家を出ているが、早すぎると危ない。夜目もきかなくなってきている。ここに来られるのは今年が最後かもしれない。
ようやっと岩の上まで登り切ると、下方は開けた緩い斜面が広がる。目が慣れるとぼんやりと、斜面一杯に肉厚の扇形の葉が群生しているのが見えた。小さな蕾を沢山付けた花茎が、葉の間からスッと伸びている。標高の高い山に自生するオボラの花だ。
東の空はもう、うっすらと明るさが滲んでいる。向かいの山の頂が白く滲むと、眩しい光が伸びてくる。
夜明けだ。
日の光がゆっくりと、斜面の上から広がっていく。オボラの蕾は光を浴びると、フッと開いた。花開く衝動で花粉が舞い、真っ白なオボラの花は金色に煌めく。
良かった、間に合った。
ボンジュは斜面に下りると、一番目に咲いた花を摘んで背負い篭に入れた。他に何本か摘んだ花は束ねて、どれが一番花か分かるようにしておく。さあ、これから帰ってご馳走を作らなくてはいけない。ボンジュは大急ぎで山を下った。




